
このことは書こうかどうか迷いました。佐々木先生亡くなったばかりだし。
でもご遺族はこのブログ見ていないだろうし、もし伝わったとしたら、今からでも当時賢ママさん、現こよりさん、にきちんと手当していただくのが筋だと思いますので、書きます。
もう一つの理由は、こよりさんがブログに書いたことです。
沖縄出張のあと、私に注意を受けたということ。
でも誤解してほしくないんですけど、99.9999パーセント素晴らしい出張でこよりさんのお話にお越しになった方々にも主催者の方々にも喜んでいただいたんです。それは皆さんわかっておいてください。こよりさんも。
私が注意した出来事というのは、一日目、現地について車で移動中、こよりさんがいきなり「ところで今回私は講師料をいただけるんでしょうか?」と言い出したことなんですね。「いや、お金がないのかと思って」という言葉がそこに続いたのです。
なんということを言い出すんだ、と私はびっくりしたのです。
お仕事じゃなきゃ、連れてくるわけがないじゃないですか。
そして「お金がないのかと思って」とか言い出したとき、吉川の件がフラバしました。私の常識では、他人のお金への口出しはマナー違反です。でも愛知県では違うのかなと思って。
とくに今回は、沖縄に二人呼んでいただくというリスクを取ってもらっているのです。これは郷土愛からの行動です。沖縄の自閉っ子たちにも治ってもらいたい、という同朋への思いから呼んでくださったのです。そして山城さんと私はおつきあい長いですから、相互の信頼関係は成り立っていて、その延長で今回はこよりさんとご一緒に、というご要望をいただいたのです。
だから「無料でやってくれ、という話なら最初からお声をおかけしませんよ」と私はちょっとむっとして答えました。せめて山城さんにぶつけず、私と二人のときにきいてくれればいいのに、と思っていました。そうしたら説明できただろうに。
そして車の中でもキャベツ爆弾など落とされ、生い立ちの大変さを伺ったところなので、貧しさを経験したがゆえに疑心暗鬼になっているのだろうか、と。
でもそうじゃなかったのです。
まさか大御所がただ働きさせるなんて思わないじゃないですか。自分の対談相手として賢ママさん(現こよりさん)を使いたければ、主催者にきちんと支払いが生じるように交渉するのが権利擁護じゃないですか。権利擁護をさんざん訴えてきた人生を送られたのではないでしょうか。ましてやご自分は一回何十万円もの謝礼を受け取っているのです。ならば主催者に予算がなければ、対談の相方を務めた賢ママさん(現こよりさん)にせめて自分から手当てをしようと思わなかったのでしょうか。
思わなかったのでしょうね。
自閉症の人を働かせるのは残酷、というお考えのもと、たとえ働かせても支払いがなければボランティアで終わらせることができる、というアクロバティックな技をお使いになったようですね(ブ)。
そして対談相手のギャラ交渉さえなさらないのだったら、自分が顧問を務めていたクリニックから犯罪者が出ても止められなかったのは当たり前ですね。
私にとっては「支払いは生じて当然」なのです。でもその確信が沖縄まで出かけながらこよりさんには持てなかった。何しろ天下の佐々木大先生にすらただ働きさせられたのですから。
私はそこで思い出したのです。ニキさんが北海道に在住時、大阪教育大学かどっか、とにかく関西で行われる特別支援なんとか士の猫烏賊講座に交通費自腹で駆けつけていたこと。
さすがにニキさんにノーギャラはないと信じたいですが、黒字だったかどうかは不明です。ただ竹田契一先生とニキさんは特別な関係にあるのでそういうこともあるのかなと思って、いつもは間に入ってほしがるニキさんも竹田先生のお仕事はニキさんが直接受けていたので、立ち入りませんでした。
そして南雲さんもほうぼうで同じような扱いを受けてきたことを教えてくれました。
今はエージェントがきっちり入っているけど、その前は非常に無礼な扱いを受けてきたらしい。
そして私とは言えば、そういう無礼な扱いを受けたことは一度もないのです。
おそらく私は「企業人枠」なんでしょうね。少しよそいきの顔を見せるのでしょう。
つまりギョーカイは使い分けているんですね。
そして当事者を一段ぞんざいに扱っていい存在だと思っているのです。
おそらく学生とかお母さんたちを無料で使役することに慣れているのだと思いますね。
そういう人たちにお子達を社会に送り出すのは難しいと思います。
民間の論理が全然わかっていないからです。
私は純然な民間人ですから、誰ひとりただ働きはさせません。
鹿児島講演のとき、「すべての母さんたちへ」で締めくくりたかったのですが、ちゅん平さんがお客として来ていたから、ちゅん平さんに朗読してもらいました。
五分の朗読でわずかな現金を払うよりは、ちゅん平さんが自腹では食べそうにないものをご馳走しよう、と思って千疋屋のパフェで取引しました。3000円のパフェなんて、私も一人なら食べません。誰かにごちそうするからこそ食べます。二人でめったに食べないおいしいものを食べて、ガールズトークなど楽しみながら楽しい時間を過ごしました。
民間人はただ働きさせないかわりに、きちんと仕事してもらうし、クオリティに達しなければ文句も言うし二度と頼まないかもしれません。
そしてそれは残酷なことでもありません。
お仕事とはそういうものです。
一方で当事者側にも当然問題はあるでしょう。
一時花盛りだった当事者講演がすっかり下火になったのは
とりとめもないおしゃべりとお金をいただいてしゃべる講演の違いに気づくことがなく、多くの講演会が不発で終わったからではないかと思います。
ただのおしゃべりなら、ノーギャラでも仕方ないかもしれません。
だから私は、たとえしゃべったり書いたりする上では素人さんの人が対談相手でも、ただのおしゃべりには終わらせないよう注意します。
なぜなら聴き手の時間を無駄にしてしまうからです。
社会に出るとは他人のお金と時間の重みを知ることです。
それをきちんと教えてもらっていない当事者がしゃべっても有意義な時間にはならなかったかもしれません。
そして多くの人がただ肩をすくめ、二度と当事者講演を開かなかったかもしれません。
他人のお金と時間の重みを支援者側が知らないのなら
教えてあげることなんてできっこないですよね。
教えてあげることができない→不適応行動を繰り返す→社会に疎まれる→社会の理解ガーの無限ループから抜け出せるお子たちを増やしたいですね。