
ドメインも取り、コンセプトも決まり、新サイト構築のための話し合いが始まり
私は各SNSの特性について考えるようになりました。
フェイスブックの「ひみつのお部屋」は実に心地よい。
ここには「治る」を否定する人もいなければ、治った治ったと喜ぶ人に攻撃する人もいない。
治したい保護者支援者、治りたい当事者の建設的な話し合い。
しかも140字に限定されないので議論が自由。
これがいいところだな、と思いました。
花風社セミナーと同じ雰囲気です
一方で自分のタイムラインだけ見ていると、花風社クラスタの皆さんも鍵をかけて建設的な議論をしている。
この即時性がツイッターの魅力であり、そして欠点。
即時性があるからこそ、ハマるとリア充でなくなります。
だからハマらない方が治る。
そもそも今回の騒動はどこから起きたか?
治った治ったと喜んでいる花風社クラスタにルサンチマン保護者と治せない支援者が攻撃してくる。そして発達障害と関係なく事情もわからないニセ科学批判の連中とかとにかくしじゅう何かを攻撃している家庭不和身体不調を訴える不健康な人たちがそこに乗っかって過去の発言を切り取り通報通報凍結凍結とかやり始めたのが始まりでしょう。
元々は花風社クラスタの人たちが治ったと喜んでいた。今の花風社クラスタは元気があるからやり返した。そこから連中がエスカレートした。
そしてね、
ツイッターがそういうメディアならそれでいいんです。
それはツイッターが決めることだから。
匿名でオッケーも、数に任せて祭りになったら措置を取るのも、それは場を設けているツイッターの判断。
私は無料でそれを10年使わせてもらった。おそらくそこでつながった人たちもいる。ていうか栗本さんとつながったのもツイッター。そしてツイッターが「出て行け」というのならそれはツイッターがそういう仕様なのだからツイッターの自由なのです。
場を設けてくれたことに感謝。
そして方針が違うのなら、お別れするだけ。
そしてね、同じ自由を花風社も有しています。
花風社もメディアですから。
どういう自由か?
「治そう」という言葉を使う自由。
「治るが勝ち」という方針を打ち出す自由。
それは花風社がもっている自由なのです。
私が今後本を読んでもらいたいのはツイッターの発達障害関連の人たちではない。
治らない社会の理解ガートンデモガーと言ってる人たちではない。
「治りたい」と願い、そのためならギョーカイと違った方法でも危険がないようなら試そうとする人たち。それが私の知力体力をもって奉仕したい相手。
なのにツイッターにいる間は「お前んとこ儲けさせるつもりはないけど説明しろ!」という現実ではありえないほど無礼な人とか、「たとえ本は出してなくても高タンパクが効果あるとツイッターで言ってる以上エビデンスのない栄養療法を勧めてる!」とかいうツイッターイコール全世界、みたいな人の相手に時間をとられてた。
それがなくなって本当に心地よいのです。
だからこれからの私は
•治りたい人
•治したい人
及び将来的に「治るといいなー」と思う人がやってくるサイトを作ってそこで交流すればよい。
だからドメインとったのです。
豚足。
焼きです。
珍しい。豚足の焼き。