<ヴィラージュ事件>
東京高裁平成12年9月28日判決
原告は、「土地の売買、建物の売買」を指定役務とする本件登録商標(「本件登録商標一」(ヴィラージュ)と「本件登録商標二」(楕円の中に「Village」の語を配したもの)の総称。)の商標権者であるが、本件登録商標と類似する被告標章(「ヴィラージュ白山」及び「VILLAGE」の各標章。)をその名称に使用して本件マンションを分譲販売した被告に対し、①被告標章は本件登録商標の指定役務である「建物の売買」に使用したか、又は、②右指定役務に類似する建物という商品である本件マンションに被告標章を付したと主張して、商標権侵害による差止め及び損害賠償を請求したのに対し、原判決は、①の主張による商標権侵害は認められないが、②の主張による商標権侵害が認められるとした。
当審における主たる争点である原告の①の主張、すなわち、被告が、本件登録商標の指定役務である「建物の売買」(本件で具体的に問題となっているのは、建物の販売である。)に被告標章を使用したということができるか否かについて検討する。
被告は、本件マンションを分譲販売したものであり、その名称として本件登録標章に類似する被告標章を使用したものであるが、一般に、マンションの住居の分譲販売に当たって、分譲販売業者は、売買という契約成立ないしその履行に至るまでの間に、販売の勧誘や売買交渉過程において、購入希望者等に対し、マンションの特徴、住居部分の間取り、内装設備、周辺地域の状況、販売価格の合理性、管理形態、さらには住宅ローンの内容など様々な説明を行い、モデルルームの展示をするほか、当然のことながら工事中のマンションあるいは完成後のマンションの内外部を案内するのが実態であり、また、購入予定者に対する住宅ローンの斡旋などを行うこともあり、行政規制としては、宅地建物取引業法三五条の重要事項の説明が必要となっていることは、当裁判所に顕著な事実である。これらの分譲販売業者の行為は、マンションの分譲販売に際して行われるものとして、建物の売買という役務に属する行為であるというべきである。
この間に、マンションの建物の名称が使用される機会が多く、マンションの建物自体や、モデルルーム、定価表、取引書類その他の売買関係書類、あるいは、看板、のぼり、チラシ、パンフレット、新聞広告などの広告にも建物の名称も使用されるものであろうことは、おのずと推認されるところである。
本件においても、被告が本件登録商標に類似する被告標章を本件マンションの名称として使用し、分譲販売した際に、本件マンションの階段入り口部分の表示板に被告標章を付したり、被告標章を付した立て看板、垂れ幕などが掲示され、被告標章を付したチラシ、パンフレットの配付がされたことは、認定のとおりである。これら被告標章を付した行為は、マンションの分譲販売に際して行われる役務提供の際になされたものであり、被告標章は、建物の販売の役務の提供に当たり、販売の役務の提供を受ける者、すなわちマンション購入希望者が購入予定物件の内容の案内を受けるなどの際に使用されたものであって、これが、本件登録商標の指定役務である「建物の売買」についての使用に該当することは明らかである。
そうすると、被告の行為は、商標法二条三項三号、四号、五号又は七号に該当し、同法三七条一号により、本件商標権を侵害するものとみなされる。
<おもちゃの国事件>
登録商標甲は、「TOYLAND」と横書きし、その下「O」と「N」との間に位置するように「トイランド」の文字を横書き併記してなる文字商標である。
登録商標乙は、「おもちやの国」の文字を左から右に横書きし、その下で前記文字の「も」と「の」の間に位置するように「TOYLAND」の文字を横に併記してなる文字商標である。
被告の商標
被告店舗内において、次のような各標章を使用した。
家形の玩具広告場を設け、その中に玩具の箱を陳列し、その正面下段部分に標章を表示し、「店内各階ご案内」板なるものを設け、同板に「玩具・人形」と表示した部分の下に右と同じ標章を表示、青・緑・黄・赤の各色を配したアーチ形トンネルを設置し、そのトンネルの天井から吊り下げた看板に標章を表示・・・等。
被告は、前記各商標を商品玩具のイメージアップとして広告用に使用したものである。すなわち、「TOYLAND」「おもちやの国」の表示は、多数のおもちやが、ある遠方の幻想的な国からはるばるこの売場にやつて来たものであるとの印象を子供らに抱かせる機能をもつているものであつて、前記使用の態様によつて、顧客に対し、幻想的な「おもちやの国」が眼前に開けてくるような錯覚を起こさせることを意図し、玩具の広告用に使用したものである。
ところで、「おもちやの国」「TOYLAND」は、いずれも幻想のおもちやばかりの国を想起させる観念をもつものであることに加え、前記認定のエスカレーターで昇つて来る客に対し、彩色されたアーチ形トンネルを通つておとぎのおもちやの国に入るような感じ印象を抱かせようとしたものであること、また、エスカレーターを通らず階段を利用する客に対しても、前記各案内板と七階から八階に至る階段の左側に設けられたおとぎの国を想起させる建物の模型と前記表示とによつて、前記同様のイメージを抱き、玩具売場内に設けられた表示板と売場に陳列された玩具等によつて、おもちやの国に着いたような印象を抱かせようとしたものであることが推認される。もつとも、模型建物の中には玩具の箱が陳列されており、また、案内板には表示のほかに玩具・人形または玩具・人形その他の表示があり、一般的にはひろく商品玩具との関連において右表示等が用いられているものということはできるであろうが、被告の表示は、その前認定の使用の態様判断からすれば、いずれも一種または複数種の特定の商品について、それが定まつた何人かの業務、本件においては被告の業務にかかるものであることを表示するものとは断じえないところであり、単に玩具の売場自体を指示するためにのみ用いられているものと認められるから、商標の使用にはあたらないものというほかはない。
<POS事件>
東京地裁昭和63年9月16日判決
ところで、商標法二条一項は、「この法律で「商標」とは、文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(以下「標章」という。)であつて、業として商品を生産し加工し証明し又は譲渡する者がその商品について使用をするものをいう。」と定義し、また、同条三項は、「この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
一 商品又はその商品の包装に標章を付する行為
二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し引き渡し譲渡若しくは引き渡しのために展示し又は輸入する行為
三 商品に関する広告、定価表又は取引書類に標章を付して展示し又は頒布する行為」 と定義している。右定義によると、「商標」とは、右にいう標章であつて、商品について使用をするものをいい、また、標章について「使用」とは、一例を挙げると、商品に標章を付する行為をいうにとどまるのであつて、商標は出所表示機能を有するものをいい、また、標章の使用は出所表示機能を有するものとして商品に標章を付する行為をいうものとはされていない。したがつて、右定義に従うとすれば、被告標章は、被告書籍の表紙に題号として表示されているものであつても、標章であつて、書籍という商品について使用をするものであるから、商標であり、また、その使用行為は、書籍という商品に標章を付するものであるから、商標としての使用であるといわざるをえない。しかしながら、商標法二五条本文は、「商標権者は、指定商品について登録商標の使用をする権利を専有する。」旨規定しているから、商標法三六条一項にいう商標権の侵害とは、右の登録商標の使用権の侵害を意味するものと解されるところ、他方、同法三条は、自己の業務に係る商品について使用をする商標については、(1)商品の普通名称、商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状、価格又は生産、加工若しくは使用の方法、ありふれた氏名又は名称などを普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標、(2)慣用商標、(3)きわめて簡単でかつありふれた標章のみからなる商標、(4)その他需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標を除き、商標登録を受けることができる旨規定しており、右規定によれば、登録商標とは、このような要件に適合するものとして「商標登録を受けている商標」であつて、(同法二条二項)、本来、何人かの業務に係る商品であることを認識することができる商標、すなわち、出所表示機能を有する商標であることは明らかであり、したがつて、前記同法二五条本文にいう「登録商標の使用をする権利」とは、出所表示機能を有する商標の使用をする権利を意味するものであるから、出所表示機能を有しない商標の使用若しくは出所表示機能を有しない態様で表示されている商標の使用は、「登録商標の使用をする権利」には含まれないものと解するのが相当である。そうすると、このような商標の使用は、同法二五条本文に規定する登録商標の使用権を侵害するものということはできない。また、このように解すべきことは、商標法一条が、「この法律は、商標を保護することにより、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」旨規定している趣旨にも合致するものである。次に、商標法三七条は、(1)指定商品についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品に類似する商品についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用、(2)指定商品又はこれに類似する商品であつて、その商品又はその商品の包装に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを譲渡又は引渡のために所持する行為、(3)指定商品又はこれに類似する商品について登録商標又はこれに類似する商標の使用をするために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を所持する行為、(4)指定商品又はこれに類似する商品について登録商標又はこれに類似する商標の使用をさせるために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を譲渡し引き渡し又は譲渡若しくは引渡のために所持する行為、(5)指定商品又はこれに類似する商品について登録商標又はこれに類似する商標の使用をし又は使用をさせるために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造し又は輸入する行為、(6)登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造するためにのみ用いる物を業として製造し譲渡し引き渡し又は輸入する行為は、商標権を侵害するものとみなす旨規定し、指定商品に類似する商品について登録商標の使用をする行為のみならず、指定商品又はこれに類似する商品について登録商標に類似する商標の使用をする行為についても、商標権者に禁止権を認め、更に、右のような商標の使用をする行為ではないが、その使用をし若しくは使用をさせる意思を持つた一定の行為についても侵害とみなす旨定めているところ、前示のとおり、出所表示機能を有しない商標の使用若しくは出所表示機能を有しない態様での商標の使用は、登録商標の使用とはいえず、登録商標の使用権の侵害を構成しないのであるから、右の商標法三七条に規定する登録商標の使用についても全く同様に解すべきであり、また、同条に規定する登録商標に類似する商標の使用についても、これと異なる考えを採用すべき理由は見当たらず、したがつて、出所表示機能を有しない標章の使用若しくは出所表示機能を有しない態様での商標の使用は、同法三七条が規定する登録商標又はこれに類似する商標の使用にも当たらず、商標権の侵害を構成しないものと解すべきである。これを本件についてみるに、
「POS」とは、「problem oriented system」(問題志向システム)の略語であるところ、被告標章の「POS実践マニユアル」は、右「POS」によつて診療録を記載する方法が記述されている被告書籍(1)の題号として、被告標章の「実践POSQ&A50」は、「POS」についての質問と回答を記述している被告書籍の題号として、・・・、いずれも被告書籍の内容を示すために被告書籍の表紙に表示されているものであつて、出版社である被告の商品であることを識別させるための商標として被告書籍に付されたものではないことが認められる。右認定の事実によると、被告標章は、いずれも単に書籍の内容を示す題号として被告書籍に表示されているものであつて、出所表示機能を有しない態様で被告書籍に表示されているものというべきであるから、被告標章の使用は、前説示に照らし、本件商標権を侵害するものということはできない。
<BOSS事件>
大阪地裁昭和62年8月26日判決
商標法上商標は商品の標識であるが(商標法二条一項参照)、ここにいう商品とは商品それ自体を指し商品の包装や商品に関する広告等は含まない(同法二条三項参照)。商標権者は登録商標を使用する権利を専有し、これを侵害する者に対し差止請求権及び損害賠償請求権を有するが、それは商品についてである(同法二五条参照)。したがつて、商標権者以外の者が正当な事由なくしてある物品に登録商標又は類似商標を使用している場合に、それが商標権の侵害行為となるか否かは、その物品が登録商標の指定商品と同一又は類似の商品であるか否かに関わり、もしその物品が登録商標の指定商品と同一又は類似ではない商品の包装物又は広告媒体等であるにすぎない場合には、商標権の侵害行為とはならない。そして、ある物品がそれ自体独立の商品であるかそれとも他の商品の包装物又は広告媒体等であるにすぎないか否かは、その物品がそれ自体交換価値を有し独立の商取引の目的物とされているものであるか否かによつて判定すべきものである。
これを本件についてみるに、被告は、前記のとおり、BOSS商標をその製造、販売する電子楽器の商標として使用しているものであり、前記BOSS商標を附したTシヤツ等は右楽器に比すれば格段に低価格のものを右楽器の宣伝広告及び販売促進用の物品(ノベルテイ)として被告の楽器購入者に限り一定の条件で無償配付をしているにすぎず、右Tシヤツ等それ自体を取引の目的としているものではないことが明らかである。また、前記認定の配付方法にかんがみれば、右Tシヤツ等はこれを入手する者が限定されており、将来市場で流通する蓋然性も認められない。
そうだとすると、右Tシヤツ等は、それ自体が独立の商取引の目的物たる商品ではなく、商品たる電子楽器の単なる広告媒体にすぎないものと認めるのが相当であるところ、本件商標の指定商品が第一七類、被服、布製身回品、寝具類であり、電子楽器が右指定商品又はこれに類似する商品といえないことは明らかであるから、被告の前記行為は原告の本件商標権を侵害するものとはいえない。