森田宏幸のブログ

Morita Hiroyukiの自己宣伝のためのblog アニメーション作画・演出・研究 「ぼくらの」監督

あらゆる職業が平等ではない

2007年07月17日 22時25分57秒 | 監督日記
森田宏幸です。
今日は、2011年1月7日です。

もう3年以上前になりますが、「ぼくらの」の10話にからんで議論になった、いわゆる「売春婦問題」について、自分の今の見識で書きます。

原作では、ナカマの母親の半井美子(なからい みこ)が現役の売春婦なのに、アニメーション版では、引退している設定になっていることから、「森田は売春婦を差別している」という批判がありました。

今でもこの変更は、これでよかったと思っています。しかし、私が「10話によせて」に書いた内容については反省があります。

http://blog.goo.ne.jp/moriphy/e/2f548720cacdafeb80721c4e2d732f14
(「『ぼくらの』10話によせて」から転載始め)
「人の職業に優劣はない」「人に迷惑をかけなければ何をやってもいい」という、私自身も信じている人生観を描けていません。そこが、今回の私の限界だったということですね。
(転載終わり)

この「人の職業に優劣はない」という認識がそもそも間違っていました。限界を言うなら、この言葉遣いのほうでした。

「優劣」という言葉が、そもそも上手くなくて、今の私の見識で正しく言うならば、地位が高い職業と低い職業はあるのであって、あらゆる職業が平等ではありません。平等を言うならそれは、人間の方であり、人間は平等であるけれど、悲しいかな、職業は平等ではないのだ、と思います。

ただし、人間からその職業だけを、都合良く引き剥がして考えていいのか?という問題があります。つまり、職業とは、その人の本質に関わる要素、ではないのかと。だから、職業が平等でないならば、人間の平等も幻想に過ぎないのではないか、という疑いも現れてきます。
だから、「森田は職業で人間を差別する」という指摘も、あながち外れてはこないということになります。まあ、私としてもそれはそれで、結構です。

ただ、私が「職業は平等ではない」と言う時、それはあくまで私の、現実理解に過ぎません。
たとえば「売春の仕事は地位が低い」というときに、私が「売春の仕事は地位が低くあるべきだ」と言っているのではないことを分かってください。

1400件ものコメントに批判されている私を心配した友人の女性は
「今は、昔とちがって、普通の女の子が体を売る時代」
と、教えてくれました。
昔なら、借金の形(かた)に娘が売春宿に売られるなんてことがあったのに比べると、今は、自分の意志で売春婦になる子がほとんどだから、職業としてクリーンなのだ、というわけらしいです。同様のコメントも多かったですね。しかし、果たしてそうでしょうか。 

「ファーストフードの店員で、十分やっていけるけど、それだけでは面白くない。ちょっと満足できない、という子が、面白そうだと思って、次に選ぶ仕事」
それが売春婦だ、とその友人は言います。
気持ちは分かりますが、ファーストフードやコンビニのアルバイトの次の選択という位置づけの、いったいどこが地位が高いのか?

風俗嬢についての著書が多い、酒井あゆみさんの本を読んだのですが、看護士や派遣OLが副業に売春をするケースなど、紹介されていました。コミュニケーションが苦手な不器用な人が売春をやる例が多いそうで、ますます、売春婦の地位が上がっているとは思えません。

まだまだ、日常的に、売春の話など出来ません。女性相手に、「売春したことありますか?」などと、気軽に聞いて、失礼に当たらないようなら、私も納得します。しかし、そうはいかない。
そのへんの現実をわきまえずに、刺激的な要素、面白さ、平等の理想論だけで、売春の仕事を描くことは出来なかった。

これも何かの本で読みましたが、戦後、戦争で夫を失った良家の奥様が、進駐している米兵に体を売って、生き延びたということがあったそうです。むしろそうした時代の方が、たくましい生き方として、まだ魅力があったかも知れませんが、面白そうだから、と体を売る生き方を美化して、若い視聴者に間違った先入観を与えるわけにはいかない。「普通の子が自ら選ぶ仕事」という風潮が言われているからこそ、安易に描くことは出来ない。

ふと、思い当たったのですが、昔は売春は無理矢理やらされる不幸な仕事だった、という理解のほうが、実は間違っているかも知れません。人身売買など、不幸な例は昔も今もある、としたらどうでしょうか。金に困った女性が売春をするというのは、今も昔も変わらない、という理解が正しいのではないか。
ただ、昔よりうまくやっている子が目立つとか、メディアを通じて伝えられるイメージが変わった、というだけではないか。

コメントの中に、スポーツ紙を賑わすフードル(アイドル扱いされている風俗嬢)は地位が高いじゃないかという指摘がありました。たしかに、露出した風俗嬢は地位が上がるでしょうが、しかしそれは、あくまで、スポーツ紙などの、出版物の宣伝に力があるのであって、売春という仕事の地位が高くなっているわけではない。

自分の母親がスナックを経営していて、毎年、地位のある、政治家や経営者から年賀状が届く、というコメントがありました。あくまでスナックは飲食業で、売春婦ではないですけどね。そこはふまえた上でですが、客商売の生き様が感じ取れる、実感のこもったコメントだと思いました。地位の高い顧客を大事にして、店の格を上げているわけです。
高級娼婦は地位が高いじゃないか、というコメントも同じことです。

本当の意味で、その職業の地位を上げる力は、別にあるのではないか、と思います。そして、それは、組織力ではないかと。

セックスを仕事にしているから差別されるのはしょうがない、などと言われますが、そんなことよりも、売春を仕事にしている人たちが組織化されて、その仕事の質が守られているという信頼が社会にあるかどうかのほうが大切ではないかと思います。

一昨年だったか、NHKの朝のテレビドラマ「だんだん」で、舞妓さんが必死に芸の勉強に励む姿が描かれていました。若い舞妓(まいこ)を芸妓(げいこ)に育てる組織があって、京都の芸妓の質は厳しく守られている。後ろ盾となる組織がしっかりしているので、単なる接待業に堕落しないわけです。

行政組織がそれを担うという方法もあるのかも知れません。
オランダでしたか、売春が合法化されているのは。ただし、チェックが厳しくて、営業店の設備投資が必要になったり、当の売春婦たちも大変らしいという話も聞きます。
やはり、売春婦(売春夫も?)たちが自ら起点になった組織が力を持っていく以外に、売春の仕事の地位を上げる方法はないのではないか、とまじめに思います。

余談ですが、最近議論されているJAniCAの存在意義もこれと同じです。地位向上を訴えるなら、その方法論は売春婦もアニメーターも変わらないかと思います。

売春が職業として、地位を得るかどうかは、それに関わる人たちの問題です。
「売春肯定宣言 売る売らないはワタシが決める」(松沢呉一 スタジオポッド編集)を読むと、売春防止法が、かえって風俗業界に暴力団をはびこらせる原因になっているという指摘がありました。難しいですね。売春婦たちの裏の、複雑な構造が、売春という仕事の地位を決めています。

風俗に勤める、個人個人の皆さんに対しては、出来るだけお金を稼いで、うまくやっていって下さい、としか私には言えません。

売春婦を本気で描くなら、そういう社会性にまで踏み込まなければと、私は思い至ります。しかしそれは、今回のナカマの話で、取り扱うべきテーマではありませんでした。
原作でナカマは結局、体を売らなかったし、セックスもしなかった。
「まともに振る舞って生きていれば、仕事がなんであろうと、恥ずべき事はない」
という、生きる上での基本的な構えを描くのが、鬼頭さんの意図だったと思います。

            森田宏幸 拝
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18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2007-07-18 01:13:59
1げと
返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-18 17:37:36
なにこれ
返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-19 06:45:47
監督は良くやっていると思う。

テレビという媒体はかなりの規制というかフィルターをかけなければならないものだと思う。

にもかかわらず原作をよくまとめている。

過去のブログのコメントはどうあれ、
プロの仕事として見たときには
このアニメ、かなりいいできなんじゃないでしょうか。


返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-19 15:26:19


いったいどこをどう見れば
そういう評価になるのか不可解です。
返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-21 10:21:49
金は出さないけど口は出す…それが当たり前と思って疑わない輩が多すぎます。
返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-22 19:12:51
>2007-07-21 10:21:49

それは文句を言われることが嫌なヤツの
ヘリクツだって事を知らないんだね。
返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-23 01:44:26
この記事読んでないからアレだけど。

俺も監督はよくやっている方だと思う、原作でこう来るのかよッうところを若干中学生らしさを出す為になのかわかんねーけどオブラートになってる部分とか。
でも、何でこのシーンねぇんだよとか!マジ思うときもあるけどさ;


俺、原作もアニメも好きだし!鬼頭先生の考えも監督の考えもすげぇなって思う。。。

ぼくらの…自体別の地球の奴等と戦ってんだしアニメも微妙に違った地球の話だって思ってみてもわるくねぇじゃね?

つーかそーやってみてんのは俺だけかも知んないけどさ;



まじさぁ言うのは簡単だけどつくんのは難しいだろ?
監督のぼくらの…の原作キライ発言は大人げないと思うけど、それでもこんだけの仕事すんだからすげーよ。

アニメ終わったとか思ってる奴いたら文句いってねぇで見なきゃ良いだろ?

言いたい事あんだったらちゃんと伝わるように言えや!

返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-23 20:25:15
うん、とりあえず言いたい事といえば記事に文章が存在しないんですけど
返信する
Unknown (Unknown)
2007-07-26 16:52:06
鬼頭は「蝿の王」色の「ぼくらの」を作り
森田は「十五少年漂流記」色の「ぼくらの」を
作ろうとしてるんだ

静かに見守ろう。
返信する
はじめてコメします (卯月)
2007-07-28 15:55:56
なかなかとっつきにくかったこの「ぼくらの」という作品ですが、ニコニコ動画で第一話をみて斬新でいてどこかのアニメを思わせる内容にちょっと興味がわきました。

あっというまに15話全て観ましたが、
世界観が充分に感じられるよい出来だと思います。

作画がちょっと乱雑な点は他のみなさんがいう通り
だと思いますが・・・。

原作を読んでいない私にとっての「ぼくらの」は
このアニメだけしかありません。
だからこのアニメの空気を感じ、個人個人に感情移入することがたやすく出来ます。
はっきりいってみなさんの意見から原作を想像するに、アニメ化という難題は監督にとってかなりの負担だと思います。
でも15話ずっとみてきて、監督独自の色を楽しませてくれるとてもいい作品だと感じました。


この不安定で繊細な年頃の子供達をこれからもより「ピュア」で「残酷」で「愛しく」描いてください。
楽しみにしています。

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