<これから幸いにも、ルヴァンカップのプレーオフがあったり、天皇杯があって、気持ちを切らさずに試合を重ねて修正していくことができる。よりロティーナ監督のサッカーを表現できるように、もっと突き詰めて結果にこだわっていきたい。>(福森直也 0530)
これからも続くであろう私たちのサポーター人生はそれなりにだらだらと長いのだが、プレーヤーの現役人生は短い。ましてや彼らの短い現役時代をサポーターが同じクラブで共有する時間はさらに短い。だからこそ2016年のメンバーにはそれなりの輝きがあったし、当然2020年には2020年の輝きがあった。そうやってクラブチームの歴史は積み重ねられていくのだが、いつだって問題は今である。懐古趣味は慰めにはなるが、それはサポーターにとっては現実逃避の慰めでしかない。1シーズンの中で共有する時間は大事だし、経験を積み重ねていく時間は貴重である。
第17節横浜Fマリノス戦の後、福森は「幸いにも気持ちを切らさず試合を重ね」ることができるとコメントした。まだ始まったばかりで何も手にしていないチームは放っておいたら時間はただただ流れて行ってしまう。カップ戦9シーズンぶりのノックアウトステージ進出というのは、要するにこれまで8シーズンを無為に過ごしてしまっていたということで同じである。どんなにポテンシャルを秘めたチームであっても、ゲームで経験を重ねることができなければ本物の結果はついてこない。ましてやサポーターの記憶にもまるで残らない。寂しいシーズンの記憶が残るだけだ。そんな状況で他クラブ同士のファイナルを「Jリーグのお祭りじゃい」などと言って心の底から楽しむことができただろうか。オレはやはり清水のファイナルが観たいのだ。
ということで「最後の」2012年シーズンのカップ戦は本来ならば素晴らしいシーズンの幕開けになる可能性だってあった。しかも最後の相手は鹿島だったのだ。鹿島との因縁というのは今シーズン緒戦に求めるのではなく、ほとんど勝利を手にしていた2012年のナビスコカップファイナルに見出すべきであろうと思う(我ながら執念深い)。明日は是が非でも鹿島相手に一歩前進して欲しい。
この6月の中断期間はルヴァン・カップ、天皇杯と6月はチームの成長のために必要な時間を手にするための時間になる。やはり、今は仙台さんありがとうと記しておきたい。前借りで、運も実力のうちということにしておこう。