大学等の研究機関の不正調査制度は適切に機能していないと思う。現在まで問題となった不正調査に次のものがある。
(1)独協医大の論文捏造事件 - 調査結果未公表、被疑者は諭旨解雇
(2)東北大学井上明久総長の論文不正事件 - 大学側は不正を否定し、告発者と訴訟中。
(3)琉球大学医学部論文不正事件 - 被疑者は停職10ヶ月。当初は学長が共著となっている論文が不正でないと判断された。
上記の事案のどれも不正と判断されたか不正が濃厚なもので、事実上不正があったと考えてよい。しかし、どの事案も調査側に不適切さがある。例えば(1)は不正が告発されて1年近くたつが、未だに調査結果を公表していない。文科省のガイドライン等に定められている本調査の期間はどの機関でも90~150日程度だし、8月までには公表すると公言していたのにそれを翻した。これほど公表が遅れていることや公言したことを守っていないので少なくとも規定が守られているとはいえないだろう。
もっとよくわからないのは4月末の段階で被疑者は諭旨解雇になっているのに12月20日の時点でも調査が続いているということだ。調査開始は2月上旬だから4月末の時点で約3ヶ月経過、12月20日の時点で約11ヶ月経過だ。私見にすぎぬが、4月末の時点で諭旨解雇を決定できたなら調査が完了していたか主要な部分は終わっていたはずだ。なぜなら、不正の事実や態様が明確にわかっていない段階で懲戒はできないだろう。
しかし、4月末から約8ヶ月経っても調査を続けているのはどういうわけだ?期間の観点で考えれば、4月末の段階では調査はそれほど進行しておらず、懲戒処分を行うには不適切な状態だったのではないか。なぜ4月末の段階で被疑者を諭旨退職と決定できたのだろう?獨協医大の態度は不可解である。邪推と言われるかもしれないが、同大と被疑者の間で何か取引でもしたのだろうか。
データ流用は捏造や改竄の一種とされ、科学に対する信頼を致命的に傷つけるため非常に重い処分になるのが通常で、懲戒解雇になってもやむを得ない。 特に論文10本、数十項目等大規模に流用を行えば極めて悪質だから懲戒解雇は当然だ。これほど悪質なことをやって懲戒解雇にならなければ正義が保てないし、将来の不正行為の抑止の観点からも著しく不適切だ。過去には同様の例で東北大の上原亜希子が懲戒解雇となった例があり、獨協医大の被疑者も大規模な不正の疑いが持たれていたので懲戒解雇になる可能性は十分にあった。にも関わらず早期に被疑者が諭旨解雇になった。早期に被疑者の懲戒処分を決めることで被疑者と大学側の双方に何らかのメリットがあったのかもしれない。
少なくとも獨協医大は期間からいって懲戒処分から約8ヶ月経っても調査結果を公表できなかったのだから、調査があまり進んでいない段階で被疑者の懲戒処分を行ったという不適切さがあったと思われても仕方ないだろう。しかも被疑者、同大ともに不正の論文すら自主的な撤回を行っていない。これは非常に無責任といえる。
(2)は大学が不正を握りつぶそうとしている典型的な例で、大学ばかりか日本金属学会まで二重投稿の問題を握りつぶそうとしている。井上明久氏がノーベル賞級の業績があると目されていて、学長という権力者だから組織ぐるみで握りつぶしをはかろうとしているのだろう。当然のようにルールを無視して対処している[2]。
(3)の事案は教授が大規模なデータ流用で一度懲戒解雇になったが、論文共著者の岩政学長に不正の疑いがかけられたので、大学側と馴れ合って裁判による和解で停職10ヶ月で済ました。論文数十編で大規模にデータ流用をして、処分がたったの停職10ヶ月というのは驚きだ。そもそも調査自体が適正に行われていない印象がぬぐえない[3]。
上の事案では調査や裁定においてルールが平気で無視されたり、被告発者をかばうために不当に甘い処分や対処が行われた。無論適正に調査・裁定が行われた事案もいくつかあるだろうが、被告発者の所属機関が調査・裁定者となる現状の制度では、不条理な調査・裁定が平気で行われるのが実情だと思う。
研究機関にとっては所属職員の不正は名誉信用の失墜になるし、被告発者とは仲間同士だからできる限り不利益な調査・裁定はしないようにという思惑が働くのだろう。被告発者が権力者なら尚更だ。ルールを無視した調査や結果の非公表など文部科学省のガイドラインや研究機関個別の規定も仲間内で調査・裁定する現状ではルールとして機能していないし、不当に甘い処分や不正の握りつぶしが平気で行われている。
文部科学省もいいかげんで、上のような不適当なことが行われても自分たちで調査・裁定することはなかったし、今後同様な事件が起きてもまずないだろう。「不正の調査なんてめんどくさいから、研究者の所属機関まかせでいいや。」それが文科省の本音だろう。「不正の調査なんて何の得にもならないからいいかげんでいいや。その結果不正が放置されて他の研究者が迷惑を被っても自分達は困らないから別にいいよ。被告発者だってその方がいいだろうし、彼らに恨まれたくないし。」研究機関もそんな調子だろう。
今の不正調査制度では全くだめだと思う。少なくともルールがルールとして機能しないなら、調査・裁定が不適切と言われても仕方ないだろう。研究機関や被告発者のためにルールを勝手にねじまげて調査・裁定したら、調査・裁定は全く意味のないバカバカしいものになろう。
本当に上のような不当・不正な調査・裁定をやってる機関は悪以外の何物でもない。
参考
[1]その他、
(4)名古屋市立大学の論文捏造事件 - 調査結果未公表
(5)三重大学の論文捏造事件 - 調査結果未公表
も不正が濃厚で、調査開始から1年近く経つが結果が公表されていない。「都合が悪いので隠すのか?」と疑ってしまう。本文でも書いたが文科省のガイドライン等では本調査期間は90~150日程度だからガイドライン等の規定は守られていないといえるだろう。
[2]大村泉氏(東北大経済学部教授)らの告発を東北大学は「科学的合理的理由がないので不受理」とした。しかし、告発受理の段階で特別な対応委員会が開かれ調査的な検討が行われた[4]。東北大学の規定によれば受理の段階で特別な対応委員会が開かれ告発内容の調査的検討が行われるという趣旨の規定はない[5]。規定上調査を行うのは予備、本調査であり東北大学側の対応は規定に違反している[5]。規定を決める側といえど、決めた規定に拘束されるのは当たり前であり、規定違反は許されない。国会が法律に拘束されるのと同じことである。
[3]岩政学長の共著論文は当初大学側の調査で不正でないとされていた[6]。その後学外委員らで構成される調査委員会による再調査で不正と判明した[6]。当初の調査は適切に行われたか疑わしい部分がある[6]。
[4]「東北大学の自らが定めた「ガイドライン」を踏みにじる「対応委員会」の実態が、委員会構成員の発言によっても明白に!」 井上総長の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム) 2011.11.9 データの表示とダウンロード
[5]東北大学の研究活動における不正行為への対応ガイドライン
[6]"琉球大学長の共著論文は「不正」 データ流用で学外調査" 琉球新報 2011.6.28