世界変動展望

私の日々思うことを書いたブログです。

友愛政治

2009-10-28 01:20:23 | 政治・行政
鳩山由紀夫首相は26日所信表明で「弱い立場の人々、少数の人々の視点が尊重されなければならない。そのことが私の友愛政治の原点」と述べた。我が国は多数決民主主義ではなく立憲民主主義を採用する国なのであるから、それは当たり前だと思う。

しかし、長い間立憲民主主義の理念を忘れた政治が続けられてきた。安倍政権の強行採決のように審議討論することなく数の力だけで、政治を行ってきたのは典型例である。こういうのを俗に多数決民主主義という。

自民党はなぜ憲法で間接民主制や違憲立法審査権が採用されているのかよく考えるべきである。

弱い立場の人々、少数の人々の意見が無視されることなくきちんと政治の上で尊重されなければならいのは当たり前だが、今後の政治はその当たり前をきちんと実現してほしい。

用語
[1]民主主義:人民が権力を所有し行使するという政治原理。治者と被治者の自同性を本質とする。
[2]立憲民主主義:憲法に基づいて行われる民主主義。法の支配を採用する我が国の憲法では強者・多数者の専断的・恣意的な権力行使を法規で拘束し、弱者・少数者の自由・人権を擁護することを目的とする。
[3]多数決民主主義:少数者の意見を考慮することなく、多数決を絶対の掟として政治を行う民主主義。違憲立法審査権を採用する我が国の憲法とは矛盾する制度。間接民主制を採用したのも審議討論することで、できるかぎり弱者・少数者の意見を反映するためである。十分審議討論することなしに強行採決するのは不当といえる。長い間我が国では野党の統制はほとんど機能してこなかったが、新政権はきちんと審議討論してほしい。

「tan1°は有理数か.」アクセス数急上昇

2009-10-27 01:17:22 | Weblog
25日午後7時頃から「tan1°は有理数か.」の記事へのアクセス数が急上昇した。今年の3月にも一度急上昇したことがあるが、今年はこれで2度目だ。いったいなぜだろう?3月のアクセス数急上昇の原因もわからなかった。

予想としてはテレビ放送の影響がある。テレビで「tan1°は有理数か.」関係の内容を放送した影響で、アクセス数が増えたのかもしれない。25日の午後7時頃からアクセス数上昇が始まったので、平成教育学院で扱ったのかもしれない。しかし、平成教育学院のHPを見たが当該内容を扱ったという文章はない。

今回のアクセス数急上昇の原因もわからないまま終わるかもしれない。

物理・数学の記事について

2009-10-23 01:25:59 | Weblog
物理・数学のカテゴリの記事はそこそこ人気がある。こういう学術的な内容は敬遠されがちで、アクセスはほとんどないとばかり思っていたが、やってみると意外に人気がある。

現実の会話ではよほどの事がない限り学術の話はしない。そんな話はほとんどの場合相手にとって興味がなく、敬遠される内容だからだ。しかし、インターネットの世界では不特定多数の人が相手なので、中には物理・数学の話題を求めている人がいるため、ある程度アクセスをいただいているのだと思う。

太陽の質量の求め方
恒星までの距離の求め方
tan1°は有理数か
円周率が3.05より大きいことを証明せよ
3 < π < 4 を示せ
モノポールについて
マジックミラーの原理

など色々な記事に多くのアクセスをいただいている。

おそらくこういう記事は面白いから読まれているのではなく、役に立つので読まれているのだと思う。これらの記事を読んで面白いと思う人は学者か勉強好きの人だろう。

残念ながら学術の記事は特定人を除いて面白いと思われる記事ではないが、役に立つということは十分にある。面白くなくても役に立つなら十分に価値のあることだ。物理・数学の記事はある程度の人には役に立っているだろうから、嬉しい。

現在の物理・数学のカテゴリは物理・数学に興味のある人向けに記事を書いているが、小中高生など初学者に物理や数学の面白さを伝える記事も書きたいと思っている。そのための記事のネタを探しているのだが、なかなか見つからない。初等的な内容でもきちんと説明するのは、そこそこ難しい。

「数学や物理は面白い!」と思ってもらえる文章を書くのはかなり難しく、これがきちんとできるなら、それだけで食べていけるだろうし、教育界で必要とされるだろう。

1はなぜ素数ではないのか。

2009-10-20 00:17:24 | 物理学・数学

素数とは「1より大きく、1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数」である。具体的には2,3,5,・・・などである。では1はなぜ素数ではないのか。「1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数。」という部分だけ考えれば1も素数でいいと思える。なぜなら1は自分自身以外約数を持たない正の整数だからだ。

1を素数から除外した理由は、算術の基本定理などを保つためである。算術の基本定理とは2以上の整数を素因数分解したとき、表記が一通りとなることをいう。

1を素数とすると1は何乗しても1であるため、素因数分解後の表記は無数の形があり得る。例えば、12 = 22 ・3 = 1・22 ・3 = 12・22 ・3 = ・・・、のように無数の表記があり得るため、1を素数とすると算術の基本定理を破ってしまう。そのため、1を素数から除外したのだ。1を素数から除外すれば正の整数の素因数分解後の表記は一通りとなる。

たまに「1を素数とすると、任意の正の整数は1を約数に持つから1以外は素数でなくなってしまってまずいので、1を素数から除外した。」と考えている人がいるが、これは間違いである。なぜなら、これはエラトステネスの篩写し)で素数を決める場合の話で素数の根源的な考えに基づけば1を素数と考えることもでき、それに反するからである。エラトステネスの篩によって1を素数から除外したという考えは次のものだ。エラトステネスの篩で素数を決めるなら1を素数とすると自然数は全て1で割れるので1以外に素数はないことになる。しかし、そうならば1以外の自然数は素因数分解した時に1のみを素因数にもつ事になり不合理である。例えば3=1×3であり、素因数分解したとき最低限度3は必要で、素因数が1のみなら3を素因数分解で表せない。従って1を素数からはずしたという考え。これは素数の根源に基づく説明でない。

本来素数は正の整数を素因数分解したときの構成要素となるので"素"数とされた。1を素数としても、1以外の正の整数が素数となるのは明白である。1以外に素数がないとすれば、1以外の正の整数はすべて1の積で表せなければならないが、それは不可能である。例えば、3 = 1×3であり、3を素因数分解するには3が不可欠の構成要素となる。故に、素数の定義には「1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数。」という要素が必要不可欠となる。

注意すべきなのは、1を素数としても正の整数を素因数分解できるという事だ。例えば 3 = 1×3、12 = 1×22×3、のように素因数分解できる。従って1を素数と考える事もでき、昔は1も素数と考えていた数学者たちがいた。算術の基本定理も「正の整数を1以外の素因数の積で表した時の表記が一通り」と解釈変更すれば成立する。このように1を素数とし、他の定理を解釈変更などし、かつそれを認めていくなら1を素数とする事もできるのである。こう考えると、エラトステネスの篩で素数を決める方法は考え方自体が不適切という事になる。なぜならエラトステネスの篩で素数を決めたら1を素数としたときに不合理になるため、素数の決め方として採用できない。

現代において1を素数から除外した理由は、最初に説明したとおり算術の基本定理などを解釈変更することなく維持するためである。素数であるために必要不可欠な要素は素因数分解した時の構成要素となることだから、素数の定義には「1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数。」という要素が必要だ。

この要素だけなら1を素数と考えることもできる。1も「1と自分自身(1)以外には約数をもたない正の整数」だから素数である。同語反復のような部分もあるが、解釈によってこの定義でも1を素数にできる。にも関わらず1を素数から除外する必要があるのは、算術の基本定理などを解釈変更なく維持したいからだ。

そのために「1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数。」という要素に加え素因数分解の一意性の要請などからくる「1以外の正の整数」という要素が加わることで、素数の定義は「1より大きく、1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数」となったのである。

1が素数でないことで、素因数分解が一意となるという重要な性質を正の整数が獲得することになる。定義次第で数の重要で基本的な性質が変わってしまう。定義づけがいかに重要かという典型的な例といえよう。


1の素因数分解は1?

2009-10-19 01:07:27 | 物理学・数学

素因数分解は正の整数を素数の積で表すことである。1は素数ではなく、素数を全く約数に持たないから、1を素因数分解することはできないと思える。しかし、Wikipediaによると、『1の素因数分解は1と定義する。』とある[1]。これはおかしいと思う。1は素数でないのに、1の"素因数"分解が1とは不合理である。学問上の深い考えがあってこのような定義になっているのかもしれないが、少なくともこの定義は通常の素因数分解とは異なる。

任意の素数の0乗の組み合わせで積を作れば、1を素因数分解したかのような表記になるが、この表記は無数に存在し、素因数分解の表記が一意とならない[2]。

例えば 1 = 20 = 20・30 = 20・30・50 = 20・30・50・70 = 20・30・50・70・110 などいろいろある。

このような表記が一つに定まらないものを素因数分解として認めるのが合理的かどうかは議論しないが、少なくとも表記が一意でない点で通常の素因数分解とは異なる。

思うに、1は素数ではないし、素数の約数を持たないのだから素因数分解できないと考えるのが自然である。

上述のとおり、素因数分解は正の整数について考えるのが通常だが、便宜的に負の整数の素因数分解を「負の整数の絶対値を素因数分解し、それに負符号を付けたもの」と定義し、素因数分解の範囲を整数全体に拡張する。すると、素因数分解できない整数は0 , ±1だけである。これらの数は整数の中でも特殊な数といえよう。1は素数でなく、合成数でもなく、単数である。-1は素数や合成数に負符号を付けて表せない。0は偶数だが、素数ではなく、合成数でもなく、単数でもなく、正の数でもなく、負の数でもない[用語1, 2]。

0や±1はおもしろい性質を持っているといえる。

参考
[1]素因数分解 Wikipedia  2009.10.19
[2]2以上の整数を素因数分解すると表記は1通りだけである。これを素因数分解の一意性という。無論、証明可能だがここでは割愛する。

用語
[1]合成数:1 と自分自身以外の約数をもつ自然数。二つ以上の素数の積。 goo国語辞典 2009.10.19
[2]単数 Wikipedia 2009.10.19


私立大学で経済的困窮者対象の授業料減免は存在するか?

2009-10-18 01:21:37 | 社会
経済的困窮者を対象とした大学の授業料減免枠が拡大される。国立大学はそのような制度があるのは前から知っていたが、私立大学で国立大学のような経済的困窮者を対象とした授業料減免を行っているところなんてあるのだろうか。引用文献を読む限りあるようだが、私が知る限り私立大学が行っている授業料減免は成績優秀者とかスポーツ特待生のような私立大学にとって有利な学生のみを対象としたものしか見たことがない。

私立大学でも経済的困窮者を対象とした授業料減免が拡大されるとよい。

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NIKKEI NET(2009.10.15)からの引用

大学授業料の減免を拡充、13万5千人に 文科省が方針
 文部科学省は14日、授業料減免を受けられる国私立大の学生数を現行の10万5千人から13万5千人程度に拡充する方針を固めた。経済的に困窮する学生への支援策として、国立大運営費交付金や私学助成金を増額する方針で、15日に提出する来年度予算の概算要求に必要経費を盛り込む。困窮する高校生の低所得世帯についても、制服代や教科書代などを給付する制度の創設を検討する。

 文科省によると、授業料の標準額は国立大が年間53万6千円(2009年度、昼間学部)であるのに対し、私立大は約84万8千円、短大は約68万7千円(08年度)。国立大の学部生の10%強にあたる4万6千人が減免を受けているが、私立大学・短大の学生では全体の1%に満たない2万3千人にとどまっている。

ルート3が無理数であることを証明せよ.

2009-10-17 02:33:36 | 物理学・数学

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この問題は教科書の基本問題だが、教科書の解答例の説明不足のためか完全に理解していない人をたまに見かけるので取り上げた。わかっていない人が多いのは[補足1]の部分である。①の右辺をなぜ既約分数としてよいのかわかっていない人が多く、この部分を理解せず教科書の解答例を覚えて解いている人が多い。

教科書では[証明]のようにさらっと『①の右辺は既約分数、すなわちm, nは互いに素であるとしてよい。』と1行だけ簡潔に書かれていることが多く、説明が不十分なため不十分な理解のままの高校生が多い。きちんと説明すると[補足1]のようになるのだが、教科書では簡潔な記述を求めるため上記のように1行程度の簡潔な記述で済ますことが多い。

確かに、模擬試験や入学試験などでは[補足1]のように説明して答案を書くことはないだろう。よく言えば丁寧だが、通常はくどい答案と思われるだろう。模範的な解答を示すという点では教科書の解答例の方がいいかもしれない。

しかし、教科書の第一目的は教育であり、きちんと読み手に理由を理解させるような記述を心がけるべきではないか。少なくとも教科書に[補足1]のような記述がないなら、教員や予備校講師はそれをきちんと説明すべきである。残念ながら、高校や予備校の授業ではそのような説明を省略することも少なくない。

もう一つ工夫すべき点は[定理1]の証明方法だ。本問が紹介される場合、教科書は前提問題として[定理1]の証明を行うことが多い。その場合の解答例は[証明1]のようなもので、それで済ます場合が多い。

確かに、この[証明1]の方法を学習するのは重要だが、はっきりいって[証明1]のような方法は汎用性がない。[証明1]のような方法が現実的なのは2,3といった小さい素数だけで、大きい素数では手間がかかりすぎて使い物にならない。

例えば『ルート53が無理数であることを示せ。』という問題を解く場合は、証明過程で『m2が53の倍数ならば、mは53の倍数である。』ことを証明する必要が出てくるが、この証明を[証明1]のような方法でやるとm = 53p+1,53p + 2,..., 53p + 52として、52通りの計算をやる必要があり、時間がかかりすぎる。工夫すれば少し時間短縮できるかもしれないが、めんどくさいことに変わりはない。

だから、授業では[証明1]の他に[証明2] 又は [定理2] を説明した方がよいと思う。この方法なら『ルート53が無理数であることを示せ。』という問題は簡単に解けるだろう。

現実の答案で[証明2]の部分は『m2は53の倍数で、53は素数だから、mは53の倍数である。』等と一行程度簡潔に書くことが多い。無論、ルート53が既約分数であるという仮定も、『ルート53 = m / n (m, nは互いに素)』等と簡潔に書くことが多い。背後には[補足1,2,3]のような考えがあるだが、それはきちんと考察したという「ふり」をして1行程度の簡潔な説明にとどめるのが実践的である。

答案では簡潔な説明で済ませるが、[補足1,2,3]をきちんと理解することは学問上重要である。

注意
素因数分解の定義は正の整数を素数の積で表すことである。よって、負の整数の素因数分解とこの定義は合わない。そこで[補足3]では便宜的に負の整数の素因数分解を「負の整数の絶対値を素因数分解し、それに負符号を付けたもの」と定義している。


石橋幸緒、史上初のタイトル戦反則負け! - 第20期女流王位戦第2局

2009-10-16 01:22:43 | 囲碁・将棋
第20期女流王位戦第2局は石橋幸緒女流王位が反則負けした。女流タイトル戦での反則負けは史上初。石橋は最終盤の129手目に自陣の角が別の駒を飛び越えて敵陣に成るという珍しい反則手を指した。二歩ならたまに見るが、こういう反則はほとんどないだろう。タイトル戦での珍しい反則負けということでテレビでも報道された。石橋は気を取り直して防衛にむけてがんばってほしい。

教員免許更新性廃止へ

2009-10-15 00:01:53 | 政治・行政
教員免許更新性の廃止が検討されはじめた。教員免許更新性は安倍内閣の時にできた制度だと思うが、早速廃止されるようだ。免許更新性には反対も多かったし、強行採決で無理やり通したのだと思う。政権交代で早速消える制度だ。高齢者医療制度、ガソリンの暫定税率など消えていく制度は多い。