ネットで本画と原画の違いを尋ねる文章を見た。説明すると次のようになる。
本画: 完成した絵画作品のこと。日本画の用語で下絵に対していう。油彩でいうところのタブローと同義。通常は筆で描いた完成絵画をいう。
原画: 複製に対してもとになる絵のこと。
なぜネットでは本画と原画の違いに疑問が持たれたのか?推測だが、それは本画と原画の区別がしばしば曖昧になるからだろう。
画家が最初に描く絵は通常本画で、新しく、一つしかないから本画は通常原画である。版画家には怒られるかもしれないが、多くの購買者は質の良さから本画を求める。しかし、東山魁夷、平山郁夫など人気作家の本画は非常に高額で一般人は購入できない。そこで本画をもとに版画(正確には複製版画)をつくり大量に刷って廉価な絵画を販売する。これが人気作家の通常の絵の売られ方だ。
だから、購買者が接する多くのケースで「本画=原画」であり「版画=複製画」だ。そのため、本画と原画を同じ意味で使っているのをよく見る。無論本画を原画としない版画もたくさんあり、そのケースでは「本画≠原画」である。そのケースの原画は刷られた版画だ。オリジナル版画とよばれる。
オリジナル版画とは過去にもとになった絵がなく、純粋に版画をつくることを目的に作られた作品のこと。平山郁夫などの版画のように本画を複製した版画は複製版画(エスタンプともいう)という。オリジナル版画と複製版画の最大の違いは作家の労力だ。オリジナルは版の作成や刷りなど、すべての過程が作家によるもの、当然作家のサインもある。それに対して複製版画は作家は名目上監修というだけで、実態的に作るのは工房スタッフだ。彼らが作家の原画を忠実に再現し複製版画を刷る。実態的には作家は最後にサイン等を記載するだけ。複製版画に作家のサインをしたものをオリジナル版画と見なしたことも過去にあったらしいが、現在こういう版画はオリジナルとはいわない。あくまで複製版画。平山郁夫監修の複製版画は10号で約100万円で売られており「平山郁夫」という作家名から本当に平山郁夫が版画を作成したと勘違いする購買者はいるが、実際は上に書いたとおりである。正確には「平山郁夫作」ではなく「平山郁夫監修」である。誤解を招く記載だと思う。言葉は悪いが、複製版画の売り方は知らない人には詐欺的だ。
そういう話はいいとして、とにかく本画というのは筆で描いた完成品のことで、原画は複製画のもとになる絵のこと。場合によって同じものを指したり、指さなかったりする。
本画と版画の見分け方を尋ねる文章も見たが、形式的にはエディション番号([1])の記載の有無で見分ける。版画にはエディション番号があり、本画にはない。質で見分けるのは素人には難しいと思う。少なくとも確実に見分けるのは専門家でないと無理だと思う。私が平山郁夫などの人気作家の本画と版画を見た限りでは版画は刷って作るため、絵がぺたっとしている。まさに印刷されたという感じ。版画家には申し訳ないが、版画は本画に比べて表現が浅く、少し味気ない感じがする。それに対して本画は一言でいうと熱い感じがする。熱いというのは作者の心や熱意がこもっている感じがするという意味。版画は機械的に作られるものだが、本画は完全な手作業で作られるものだから当然といえば当然という気もする。本画は温かい感じがするし、時に重厚だったりする。それが私の感じる本画と版画の質の違いだ。購買者ができれば版画でなく本画を求めるのは当然という気がする。当然のことながら値段は版画より本画の方がずっと高い。版画はたくさんあるが本画は一つしかなく、作るのに手間もかかるし、質もいいから当然だ。
ただ、版画が本画より絶対的に悪いといっているわけではなく、版画は本画にはできない表現ができるし、その点でよいものだと思う。そうでなければ版画家という職業はないだろう。版画には版画のよさがある。
本画と版画の区別としてもう一点ある。数だ。本画は一つしかないが版画は複数あるのが通常だ。そのため上でも書いたが本画が原画でないなら、版画は一つしかない原画を入手するというのは無理だ。厳密にいえば、複製版画は刷って作るのだから絵というより印刷物で、たくさん同じ作品があるため経済的評価は低くなるし、本画に比べ手間をかけずに作られるといった理由でその他の評価も低くなることがある。
複製版画は限定した数しか作らないことでオリジナル性を出そうとしているが、本画のような正真正銘のオリジナルとオリジナルライクな版画では評価が変るのは仕方ないかもしれない。画商と話をすると無制限にたくさん刷られるものが印刷物で、版画は限定数しか作らないから印刷物ではないという主張を見ることがある。先にもいったように限定数しか作らないことでオリジナルであるかのような気分を出しているのだ。しかし、刷って作る以上厳密には印刷物だし、中にはジクレー([2])のように極めて機械的な方法で印刷する版画もあり、限定数作ったとしても、とてもオリジナルという感じではない。ジクレーの場合は絵というより印刷物といった方が適確だ。
以上、本画、原画の違いを説明した。参考になればと思う。
参考
[1]エディション番号:版画で該当する作品の番号と刷った総数を記載したもの。例えば10枚刷って、そのうちの5番目なら 5 / 10 のように記載される。番号は通し番号であり、1番が1番価値が高いわけではないし、必ずしも最初に作られたわけでもない。すべての番号で価値は同じ。
[2]ジクレー:版画の作成法の一つ。原画をスキャナーやデジタルカメラで撮影し、インクジェットプリンターで印刷する手法。原画を精巧に複写できる点はいいが、極めて機械的な作成法であり、絵というよりまさに印刷物という印象が強い。当然他の作成法で作られた作品に比べて廉価。