三式戦闘機飛燕。
カワサキが作った。
よく壊れた困ったちゃんだった
ようだが、シルエットは秀逸。
有り体に言えばカッチョイイ。
個人的にはレシプロ戦闘機で一番
好きなのはスピットファイアだ。
こうした往年の航空機の好みは
「性能」とか「戦績」とかは関係
ない。プラモ作る子どもたちも
「強い」戦闘機を選ぶならば、米
軍機一択になってしまっていた
だろう。
だが、現実はそうではなかったし、
それは今でもそうだ。
それは一つの日本の子の普遍的な
質性として現出している。
そのことは、現代の今の子どもた
ちであっても、幼児などは車の
おもちゃではスポーツカーでは
なく、なぜかしら皆が一様に「働
く車=特装車」を好むという日本人
の摩訶不思議な習性が見られる事
にも顕著だ。特に園児あたりまで
はとりわけ男子は異様に働く車が
好き。
この日本人の嗜好性はナチスドイツ
の戦車などに対してもいえる。
ただ「強い」物を選ぶならばⅢ号
戦車などはプラモ製作で昭和少年
たちは選ばなかっただろう。
だが、任務遂行が不可能になる程
の性能だったⅢ号は昭和世代の子
どもたちにはなぜか人気だった。
完璧に見た目のまとまりや視覚的
嗜好等で子どもは選んでいるし、
大人でも好み等の問題とはそうだ
ろう。
特に車や二輪や格闘技やスポーツ
でもマッチョでイケイケおらおら
を日本人の一部が好むようになっ
たのは、ごく最近の事かと思われ
る。
最近のバイクの排気量マウント厨
などもそのクチだろう。
公道で煽りを繰り返すような四輪
も、大抵は箱型の大きな車だ。
あれ、何か根本から勘違いしてる
のでしょうね。そういうのに乗れ
ば自分が「強くなった」と。
それは四輪も二輪も。
私は、その手の類は埒(らち)も
無い、と思っている。
中国地方方言では「やっちもねえ」
というやつ。
てことで、その延長線上で私は
ジャイアンツの「巨人」という
名前そのものが根本的に嫌いだっ
たりする(笑
図体でけえからと偉そうにしてる
んじゃねぇよ、と。
これ、戦前からの対米日本人風味
として。
こちとら戦後まだ15年目の生まれ
だし(笑
Ⅲ号戦車実物。これ、戦後昭和の
タミヤ模型作りの子どもたちには
人気があった。将棋の歩みたいな
存在の戦車。
だが、「桂馬の高跳び歩の餌食」
という諺もある。そうした弱者が
実は縁の下の力持ち、柔をよく剛
を制す、というのが日本の伝統的
魂だった。
今は「転倒的魂」ばかりが跋扈
する時代になった。