【三原/尾道】【後悔する狭さ】
ナビを無視してショートカットしたら、
えらいことになった広島県三原市/尾道市
【スレ違い困難/断崖絶壁】
Japan Drive Hiroshima
尾道三原の尾三地区というのは
こういう道はごく普通。
そこらぢゅうこんな道。
ようするに田舎なのだ。
こういうのが普通なのだから。
駅そば市街地外れたらすぐに
こんな道。いたるところが。
ちなみに「えらい」というのは
中国四国地方の方言で、「大変」
とか「とんでもない」という
意味。
岡山弁で「えらい」は「とても
辛い」「しんどい」という意味
もある。
岡山弁で「えらいがー」と言っ
たら「偉いですねぇ」の意味で
はない。
備後弁では「簡単」の事を「みや
しい」と言う。
「困難」「難しい」事は「いたしい」
と言う。
用法としては、「そんぎゃーな事
したらいたしかろーで。これが
みやしーが(そのような事を
なさったら難しいでしょう。
これが簡単ですよ)」となる。
最後の「が」は「がぁ」でも
岡山風「がー」でもなく、
短音で切る言い方。
備後尾三福山と倉敷・岡山は
古代には同じ吉備の国だが、
方言は似て非なるもので、まる
で異なる。
広島県東部の三原・尾道・福山
は備後国であるが、安芸国の広島
県西部とも方言がかなり異なる。
広島県人と今の行政区分で括って
も、話している言葉は地域ごとに
すべて異なっている。部族語の
ように。
備後弁の中でも特に福山エリア
は福山限定方言であり、「みゃ~」
のように「〇ゃ~」を語尾に使う。
これは福山城築城の際に「やろ
みゃあ、やろみゃあ」「だぎゃ~」
の国から移住した建設者たちが
そのまま福山に住したからと
言われている。
特異的に中国地区では福山だけ
が「みゃ~」「みゃ~」言って
いる。信長や秀吉のように。
なので、福山出身者か尾道出身者
か三原出身者かは即判る。
安芸広島弁で「そがん(そのよう
な)」という方言は、福山弁では
「そぎゃ~」「そんぎゃあ」に
なる。
それと、福山地区の特異的な
言葉遣いとして、第三者や対面
相手に同意を求める言い回しで
「なぁや」がある。
これは福山人は非常によく使う。
「暑いことにゃあよ。なぁや」
という感じで。
これが三原弁だと「のう」「のう
や」になる。三原人も60歳以上
の世代はやたらと「のう?」の
同意請求言語を使用する。やたら。
東京弁の男言葉だと「だろ?」
という意味だ。三多摩地区では
「だべ?」というやつ。昔の東京
女言葉だと「~でなくて?」だ。
「あらやだ。貴方がそれを言っ
たんでなくて?」という具合の。
男女共通語としては「でしょ?」
が標準東京弁。日本語の標準共通
語としては「~ではありません
か?」だ。
ただ、東京と備後地区が明確に
異なるのは、東京人は他人にや
たらと同意請求をしない、とい
う点だ。
安芸広島地区はその点はよく知ら
ないが、備後地区は日常的に非常
に回数過多のようにしゃべる端か
ら同意請求表現が飛び出す。
「じゃろ?」というものと併せて。
滅多矢鱈と多用される。
言語表現成立背景とその土着
心理の背景はよく判らない。
とにかくジャロジャロ、のうのう、
なぁやを言っている。東京人の
「さ」くらいに多く言っている。
自己価値観や自己判断に無意識
のうちに他人の同意を殊更に強く
求める土地柄なのかも知れない。
さすれば、いろいろと意味不明
な地域的特徴も説明がつくよう
にも思える。
備後地区安芸地区でも、ネット
普及以降、東京横浜弁が部分的
に非常に多く話されるように
なった。特に若い世代。
「じゃけえ、それがさぁ、うち
がそう言っとったんよ。
じゃったらこうなるじゃろ?
それおかしいじゃん。
やめんさいや。なんしょーるん」
という具合で。
特に高校生くらいの若い女の子
に多い。
傍から聞いていると、一体あなた
どこのもん?となるような実に
妙な言葉遣いで今の若い世代は
話している。
それと地場から出た事無い看護師
たちはまるで老人のような古語的
ドナマリの方言しか話さない人
が若い女性にも多い。
ただ、総合的には方言は希釈さ
れ、ちゃんぽんでよく分からな
い言語体系となって来ている。
尤も、純粋大阪人でさえ「だから
さぁ」とか言うような時代だ。
妙な部分採り入れのちゃんぽん。
特に語尾変化においてそれが顕著
だ。
現代日本語(口語)は迷走の過渡
期なのかも知れない。言語学的な
系列的変遷の整合性が一切無く、
単語の部分抽出の切り貼りで会話
を成立させようとする日本人の
若年層の傾向が強いからだ。
これは広島県内だけでなく都心部
でも見られる傾向だ。
いうなれば(作られたステレオ
映像表現ではあるが)ターザン語
やインディアン語みたいな。
「ターザン、やる」
「インディアン、怒る」
というような。
類別類型的にはそれに近い。