渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

1980年代は女性乗りも多かった

2023年07月01日 | open



亭主よりもずっと乗れる人だった
りして。

うちのかみさんがそこそこ乗る
奴だったので、上手かったよね、
どして?と先日訊いたら、俺が
全部教えてくれたから、とか言
ってた。
教えた記憶無い(笑
ただ、質問には全部答えた。
理由を説明する形で。
こうやるのはこうした理由で
こうやる、と。
こうなるのは、こうした事の
物理現象だから、このように
対処する。するとこうなる、
という具合に。
完全理解できなければ、さら
に解りやすく紐解いて説明し
た。こうだからこうやれ、で
はなく、理路整然と一つ一つ
をきちんと区別と連鎖を関係
づけて。
なぜならば、二輪走行という
のは全てが論理、理論、理知
を以て対処する乗り物の運転
操作だから。

かみさんは20代の時は、コー
ナー手前の減速ではブレーキ
ングしながらパーンパンパン
ときちんとブリッピングして
シフトダウンをしていた。
当たり前の事だが。
旋回と立ち上がりではきちん
と駆動をかける。
直線ではしっかりと開ける人
だった。速度出し過ぎなので
私のほうがよく注意した。
ただ、身内の手前味噌ではな
く、ブレーキングは彼女は巧
かった。
うちらの二輪仲間は女性の
二輪乗りがかなり多かったが、
共通性は皆が一様に運転が上
手かった事だ。第1回鈴鹿四耐
に参加した女性もいた。
街乗りオンリーの女性たちも、
今の時代とは本当に比較にな
らない位全員上手だった。
今の世とはまるで違う。別物。
背骨そっくり返りの背中伸ばし
の上体硬直の載せられてる人
などは女にもいなかった。
それは「女の子乗り」として
馬鹿にされた時代だったから
だ。
乗れてないのは乗れてないと
直截に誰もが指摘した正直な
時代だ。
そして、多くの人のものを見る
目が肥えていた時代である。
危険でよくない方法は、それ
はよくないときちんと周囲が
指摘した。

かみさんはマシンのメンテは
苦手なので全て私がやってあ
げてた。互いに学生時代の頃。
俺がコースを走る時、ピット
からサインボードを出してく
れてたのは嬉しかった。
そういえば、うちの奴は原付
自動二輪も転倒した事が一
も無い。
当たり前と言えば当たり前なの
だけど。
近年の軒並み立ちゴケ蔓延社会
については、「意味不明」と
言ってる。
多分、俺と同じ感覚。
なぜ止まって跨っているバイク
を自分で倒すのか、その原理が
よく分からない。
あと、どうして今の人たちは
異様にUターンができないのだ
ろう。
これも謎。
そりゃ、背中伸ばして頷出して
身体ガチガチに硬直させてたら、
誰でも転ぶや、とは思うのだが、
実際に超低速走行でこける人が
異様に多い。
「それダメよ」という認識が
甘かったり、それもその人なり
の自由だ、などとするとんでも
感覚が蔓延している「おかしい
社会」だからではなかろうか。
転倒はたとえ立ちゴケであろう
と事故ですから。公道ならば
交通事故。単独事故の。
事故はやったらいけないのだ
から。
なんだか、今の時代、二輪だけ
に限らず、心の根っこがかつて
の二輪全盛時代の日本とは別物
になり過ぎて、いらぬ事態が
多発しているのではと思える。
二輪はいつの時代も同じ二輪
だもの。
乗ってる人の中身が往年と現代
では別物という事なのだろう。
二輪は危険な乗り物。
現代は、その認識が甘すぎるの
ではなかろうか。
例えるならば、今、真剣日本刀
を使用するスポーツ武道の選手
たちでは、やたらと手を切る人
が多い。30年前と違って。
意味不明。
刀は自分の手を切る物ではない
のよね。
なんだが、技法や技術の未熟さ
以前に、根本的に心構えが違っ
ているからそうなるのではと
思える。
私は操刀中に手を切った事は
これまでの長い経験で一度も
ない。
それは、師匠の教え通りの事
を正確に体現した技法で操刀
しているからだ。
あと、本人の自覚と練磨。
心構えの問題で、いらぬ事態
は回避できると思う。
日本刀は危険な物。だからこそ
自分の対応力を磨いて自在に
抜刀斬撃、納刀ができるよう
にする。しかもファストドロウ
で。
オートバイも同じなのではない
かなあ。

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