
1852年。西部開拓時代。
まだ南北戦争の遥か前。
アメリカとの戦争に敗れた
元メキシコ軍将校は、戦争
後に部下の遺族を訪ねる
購いの旅にいた。訳あり
で育てる中国人少女と共
に。
元メキシコ軍将校は、戦争
後に部下の遺族を訪ねる
購いの旅にいた。訳あり
で育てる中国人少女と共
に。
二人はいつの間にか、横暴
な合衆国では手配書付き賞
金首のおたずね者になっ
ていた。
な合衆国では手配書付き賞
金首のおたずね者になっ
ていた。
展開が面白いので観ていた
ら、あれ?と。
ら、あれ?と。
少女ガンマンがダブルアク
ションのS&Wを使ってる。
ションのS&Wを使ってる。
をひ、まてよ、と。
で、悪の米軍将校はパーカ
ッションのコルトネービー
(.36口径がネービー、.44口
径がアーミー)に何やら金属
カートを詰め替える仕草を
している。待てよ、おい、
となった。
ッションのコルトネービー
(.36口径がネービー、.44口
径がアーミー)に何やら金属
カートを詰め替える仕草を
している。待てよ、おい、
となった。
決定打。悪い奴らにインデ
ィアンの妻と子を虐殺され
た男の復讐の銃撃戦。
ィアンの妻と子を虐殺され
た男の復讐の銃撃戦。
悪の米軍兵士が使う銃。

これね、絶対にあかんやつ。
このシーンは1852年ですか
らね。絶対にあかんて。
らね。絶対にあかんて。
こういう出鱈目は絶対に!
タイムスリップ物ならとも
かく、時代劇でこれは駄目。
やってはだめ。
かく、時代劇でこれは駄目。
やってはだめ。
日本の戦国時代の合戦で、
テッポならなんでもいー
じゃん、と製作者が戦国
時代の鉄砲隊に89式小銃
を持たせるようなもの。
テッポならなんでもいー
じゃん、と製作者が戦国
時代の鉄砲隊に89式小銃
を持たせるようなもの。
「え?何か?だって同じ鉄
砲だよ」という出鱈目で
無責任な仕事ぶりが本作
ドラマには存在する。
砲だよ」という出鱈目で
無責任な仕事ぶりが本作
ドラマには存在する。
どんなにストーリーが良く
とも、この銃の扱いの表現
一つでこの作品は最低にな
っている。
とも、この銃の扱いの表現
一つでこの作品は最低にな
っている。
製作者の姿勢が底辺以下な
のだ。
のだ。
駄目、これ。
そのうち1852年の撃ち合い
でUZIサブマシンガンとか
出て来そうだ。
でUZIサブマシンガンとか
出て来そうだ。
時代物を描きながら、その
時代に存在しない事物を映
像で描くのは、それは時代
的背景や人間たちの姿さえ
も蔑ろにしているのであり、
やってはいけない。
時代に存在しない事物を映
像で描くのは、それは時代
的背景や人間たちの姿さえ
も蔑ろにしているのであり、
やってはいけない。
何を描こうが自由じゃない
か、というものではない。
か、というものではない。
邦画『スキヤキウエスタン
ジャンゴ』のようなパロディ
ストーリーならともかく。
『日本以外全部沈没』とか。
シリアスな映像作品で、し
かも時代劇が時代を尊重し
ない映像は、すべて出鱈目
な作となる。
かも時代劇が時代を尊重し
ない映像は、すべて出鱈目
な作となる。
何がダメって、それは製作
者の姿勢と創作思想だ。
者の姿勢と創作思想だ。
時代への敬意も何も無い。
上っ面のアクションと薄っ
ぺらな人間物語だけで時代
を生きた生の人たちの葛藤
や悲しみや喜びを描ける筈
がない。
ぺらな人間物語だけで時代
を生きた生の人たちの葛藤
や悲しみや喜びを描ける筈
がない。
外してはならないボーダー
ラインというものが映像製
作にはある。
ラインというものが映像製
作にはある。
本作、スカである。
久しぶりに、まともそうに
見えて実は作り手がスカ
という作品を観た。
見えて実は作り手がスカ
という作品を観た。
来るだろうなーと思ってい
たら、やはり1873年に米
陸軍採用されたピースメー
カーまで出て来た。作品が
描く時代は1852年です。
やめろって。
たら、やはり1873年に米
陸軍採用されたピースメー
カーまで出て来た。作品が
描く時代は1852年です。
やめろって。

主人公が使う銃はスペインの
デニックス社のモデルガンだ。
日本のを真似して作ったが、
リアルさに欠けるやつ。
シリンダーに変なスリットが
入ってるでしょ?これがデニ
の特徴。
しかも、この役者、パーカッ
ション銃なのに雷管を被せて
ないのに撃とうとしている。
このテレビ映画、何もかも❌

また出て来る。
助っ人になるインディアン
戦士が渡した拳銃はコル
トのパーカッションだ
ったが、撃つ時はこれ。
戦士が渡した拳銃はコル
トのパーカッションだ
ったが、撃つ時はこれ。
全てがテケトン。

ダブルアクション、スイング
アウトシリンダーのニッケル
メッキモデル。


銃撃戦で青服の米兵が使う
のはピースメーカー。
1852年の設定で。
のはピースメーカー。
1852年の設定で。

そして、やはりダブルアク
ション。スイングアウト式。
繰り返すが1852年設定であ
る。勝海舟が江戸城から電
話かけてるようなもん。

る。勝海舟が江戸城から電
話かけてるようなもん。

ある事に気づく。
その後も、徹底的に銃に関
しては適当だ。
しては適当だ。
主人公の中国人少女も現代
銃で育ての親であるホアキ
ンを撃った。
銃で育ての親であるホアキ
ンを撃った。
そして、銃に関しては、持っ
ている銃が構えて撃つ時に
変わっていたりとかがやた
ら多い。
ている銃が構えて撃つ時に
変わっていたりとかがやた
ら多い。
つまり、銃については、時
代考証が出鱈目ではなく、
どうでもいいと思っている
のだ。
代考証が出鱈目ではなく、
どうでもいいと思っている
のだ。
手にした銃を構えて撃つ瞬
間には別な銃になる。
間には別な銃になる。
そういうのだらけなのだ。
しかも、銃は別なシーンで
使用した物を使い回し。
使用した物を使い回し。
なので、見えた。
銃の時代考証が出鱈目なの
ではなく、この作品の製作
者の意識が出鱈目なのだ。
ではなく、この作品の製作
者の意識が出鱈目なのだ。
たとえば、現代カーアクシ
ョン映画で、カーチェイス
をしていて、主人公や追跡
者の車がコーナー曲がるた
びに色や車種やメーカーが
ランダムに変わるような映
像なのだ。
ョン映画で、カーチェイス
をしていて、主人公や追跡
者の車がコーナー曲がるた
びに色や車種やメーカーが
ランダムに変わるような映
像なのだ。
時々ダンプになったりする。
「いや、車だから一緒だろ」
みたいな感じで。
これほど、銃器に関してい
い加減な西部劇は初めて観
た。
い加減な西部劇は初めて観
た。
西部劇どころかこの手の映
像作品は初めてだ。
像作品は初めてだ。
メキシコの製作。
アメリカ人とインディアン
を徹底的に悪く描くのは自
由だが、銃の使い方の視点
がそのような出鱈目という
事は、描きたいメキシコと
アメリカの関係やその中で
苦しみもがく人たちの描写
や取り上げ方も信用できな
い出鱈目、という事になる。
を徹底的に悪く描くのは自
由だが、銃の使い方の視点
がそのような出鱈目という
事は、描きたいメキシコと
アメリカの関係やその中で
苦しみもがく人たちの描写
や取り上げ方も信用できな
い出鱈目、という事になる。
本作、ウルトラ駄作だ。
駄作というより、製作者の
無責任さが映像に収められ
てしまった作品。
無責任さが映像に収められ
てしまった作品。
製作者の不誠実な人間性を
世に出している作品だ。
世に出している作品だ。