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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

ヤカン

2023年05月24日 | open
 


大昔、子どもの頃によく行った
キャンプではこのようなワイル
ドウエストタイプのヤカンを
使っていた。






ケトルなんて呼び方は一般的に
流通していなかった。
2リットル近く湯を沸かせた。
まあ、なんてのか当時は直火。
どのキャンプ場も直火。
山のキャンプ場も河原も直火。
直火がとやかくなったのはここ
最近の事だ。
環境保護テロルと似非エコが流
行り出したあたりから。
1990年代でさえ、まだ直火が
主流だった。
 
その後のキャンプではクッカー
で湯を沸かしていた。コッヘル
なんてドイツ語で呼んでいた。
何故かは知らない。
マトリョーシカのようなクッカー
の寸胴鍋で湯を沸かしていた。
今はキャンプ用特化の平たい
ヤカンがあるので便利だそうだ。
 
でも、今でもクッカー鍋や飯盒
で私は湯を沸かしている。
これは白ガスシュコシュコの頃
からそうだ。
普段は今はいろいろな配慮から
ストーブや焚き火台でやってい
るが、基本は薪。
ガスは便利なので使う事もある
が、あまりに便利過ぎて驚く。
というか、簡易即行にはガスは
良い。アルコールよりも使い
勝手は良い。
割り切って行くならばガスは
手早いし火力調節もできるの
で便利だ。
 
でも、便利?
それを望むのなら家のキッチン
でメシ作って茶を淹れたら?
という疑問が自分の中ではあ
る。
要するに、極言すれば、高度に
文明化された現代においては、
別段野外に出て炊爨したり
宿泊
する必要性も必然性も
無いのだ。
災害対処以外では、ほぼ全て
野営は「趣味」でしかない。
なので、自分の中で、何を求め
て何をするのかが不明瞭だと、
外で何やってるのか自分で皆目
分からなくなる。
それゆえ、「設定」はかなり
重要になってくる。
目的意識的な「想定」と「設定」
が。
そして、それは万人各人が個々
に自由に選択すればよい事である
ので、人のスタンスやスタイル
をとやかく揶揄するなどという
のは最低だ。
「俺はこういうのはやらない」
というものしか無い。
他人のキャンプスタイルを中傷
して喜んでるよう奴らは、多分、
自分で野営とかキャンプとか
やった事ないのではなかろう
か。
これは二輪走りでも同じで、
長距離弾丸をやった事ない奴は
弾丸を揶揄中傷しても、自分
やった事ない、やれない腹
いせ
でしかない。
「男子厨房に入らず」とかイキ
っていては、自分一人で米
さえ
とげない事だろう。
誰か他人の世話にならないと
メシさえ食えない。
それは、一般論としてかなり
け無い。
一人立ちして一人で外に行っ
みるがいい。
自分でできるかできないか。
どこまでできて、どこから先
ができないか。
また伸び代は自分にあるのか。
そして、できる人間から学び
取る器量が自分にあるのかど
うか。
 
キャンプはブームだが、分かる
人たちは初心者でも分かり始め
ているのではなかろうか。
かつて、なぜ全世界的にキャン
が教育の一環としてカリキュ
ラム
に入れられていたのかを。
それは、都会からの逃避でも、
骨休めでもない。
むしろ困難で面倒っちい事を
りに不便な場所に行って、
そこで煮炊き飯盒炊爨、寝
泊ま
りをする。
何でも上げ膳据え膳のホテル
ではなく。
それの意味。
かなりの大きな「気づき」が
ある筈だ。
人ならば、それに気づく。
人ではない人を超えるものが
それを教えてくれるのだ。
そして、人は人からも学ぶ。
多くの先達たちの知恵と工夫
から。
 
キャンプが本当に好きな奴ら
に心根が邪(よこしま)な者は
いないか、いてもごく僅かな
のではなかろうか。
心が邪だと、こんな面倒で手
間のかかる事などすぐ飽きる
からだ。もう嫌なこったい、と。
好きではない人間には苦行の
ように感じるだろう。
でもって、ナンチャッテの
金さえ出せば野外設備完璧に
準備してます、の商売が出て
くるし、出てきた。
キャンプにラグジュアリーや
オシャレ?を求めたりする
うな商品プランが。
それらは、キャンプではない。
「のようなもの」でさえない。
ファミリーバーベキューは別に
キャンプでもなんでもないの
と同じで、全くの別物だ。
ブッシュクラフトもキャンプ
ではない。
キャンピングを含む野外活動
がブッシュクラフトであり、
ブッシュクラフトには野営設
営の為の生産活動が必ず伴う。
なのでクラフトなのだが、
った買い揃えた道具を並べ
ゴージャスな戸外の夜を、
いうのはブッシュクラフト
はない。
 
キャンプは、ともすれば、キャ
ンプではなくなる要素を多く
含んでいるので、自分自身が
あやふやだと、波に流されて
しまう。
河川の急流で流されたら、ま
助からない。
キャンプは好きな者にとって
掛け値なく楽しい
が、目に
えないそうした
危険自体を
キャンプが持っている事は、
知っておいたほうがいいだ
う。
自分の身は自分で守るのがキャ
ンプであり、人の身も
力し
合って守るのがキャンプ

から。

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