渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

ポケットビリヤード=プール

2024年10月05日 | open



ポケットビリヤードは単純
なゲームだ。
的玉を穴に入れて次の玉も
入れる。ただそれだけ。
だが、手玉を自由自在に動
かさないと次の玉を入れら
れない。
手玉を動かす為には手玉の
上下左右の計画通りの撞点
を撞いて手玉に回転を与え
る。これにより手玉と的玉
が衝突した時の分離角度を
変えて手玉を任意の位置ま
で運ぶ。
だが、手玉に回転を与える
とスロウという現象が起き
る。
手玉の回転により、手玉の
単独進行ラインにずれが生
じるのと、手玉と的玉が歯
車作用で的玉に逆回転が発
生し、的玉の進行ラインも
ズレる。分離角度も狂う。
手玉をひねって撞くと、そ
の三つの現象が発生するの
で通常の見込み角度だとミ
スポケットになる。
それを人間が補正して予め
撞き方によって生じるズレ
を補正して適合した的玉の
進路を予想していく。
最初からそれを見越してア
ングルをずらして見越すの
だ。
その人為的補正の事を見越
しと呼ぶ。

キューや玉に見越しなどは
一切存在しないが、ビリヤ
ード界においても不見識な
人たちは「キューの見越し
がぁ」などと説明したがる。
バイク本体に事故が無いよ
うにビリヤードの道具に人
間が行う行為の見越しなど
は存在しない。
キューやボールはただの物
だ。オートバイもただの物。
どうにかしたりしてしまう
のは人間に原因がある。
だが、まさにそれこそ、つ
まり人間が外力で与える技
法から手玉と的玉にスピン
をかけて撞き手が自在に手
玉と的玉の進行を支配する
のがビリヤードなのである。
キューとボールはただの物。
人間がどうかという競技。
人間がいろいろな事をやる
から、物理的現象として進行
軌道にズレやラシャの摩擦に
よる軌道変化が発生するだけ
の事だ。
キューには人間の行為である
「見越し」などは一切存在し
ない。

だが、ビリヤード界はその
あたりの適正認識ができず、
不見識な言を振りまいている
人たちが極めて多くいる。
補正するのは人間であり、そ
の人的行為の事を「見越す」
というのである。「見積も
り」と同義だ。
製造した製品に見積もりなど
は存在しない。人間の成す行
為の事をいうのであり、これ
はビリヤードの補正行為であ
る事前予測による補正計画の
事を「見越す」「見越し」と
呼ぶのである。
撞球者は識別認知認識はしっ
かりしよう。
オートバイの操作操縦走行技
法と同じなのだ。
物理的な現出現象を正確に
人間が把握してどう対処し
て的確適正な対処をするか。
ビリヤードも二輪走行もそれ
なのである。

 

 

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