渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

チョークの手入れを一切しないビリヤード場

2023年02月06日 | open


チョークをこのような状態に
するのは最低だ。
ビリヤードのプレーの基本が
まるでできていない。論外。
何故駄目なのか。
それはタップに適切にチョーク
が塗れなくなるからだ。
チョークが適切に塗れなければ
ビリヤードはプレーにはならな
い。

本当のプレーとは無縁の温泉宿
などはこのようなチョークに
したままほったらかしだ。


そして、こういう穴ポコチョーク
でキューをうずめてグリグリ回し
てチョークをつけようとすると、
キューの先角はこうなる。

チョークには研磨剤が入っている。
自分で自分のキューを疵まみれに
する事になる。
また、ハウスキューならば、お借

りしたお店の備品を疵まみれに
する事になってしまう。
ダブル・トリプルで最低なのだ。

ところが、広島県のビリヤード場
(連盟登録もしているような正式
な玉屋)では、ほぼ100%に近い
店舗がチョークの手入れを一切
せずに、大穴ぽこチョークのまま
だ。店主も店員も一切通常業務の
責務たるメンテナンス仕事をして
いない。

元プロの店などでさえそうだ。
そして、ビリヤード場なのに、
タップ交換をまともにできない。
チョークひとつまともに整備でき
ないのだから、タップ交換など
が能力的に不能なのは朝飯前の
平気の平左なのだろう。それが
恥ずかしい事であるとか、必要
な基本的な仕事をこなす事が不能
である無能力者であるとかの自覚
は無いようだ。
ビリヤード人としてのレベルが

低すぎる。

かつては違った。
全国大会に出場している店主が
いる店では、ごく当たり前の事
であるので、チョークは穴ぽこ
などにはせず、きちんと磨り出し
をして中央に小さな浅い円を出し
上面は
真っ平にしていた。
これ、ビリヤード界の常識も
常識、部屋に入るにはドアを
開けてから、という程に常識で
当たり前の事なのである。
今、ビリヤード界全体の質が著し
く低下している。人間的な質性が。
特に広島県はひどすぎる。
店なのにまともな撞球人がいない。
店主も店員も。
台は多少ブラシはかけるようだが、
チョークはほったらかしで何も
しない。
知らないわけが無い。業界人なの
だから。
仕事をしないのだ。自分の仕事を。

チョークは適切に使っていると
プロペラや手裏剣のような形に
摩耗してくる。
それは、チョークとチョークを
合わせてこすって真っ平にした
り、紙やすりやコンクリートで
こすって平にする。
コンクリなどは効果抜群で、
10秒で真っ平になる。

毎回、プレーが終わったらキュー
の手入れをしてケースに収める
ように、チョークもビシッと
面出しをしておく。
これはプレーヤーの鉄則だ。


(使用中のチョーク/手入れ後)

このような新品の状態に近づ
けて面出しをする整備は、ビリ
ヤードプレーヤーの大原則だ。


きちんと人様に挨拶ができない
若い子が増えているが、いい年
をした連中がビリヤード場で
まともな仕事をしていない。
プレーヤーとしても最低だ。
人的質性が。
客に穴ぽこチョークを使えと
言うようなものだ。
ろくなもんじゃない。
飲食テーブルを一切拭かない、
食器も洗わない飲食店のよう
なものだ。完全なるスカである。

チョークがまともでないと、
ビリヤードのプレーはできない。
また、ハウスチョークはきちん
と整備して店内に常備し、お客
様の来店を待つのはごくごく
当たり前の常識だ。
その常識が広島県には存在しない。
今は。昔はビシッとしていた。

チョークは極めて重要な物だ。


私は面出しを繰り返しながらここ
まで使う。これが限界。
 
いくら玉転がしや穴入れが上手く
とも、きちんとした道具の手入れ
をしない人間は駄目なのだ。
プレーヤーとしてはもちろん論外
だが、店舗経営スタッフとしては
これまた番外、大気圏外だ。
飲食店は食器をキチンと洗い、
テーブルも椅子も磨く。
当たり前の事なのだ。
当たり前の事ができないで、何が
玉撞きか。何が公式試合か。
笑わせたらいけねえよ。

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