

本当に死地だった。
だが、農民にとっては生きる
生活の場だった。
半年間の毎日、現闘として生活
した。
毎朝5時起きで夕暮れまで農作
業に精魂傾けた。
援農というニワカの農作業支援
であっても必死に働いた。
金銭的報酬などは無い。毎朝
納豆飯が食えるだけだ。
ただ、本物の笑顔が農家の人々
にやって来る事だけを願う事が
私たちの報酬だった。
僕ら支援は、そのかけがえの
ない笑顔を報酬とする「傭兵」
だった。
傭兵を忌避してはいけない。
クロサワが描いた「七人の侍」
たちも、見紛う事なき傭兵で
ある。