渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

初めての教習所

2023年09月04日 | open


私が16才の時に初めて自動二輪
免許を取った教習所の現在。
だだっぴろかった場所なのに、
上に首都高が走ってしまった
模様。

東京都内の高校では「3ない運動」
などは無かった時代。
高校生は16才になると多くの者
が自動二輪の免許を取った。
私の一学年上の世代の10月から
自動二輪は中型限定と教習所で
は取得できない限定解除に分か
れた。
一学年上の人たちで10月まで
に免許が取れる誕生日の人は
「自動二輪」の免許が教習所で
取れて中型限定付きなどでは
ない免許証だった。
私の時代から始まった自動二輪
の限定解除試験は「免許を取ら
せない為の試験」なので今では
考えられない程厳しかった。
難関とされる大学合格するほうが
よっぽど簡単なんじゃね?という
程に。
ただ、丁度これまた私の学年から
共通一次試験制度が始まったの
で国公立大学の併願ができなく
なり、私立大学への受験がドワッ
と増えた。結果、私学の受験偏差
値がポーンと上がってかなり難し
くなったという学年だった。
それでも、自動二輪の限定解除
試験は超難関だった。
大学受験は勉強すれば受かるだ
ろうが、限定解除は何回も不合
格を食らって再受験を繰り返す
浪人時代がどなたも長く続く事
になっているのが定番だった。
なので、1975年~1995年までの
限定解除者は、技術も対応力
(これが一番合格には大切)が
相当に練れていた。

そして、運転が下手くそな者は
殆どいなかった。みんな二輪の
運転が上手かった。
これは中型二輪運転者もそうで、
今現在とは比べ物にならない程
に全体の層として運転が上手だ
った。これは事実として確実。
そうした上手かった人は殆ど
が二輪を降りてしまい、当時
ド下手であまり走り回っていな
かったただの免許持ちが現在
「リターンライダー」となって
いるケースが非常に多い。
こっちに戻って来た人でも、走
りの人はごく僅かなようだ。
そしてリターン組の大多数は
超簡単になった新設大型二輪
免許を教習所で取り、乗りこな
せもしない大型バイクに乗る。
そりゃリターン者の事故が多い
という事実の原因は何なのかと
いうのものも頷ける。なるべく
してなっているのだ。
70年代~80年代に走りを極めた
人たちの多くは二輪から降りて
しまっているのが現実だからだ。
新規普通二輪と新規大型二輪の
免許取得者たちは、数十年前の
層としての二輪乗りたちよりも
かなり技量が劣るのは事実だ。
ロードモデルでの巡行走行で
ハンドルをインに切って曲がれ
とか広報活動しているとんでも
ない自称「指導者」もいたり
する程だ。
別な一例として、ごく当たり前
な事なのに私などの高齢者二輪
乗りがスラッとUターンすると
「Uターンちゃんとできるんで
すね」と若い世代の人たちが
言ったりする。
意味不明だ。
そして、若い人たちは切り返し
ながらUターンしたりしている。
でもそれ、Uじゃないから。
ギザだから。
免許というのはただのライセンス
でパスポートと同じく誰でも
手続きを踏めば取得できるもの
というのを象徴しているかの
ようだ。
そして、現在は教習所ではU
ターンは課題にも含めないら
しい。
そりゃ下手な筈だ。まともに
練習さえもしないのだろうから。
(リーンアウトで車体を寝かせ
てクルリと淀みなく素早く回る
のが本当のUターン)
そして、「立ちごけ」を信じら
れないほどに今の人たちは多く
やる。やってもいいもの位に
考えている心得違いの風潮も
世間にはある。
残念ながら、「バイクブーム」の
時代とは層としてレベルが違い
過ぎるのだ。走行運動技能的な
質の中身が。
70年代~90年代中期までは、
立ちごけなどしたらこっぱずか
しくてまともに表を歩けなかっ
たという空気さえもあった。
今はヌルヌルの時代だ。

しかし、旧限定解除も末期頃に
近づくにつれ、どんどん基準が
緩くなってきた事実があるよう
だ。
受験者ライダーの技量が向上し
たのではなく、合格審査の基準
がかなり緩くなった。
というか、審査態様はそれが
まともなのだが。
かつては、言葉遣いや態度や
服装を試験官が気に入らなか
ったらそれだけで一発で不合格
にしていたのだから。
ようするに返事の声出しも、姿
勢も新米警察官と同じような
やり方をしないと受験に入れ
なかった。当然、最初は直立
不動で「礼!」だ。そこでまず
落とされる。
ヘルメットは白いジェット一択、
黒いグローブに黒いブーツ。
ブーツの外にズボンの裾を出し
ていたらそこですぐに不合格。
そして、実技審査では事細かく
減点されて不合格にされる。
「不合格にする為の試験」だっ
たからだ。
一発一回での合格者など日本全国
いなかった。
それが90年代に入ってから出始
めた。黒いフルフェイスだろう
が受験させてくれるようになった。
まあ、当たり前ではない事を
警察裁量の当たり前として押し
通していたのが70年代~80年代
末期までの状況だった。
自動二輪限定解除は、免許取得
ではなく、警察官になるつもり
で受験しないと合格させては
くれなかったというのは、実際
の歴史の事実としてあった。

あとよく分らぬ実態として、
ブーツ無しでも受験はさせな
いと警察の違法になるので受験
はさせたが(合格させないが)、
その際には、靴はかかと付が
条件で、さらに変な事してた。
ソックスでズボンの裾を巻く
事を警察官である検定官は
受験者にさせていた。
あれ、クッソださい。
たぶん、欧米人とか見たら
大笑いするのではなかろうか。
ソックスを脚絆のようにしな
いと受験させなかったのだ。
言っちゃ悪いけど、見ててもろ
ダサだった。
受験前にブーツ買えよ、とも
思った。というか、普段中型
に乗ってるのだろうにブーツ
履かないのだろうかと疑問だっ
た。それなのに限定解除する
つもりなのだろうか、と。
安全についての認識不足で、
それでは落とされもしよう、と。
安全靴でもいいんだよね、紐
無しの。ワークブーツでもいい。
極端な話、ゴム長靴でも。
ソックス脚絆は正直「何だ?!
あれは」という程のヴィジュアル
だった。

今の一発試験は全くそれらが
ない。
そして、一発検定は一回で合格
することも案外容易くできるし、
教習所での公認大型免許取得も、
一度も追加講習など無くとも
60才過ぎであっても合格できる
ようだ。普段から二輪に乗って
いてきちんとした技量がある人
たちは。

たとえ不合格や見極め落ちて
追加講習になっても、落ち込
まずに「そのうち取れるさ」
という気構えでボチボチやった
ほうがいいと思う。反省はきち
んとして対策練って。
免許取得は上手いか下手かを
審査基準とはしない。
真面目なきちんとルール通りの
運行ができるか否かだ。
それを審査される。
なので、きちんと決められた
セオリー通りにやればいい。
「決まり事を実行できない人」
というのが一番不適格とされる
のが自動車運転免許の審査の
骨子だからだ。

ただ、一本橋は粘り過ぎてやり
過ぎると、減点は無くとも試験
官の心象は悪くなるので、適度
なところにしといたほうがいい
かと個人的には思う。
私の場合も16才の時に一本橋を
30秒ちょい切りやった時には
教官から「やりすぎだ」と教習
中に注意され、ではこうならと
速度を速めても真ん中あたりで
「今12秒!」と怒鳴るような声
を出して警告された。
粘り過ぎは良くないと思う。
これは実体験から。
大型も中型も同じ二輪なので、
本来免許区分ごとに審査タイム
が異なるのはとてつもなく奇怪
な事なのだが、審査クリアとし
ては13秒前後あたりがいいかと。
(旧限定解除時代は15秒以上
で減点無しだった)
今は大型二輪免許は10秒以上
で減点無しと、かつての中型
の基準以下に簡易化されている
ので、大型二輪は10秒で脱輪
せずに走ればいい。
遥か前方を見ろと嘘を指導され
るので、視点は数メートル前の
橋を正しく見ながらも顎は引か
ずに顎は出し気味(こんな乗り
方は実走行では危険だが)にして
顔を正対させるようなポーズで、
目線だけを正規目線で走路を
目視するようにすると試験官の
減点は無いようだ。(多分顔が
正対しているから目線も前方
かと判断している)
で、当然下半身で乗り、腕は
脱力させてブーラブラにする。
一本橋では超低速なのでステア
は使って左右にハンドルは微調
整する。半クラも多用する。
この一本橋は通常巡行走行とは
異なり、上体背骨は仙骨に載せ
てバランスを取る。常に前傾
姿勢のクルーズ走行フォーム
ではない。固着固執観念は
捨てる。ヤジロベエのように
バランスを取るため、上体は
起こし気味にする。
そして、一本橋で重要なのは、
大型だろうが8秒通過でたとえ
5+5=10点減点されようが、通
過する事が大切で、粘ろうとも
脱輪したらそこで一発で即検定
中止になる事だ。これは避ける。
理由は、脱輪は「事故」だから
だ。
パイロン接触、急制動停止線
越え、車体倒し(立ちごけや
乗車前の倒し)も即検定中止。
それらは「事故」だからだ。
これは厳しかった旧限定解除時代
の70年代~80年代であろうと、
教習所で大型二輪が取れる今で
あろうと変わらない。
立ちごけは事故なのだ。
現実的に公道であっても、立ち
ごけは四輪の壁衝突と同じく
事故なのである。

ところが、現在、極めて不思議な
珍妙な風潮が二輪乗りたちの間
に蔓延している。まさに巷間で。
それは「立ちごけは誰でもやる
事だから気にするな」という風潮。
これ、大間違いだ。
誰もがやらねーっつーの。事故は。
自分に甘い人たちがドワッと増え
ているのが不思議でならないが、
時代なのかも知れない。
自分ではきちんとした確かな技術
でやる事ができないのに、他人の
事はあげつらって誹謗中傷したり
するのが大好きな人間たちが現代
人の特徴だからだ。カス勢ぞろい。
独立自尊で自戒精神を厳格に必要
とされる二輪乗りたちにその風潮
が蔓延している現代実態に驚く。
スカばかりが二輪転がしてるのか
ねえ、と。
ささいなミスは誰でもおかすから
二度とミスらないようにすれば
いい。それはそうだ。
だが、交通社会での交通の事故
の場合は、よくあるから気に
すんなでは済まない。
二輪車で公道で転ぶ事は「事故」
なのだと厳格に二輪運転者は認識
する必要がある。
オフロードコースでの二輪操縦
練習や大会での乗車で転ぶのと
公道走行中に転ぶのでは次元が
まるで異なるのである。
四輪車では歩道の縁石乗り上げ
突込みはよくある事だから気に
すんな、では済まない。
危険な乗り物である二輪では、
四輪以上に厳格な注意が不可欠
だ。

どうか二輪乗りたちは自覚して、
転ばないようにするにはどう
乗ればいいかに腐心して、努力
して、安全に二輪を運行して
ほしいと願う。
どうぞ事故無く幸せな二輪ライフ
を。

 


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