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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

87年富士ス-パ-スプリント ~ロードレース~

2023年09月17日 | open

87年富士ス-パ-スプリント



1986年、世界チャンピオンたち
を招聘しての日本のロードレー
スである富士スーパースプリント

レースで、本間利彦選手の走り
を目の前
で見た。(100Rイン側)
見たというよりも凝視観察分析。
彼は他の選手と違っていた。
ヤマハからホンダに移った木下
選手と同じく旋回速度が異様に
高い。これは世界チャンピオン
のカルロス・ラバード選手も
そうだった。
観察してヒントは得た。
パーシャル区間の使い方が他の

選手と違うのだ。
何がどう違ってどうしてそうで

どうやったらそうなるかも見え
た。見えたが自分が実現できる
かどう
かというのは別問題とし
て。カラクリは読めた。

本間選手はノービスの時から
スーパーノービスだった。
ぶっちぎりのノービス日本
チャンピオン。18才の時だ。
特別昇級で翌年国際A級になっ
た。
本間選手の前は宮城光選手が
他の選手とはノービス時代に
は違っていた。まるで別物。
一人だけ国際Aの走りをして

いた。
ただ、1983年の全日本筑波で
宮城選手はGP250クラスで
モリワキのTZ250で最終コー
ナー立ち上
がりで半クラを
使っていた
理由が今でも分か
らない。

レシオ合わせは事前にセッティ
ングをやっている筈だからだ。
あれは今でも謎。
私は最終コーナーイン側から
凝視観察していた。


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