見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2020年6月関西旅行:コレクションの歩み展II(大和文華館)

2020-06-30 22:48:52 | 行ったもの(美術館・見仏)

大和文華館 開館60周年記念『コレクションの歩み展II』(2020年5月30日~ 7月5日)

 日曜日は奈良へ。大和文華館では開館60周年を記念する二部構成のコレクション展を開催中である。パート1が開館当時のコレクション、パート2が開館以降に蒐集したコレクションを紹介するもので、本来、4-5月に予定されていたパート1が7-8月に順延されたため、パート2が先に開催されている。

 冒頭には桃山時代の『阿国歌舞伎草紙』。阿国歌舞伎を描いた絵画資料としては最も古い時代に属するものだという。小さな絵2件と詞書1件が巻子に仕立てられている。絵は念仏踊と茶屋遊の2件だが、茶屋遊の図が開いていた。狭い舞台に演者が3人、奥に囃し方が4人、窮屈そうに並び、見物人は10人くらい描かれている。隣りは平安中期の『木造女神像』。量感豊かな体躯、フリルのような袖がかわいい。顔の両脇の髪は長いが、背中には垂らしていない。その隣りは高麗末期~朝鮮初期の『螺鈿菊唐草文小箱』。品があっておしゃれ。

 その他、会場は、漆工、陶磁、金工・ガラス、中世日本絵画、中国・朝鮮絵画、近世日本絵画というようなジャンルにしたがって名品が並んでいた。通い慣れた美術館なので、初めて見る作品はなかったように思う。

 陶磁器は、康熙年製の『素三彩果文皿』とかベトナムの『青花牡丹文大皿』とか、色も描線も柔らかみのあるうつわが並んでいて好みだった。乾隆年製の『赤色硝子双魚文蓮葉形皿』も好き。赤一色のガラスの深皿(小椀に近い)で「大胆かつ楽しい意匠」は乾隆ガラスの真骨頂だという。藍色ガラスの印材にも見とれた。

 中世日本絵画を代表するのは、雪村の『花鳥図屏風』六曲一双。鳥も花木も躍動的すぎて、笑いが込み上げてくる。特に左隻の、そよぐ柳、ゆらゆらする蓮、白鷺の口の開け方、鴨の首のねじまげ方。同館は雪村の作品蒐集に力を入れてきており、その縁で、雪村が最晩年を過ごした福島県の三春滝桜を親木とする桜が、本館入口前に植わっているのだという。これは初めて知った情報。

 中国絵画は、宋元絵画の優れたコレクションを保有していたが、開館後は明清絵画の充実にもつとめたという。私の大好きな明・張宏筆『越中真景図冊』や『閻相師像』を見ることができて、嬉しかった。

 近世日本絵画は、呉春の『春林書屋図』がゆるくて好き。小品だが伊藤若冲も持っているのだな。渡辺始興筆『金地山水図屏風』は、近くで見ていたときは何とも思わなかったのだが、離れてみたら、窓からの自然光の当たり具合で金地と墨色が、とても美しく見えた。

 同館では、あまり旧蔵者のまとまりを意識したことがなかったが、今回、いくつか興味深いコレクションがあることを知った。たとえば、双柏文庫は、中世史家の中村直勝(1890-1976)氏が蒐集した古文書コレクション。今回は、足利尊氏寄進状と古田織部書状が展示されていた。川勝コレクションは、美術史家・川勝政太郎(1905-1978)旧蔵の拓本コレクション。川勝氏本人の手拓だという滝寺摩崖仏拓本などが出ていた。奈良の矢田丘陵にある日本最古(天平時代)の摩崖仏だという。こういう「美術」の周辺を拡げるような蒐集活動は、とても嬉しい。

 次はコレクションI 展に行かなくちゃ!

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2020年6月関西旅行:マンガミュージアム+京都文化博物館

2020-06-29 23:47:34 | 行ったもの(美術館・見仏)

京都国際マンガミュージアム 『荒俣宏の大大マンガラクタ展』(2020年5月11日~8月25日)

 京都マンガミュージアムには何度か行っているが、最後に訪ねたのは2015年で、荒俣宏さんが2017年から館長をつとめていることを初めて知った。同館は「世の中に忘れられたマンガの先祖たちを掘りおこし、現代マンガのルーツをさぐる」ことを目的に、荒俣館長がプロデュースする「大マンガラクタ館」という小展示シリーズを展開しているが、本展は、館長自身のコレクションや創作物による「大マンガラクタ館」の特別拡大版。新型コロナウイルス感染症の影響で、休館を余儀なくされていたが、ようやく6/19から、京都府民以外も参観できるようになった。

 館長が遠慮しているのか、あまり宣伝をしておらず、会場のギャラリー1, 2, 3が奥まったところにあるので、はじめ館内で会場を見つけられなくて苦労した。会場では、段ボール箱が展示ケースに流用されており、ところどころ、館長直筆のコメント(とイラスト)が記されている。同様の試みは、木下直之先生の退官記念展『木下直之(を)全(ぶ)集(める)』でもやっていたけど、フレンドリーな感じがして、とても嬉しい。

 「たばこ販売店」の看板には「たばこ小売人 荒俣イト」のお名前。荒俣さんのおばあちゃんだったかな。美人画は、趣味と教養のあるお母さんの旧蔵品(作品?)だったと思う。「うちの妹は漫画家」とあるのは志村みどりさん。荒俣さんの本は、90年代初めまで、ほぼ全て欠かさず買って読んでいたので、ご家族や師匠、友人の名前を見ては、そうだったそうだった、とうなづく。

 これは少年時代の荒俣さんが描いたマンガ。平田弘史が好きだったという。感性が大人!

 海外の幻想作家ふうの本格的なイラストを描いたり、かわいい少女漫画を描いたり、熱帯魚の飼育日記に精緻な博物画を描いたり。短編アニメーションをつくったり、長じては同人誌をつくったり。このひとは「集める」だけでなく「生み出す」ことが好きな人なんだなあ、と感じた。マンガを描くことには、無から有を生み出す楽しさがある。私もマンガを描いて育ってきたので、そう感じる。

 会場には、荒俣さんが最近、関心を持っているという趣味人・三田平凡寺(1876-1960)に関する資料や、藤原カムイのマンガ『帝都物語』の原画なども。

京都文化博物館 特別展『祇園祭-京都の夏を彩る祭礼-』(2020年6月20日~7月26日)

 日本を代表する祭り・京都祇園祭について、懸装品・飾金具・古文書・絵画資料など100点以上の資料を展観し、山鉾を彩る華麗な装飾を紹介する。しかしまあ、この特別展に合わせたように、今年の祇園祭そのものが中止になってしまったのは皮肉なことだ。あらためて調べたら、1879(明治12)年にはコレラ流行のため、祇園祭は11月に順延、86年、87年、95年にも同様にコレラ流行を理由に延期されているそうでで、疫病には弱いのだな。

 展示品の見どころは、やはり前懸・胴懸・見送などと呼ばれる懸装品。ギリシャ神話に題材をとった舶来の毛織物(霰天神山、白楽天山)もあれば、円山応挙が下絵を描いた江戸の刺繍(保昌山)、今尾景年、竹内栖鳳など近代の画家や染色家の作品もある。応挙の『蘇武牧羊図』『巨霊人虎図』を布に写した刺繍の技法が素晴らしかった。以前、奈良博で『糸のみほとけ』という展示があったけれど、仏画に限らず、日常・祭礼の名品も含めた刺繍の特集展をやってくれないものだろうか。

 関連展示で鈴木松年の『宇治川合戦図屏風』(浄妙山保存会所蔵)も見ることができた。あと、蟷螂山の「かまきり」(古いもの)が出ていたのも微笑ましかった。

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2020年6月関西旅行:瑠璃光院の青もみじと洛北の寺

2020-06-28 20:35:40 | 行ったもの(美術館・見仏)

光明寺京都本院 瑠璃光院(左京区上高野)

 先週末から県境をまたぐ移動の規制が解除になったので、さっそく京都・奈良に旅行してきた。3か月ぶりの外泊である。金曜の仕事終わりに東京を発ち、2泊してきた。下りの新幹線は驚くほど混んでいた。京都駅前のビジネスホテルに2泊して税込み10,000円で済んだのにも驚いた。

 さて土曜日は、朝から八瀬に向かった。瑠璃光院は、秋の紅葉、初夏の青もみじの名所として、最近、よく名前を聞くようになったお寺である。「インスタ映え」狙いのお客さんがどっと押し寄せているのだろうと思い、敬遠していたが、この時期ならまあまあ空いているかも、と思い、朝10時の開門時間にあわせて到着した。道路を挟んで山門の向かい側に入場待ちエリアができていて、5分くらい待って中に入った。

 緑に囲まれた石段を上がっていくと、瀟洒な書院の入口に出る。

 靴を脱いで書院にあがると、2階へ誘導される。ただし階段の中ほどから列ができて、渋滞していた。書院の2階の広い座敷に写経用の黒漆(たぶん)の机をびっしり並べて、あたかも大きな机のようにしつらえた一角がある。

 この写経机の天板に窓の外の青もみじが映り込むのだ。

 実は肉眼で見ていると、これほどはっきり分からないのだが、デジタルカメラを通すと、魔法のような光景が出現する。

 肉眼とデジタルの違いを初めて強く意識する体験で、興味深かった。青もみじ拝見のあとは、別室で写経体験。薄く印刷された文字をボールペンでなぞるだけの簡易写経だが面白かった。写真を撮っておこうとスマホを構えたら、私が使った写経机にも青もみじが映り込んでいた。

 書院1階にはご本尊だという阿弥陀如来像が安置されていたが、御朱印には「遊煩悩林現神通」とあり。ちょっと怪しげだと思ったが、調べたら親鸞聖人の正信偈にあるそうだ。wikiによると、この土地はもと実業家の別荘で、のち京福電鉄の所有となり、高級料理旅館として営業していた。それを、岐阜市に本坊を置く「浄土真宗無量寿山光明寺」が買収し、光明寺から寺宝を移して寺院に改めたそうだ。由緒ある建物が守られた上に、新たな名所となって叡山本線(京福電鉄)に貢献しているなら、よかったと思う。

 このあと、修学院で途中下車して、赤山禅院曼殊院詩仙堂を歩いてまわった。20年ぶり?もしかしたら30年ぶりくらいか? 私は、高校の修学旅行の自由行動で詩仙堂に来ていて、以来、洛北ののんびりした風情が好きだったのだが、久しぶりに歩いた。赤山禅院はあまり変わっていなくて嬉しかった。曼殊院は人が少なかったせいもあって、少し荒廃した感じがした。詩仙堂は馬郎婦観音という宋風の写実的な、ほぼ世俗の女性に近い観音像を「ご本尊」として祀っていた(拝観はできず)。むかしは無かったと思うんだけどなあ…記憶にない。ご朱印はむかしどおり「詩仙堂」だった。

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名作はいつまでも/アニメ「ガンバの冒険」45周年展(池袋マルイ)

2020-06-25 21:46:32 | 行ったもの(美術館・見仏)

池袋マルイ 7階イベントスペース 『アニメ「ガンバの冒険」45周年展~ねずみ年だよ!しっぽをたてろー!~』(2020年6月12日~7月5日)

 ぼんやりネットを眺めていたら、想像もしていなかった情報を見つけて驚いた。1975年(昭和50年)に放送されたアニメ作品『ガンバの冒険』の45周年記念展が(ねずみ年にあわせて?!)開催されているという。45年前、私はアニメ好きの中学生だった。アニメなら何でもいいというわけではなかったけれど、この作品にはドハマりした。詳しくは、同展公式サイトの説明に譲るが、原作は斎藤惇夫の『冒険者たち~ガンバと十五匹の仲間』(1972年刊)である。私はアニメとの出会いが先で、それから原作を読んだ。

 公式サイトいわく、「言わば名作児童文学作品だが、チーフディレクター出崎統によって、他社の名作路線とは一線を画する味わいの仕上がりになっている。/出崎監督は以後『家なき子』(77年)『宝島』(78年)と児童名作作品を続けざまに手掛けるが、3作品共通して描かれるのは少年の旅と成長であり、演出も硬派、スピーディ、スリリングなものだった。『ガンバ』はその第一作に位置する作品である」。

 この文章は、展示会場の冒頭のパネルにも掲示されていたが、読みながら、同志!と呼びかけたくなるような親近感と連帯感を感じた。私もかつて多感な十代を、出崎統(1943-2011、この作品での名義は「さき・まくら」)のアニメ作品に魅了され続けたのである。

 会場には、貴重なセル画、当時の設定資料など。美術の小林七郎(1932-)さん、大好きだったああ! 全26話のストーリー紹介に加え、ちょうど会場に最終回のビデオが流れていて、クライマックスの10分くらいを呆然と見入ってしまった。多数のマンガ家やクリエーターさんによるコラボイラストも展示されていた。青木俊直さんやさべあのまさん、中川いさみさんなど、私と同世代の方々が多くて、当時、同じ作品を見ていたのかなあと思うと、感慨深かった。

 会場には、もっと若い世代のお客さんの姿もあった。原作者の斎藤惇夫さんが、『冒険者たち』が親から子供へ50年近く読み継がれていること、それにはアニメの力も大きかったことを喜ばしく語っているパネルもあって嬉しかった。

 やっぱりアニメでも何でも、長く愛される作品はいい。そういう作品に、若いうちに出会えるのは幸せなことだと思う。

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戦後社会とともに/神田日勝 大地への筆触(東京ステーションギャラリー)

2020-06-24 00:06:51 | 行ったもの(美術館・見仏)

東京ステーションギャラリー 『神田日勝 大地への筆触』(2020年6月2日~6月28日)

 北海道・十勝で農業を続けながら画家として歩んだ神田日勝(1937-1970)の回顧展。4月半ばに始まるはずだったが、大幅に会期を短縮し、かつ完全予約制(氏名・電話番号登録制)で、ようやく始まった。

 昨年、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』に登場する山田天陽のモチーフとなったことで、広く知られるようになった画家だが、私はもう少し前、たまたまテレビをつけたら、NHKの日曜美術館が神田日勝の回だったことがあって、新聞を貼った壁に囲まれた『室内風景』に強烈な印象を受けたことを覚えている。ベニヤ板に黒い馬の半身が浮かび上がる『馬(絶筆・未完)』にも。気になるけれど気軽に好きと言えない、こちらの気力が弱っているときに見ると、闇に引きずり込まれるような作品だと感じていた。

 本展には、個人蔵のデッサン帳なども含め、84点を展示。ただし、神田日勝が影響を受けた別の画家の作品も混じっていて、少し戸惑った。それというのも、日勝の画風がけっこう変わるのである。いや変わると感じたのは、似た傾向の作品を集める構成になっていたせいかもしれない。同時並行で多様な作品を描いていたというほうが近いのかもしれない。

 最初に対面したのは、殺風景な塀や壁の前に丸太や錆びた空き缶が転がり、丸太と同じくらい頑丈そうな身体つきの男や女が佇む風景。太い首、大きな手と足、厚い唇。作者の肖像は、農夫というより労働者の顔をしている。苛酷だが、シンプルで力強い世界。

 噂どおり、馬の絵は多かった。日勝の描く馬は、首が短すぎて馬らしくないと思うのだが、道産子(北海道和種)の馬はこんな感じなのだろうか。それから、『死馬』などを見て驚いたのは、その緻密な毛並みの描写。『馬(絶筆・未完)』も小さなアイコンで見ていたときは気づかなったのだが、何重にも色を重ね、渦巻き流れる「黒毛」の複雑な色合いを表現しようとしている。牛の絵もあった。茶色い牛が腹を割かれた状態で横たわっていて、深紅の内蔵が垣間見えている作品には驚いた。血は一滴も流れておらず、凍り付いたように静謐な風景だった。

 それから、例の『室内風景』。この作品は北海道近代美術館にあるので、私は札幌にいたとき、見ていてもおかしくないのだが記憶はない(あまりコレクション展に興味がなかったので)。息のつまるような作品だと思う。ところが、そのあとにむちゃくちゃ晴れやかな、色彩の洪水のような作品が並ぶ。『画室』と題されたシリーズで、部屋の隅に乱雑に重ねられた絵具や絵筆、パレット、家財道具などを抽象化して描いたもの。え?別の画家?と思うような方向転換である。家財道具の中にテレビやラジオがあり、作者の服装も身ぎれいになる。1960年代後半、日本が急速に豊かになっていくとともに、貧しかった時代とは異なる、さまざまな問題が顕在化してゆく時代だ。

 新聞や商業ポスターのコラージュのような作品もあって面白かった。さらに『晴れた日の風景』など、ナマの色彩を塗り重ねて形をつくるようなアンフォルメル(非定形の抽象画)の技法も試みている。その同じ時期に、十勝の自然を題材にした写実的で詩情にあふれた風景画も描いていて、これもよい。

 まだまだ描きたいものがあったろうと思わせるのだが、日勝は32歳で病没する。絶筆『馬』の静けさ。そして『静物・家』など、ほかにも未完の作品があったことを初めて知った。日勝は1937(昭和12)年東京生まれで、東京大空襲に遭遇し、一家で北海道へ疎開したのだそうだ。私の母はもう少し年上だが、やはり東京大空襲を生き延びて現在に至る。日勝がいま健在であっても、少しもおかしくないのだなと思った。彼があと50年永らえていたら、どんな作品を残したか。想像は尽きないが、短い人生の中に、戦後日本の劇的な変化が濃縮されているような展覧会だった。

 十勝の神田日勝記念美術館にもぜひ行ってみたい。

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酒と食べものの時間/今夜もひとり居酒屋(池内紀)

2020-06-21 22:53:06 | 読んだもの(書籍)

〇池内紀『今夜もひとり居酒屋』(中公新書) 中央公論新社 2011.6

 丸善丸の内本店で在庫僅少本フェアをやっていたので、眺めていたら本書が目について買ってしまった。ドイツ文学者の池内紀氏が雑誌『中央公論』に連載していたエッセイをまとめたもの。2011年の刊行当時、中公新書にしては珍しい内容だなあと驚いた思い出がある。

 その頃の私は、たまに友人に連れられてチェーン店の居酒屋に行くくらいで、そうでない居酒屋は、もっぱらおじさんの居場所だと思っていた。だから本書をぱらぱらめくっても、何の興味も起きなかった。それが昨年あたりから、急に近所の居酒屋や立ち吞み屋に親しむようになったもので、本書の記述に思い当たるところが多くて面白かった。

 主人と客の程よい距離感。相客の愉しみ。常連のたしなみ。転勤の季節の入れ代わりなど。著者は居酒屋のお通しやお品書きや客のタイプを、好んでA, B, Cの3類型に分類して見せる。これは半ば冗談でやっているのだと思うが、ふふと微笑んで納得してしまうものもある。たとえば居酒屋のお通しには「安直型」「流用型(その日もメニューを小分けにして流用するもの)」「入念型」があるというもの。あの店のお通しはあれだな、と思い浮かべたりする。しかし安直型といっても、さすがに袋入りの海苔が出てくる居酒屋には行ったことがない。

 本書に登場する居酒屋は、小料理屋や大衆割烹など、かなり「食」に重きがある。その結果、「居酒屋はいたって酒に冷淡である」ことを著者は不満として挙げている。お酒の銘柄が一つきりだったり、特定の地方の酒に限られている居酒屋が少なくないというのだ。そうなのか? 2000年の初めくらいまで居酒屋ってそんなだったっけ? あるいは今も大勢はそうで、私がいろいろなお酒を飲めるお店を好んで選んでいるだけなのかしら?

 居酒屋が酒に冷淡なのは半ば以上メーカー(醸造元、販売者)の責任で、「キレ」「コク」「端麗」など微妙な味わいは競っても、自分たちの酒がどのような飲み手に合うのか、いかなる料理に合うのかをきちんと説明してこなかった怠慢にあると著者はいう。「酒の味わいをいうとき、つねに品評会的語彙にかぎられるのは、一国の酒に対して失礼なのではなかろうか」という一節は、厳格に言葉を扱う文学者ならではの苦言だと思う。たとえば、お客が中程度の上戸で二次会の帰り道ならこの銘柄、というのをピタリと勧めてくれるような、ワイン業界では当然のサービスの実現を、著者は「ひそかに夢見ている」とひかえめに言う。

 あと、ドイツ、イタリア、フランス、ロシアなど海外の旅先で居酒屋を見つける方法も面白かった。同じ人間という生き物であれば、居酒屋的シセツがあるのは当然のこと。ただしガイドブックなどには出ていないので、町の中央部、官庁や銀行の立ち並ぶあたりの夕暮れ時、勤め帰りの楽しそうな二、三人連れについていけばよい。ふつう旅行者のくる店ではないから「おや」という顔をされるが、常連さんの目ざわりにならぬよう片隅に腰を下ろせば、向こうも寛容の目で見てくれるという。こういう大人の振舞い方、大変よい。さらに「行きずりが楽しめる味はめったにない」という達観もよいと思った。

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東京都知事選挙2020

2020-06-20 23:32:52 | 日常生活

 私は東京生まれの東京育ちだが、就職してからは、仕事の都合であちこち住まいを移してきたので、久しぶりの都知事選挙である。前回、2016年7月の選挙は、同年4月に東京に転入してきたばかりで選挙権がなかった。その前、2014年2月は札幌市民だった。だから2012年12月以来、7年半ぶりの投票になる。

 宇都宮けんじ氏は、その2012年の都知事選にも立候補していたが、ほとんど印象がない。一度、演説を聞いてみようと思い、今日、16時から吉祥寺駅前の街宣を聞きに行った。選挙事務所の公式サイトでは、新型コロナウイルス感染症予防のため、街頭演説の場所を公表していないが、そこは調べれば分かるものだ。

 はじめに社会民主党の福島瑞穂氏、日本共産党の田村智子氏、立憲民主党の菅直人氏が応援演説をおこなった。当たり前だが、みんな話に中身があって、しかも巧い。政治家は義理で応援に立つこともあるのだろうけど、今回ばかりは本気であることがよく分かった。やっぱり、話題性とか訴求力でなく、本気でかつげる候補者が必要なんだと思った(前回の都知事選を思い起こしつつ)。

 宇都宮さんが、高い理想を掲げつつ、できることを一歩一歩進めようと考えていることはよく分かった。特にいいなと思ったのは、東京都の事業にかかわる業者は、最低賃金1500円以上、ジェンダー平等を実現している企業に限る、という方策。これ、全ての企業で最低賃金1500円を実現、と言い切ったほうが絶対に見栄えがいい。しかし空疎な公約を掲げて結果に知らん顔をするよりは、現実的な政策を持っている候補者を私は選びたい。

 同氏の功績とされるグレーゾーン金利の完全廃止には30年かかったそうだ。だから都知事選も、何度落選しても全然へこたれず、少しずつウィングが広がっていることを冷静に評価している。信念に基づく楽観主義者であるところもいいと思う。

 ふるさと東京を、そろそろまともな首長のもとに取り戻したい。

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深まる分断/白人ナショナリズム(渡辺靖)

2020-06-16 22:35:57 | 読んだもの(書籍)

〇渡辺靖『白人ナショナリズム:アメリカを揺るがす「文化的反動」』(中公新書) 中央公論新社 2020.5

 白人至上主義と自国第一主義が結びついた「白人ナショナリズム」のアメリカにおける動向を取材する。はじめに著者は、白人ナショナリスト団体の著名な指導者たちに会いにいく。全米最大規模の白人至上主義団体AmRen(アメリカン・ルネッサンス)を主宰するジャレド・テイラー、米国自由党代表のウィリアム・ジョンソン、KKK(クー・クラックス・クラン)系の有力団体の最高幹部をつとめたこともあるデヴィッド・デュークなど。本書の叙述から、彼らはみな知的で礼儀正しい印象を受ける。しかも非常に親日的だ。

 彼らは一様に「自分は人種差別主義者ではない」という。米国から他の人種を追い出せと主張しているのではない、しかし、白人が罪悪感を感じることなく生活できる空間、白人のエスノステートが我々には必要だと訴える。米国自由党は、米国は外来のイデオロギー(リベラリズム、社会主義、多人種主義、フェミニズムなど)から自由であるべきと説いている。なんだろう、この弱々しい被害者意識。

 彼らが理想とするのは1950年代の米社会で、そこから白人の相対的地位はずっと低下している。バラク・オバマの大統領就任、女性の社会進出、LGBTQへの寛容度の高まり。こうした変化は、白人であることへの「侵略」あるいは「虐殺」と考えられている。こうした不満の受け皿として、2015年頃から「オルトライト」と呼ばれる新しい団体が生まれ、オンラインを中心に活動を活発化している。

 本書には、SPLC(南部貧困法律センター)による白人ナショナリスト団体の分類が紹介されている。いわく、「反移民系」「反LGBTQ系」「反イスラム系」「クリスチャン・アイデンティティ系」「ヘイト全般系」「ヘイト音楽系」「ホロコースト否定系」「クー・クラックス・クラン系」「男性至上主義系」「新南部連合系」「ネオナチ系」「レイシスト・スキンヘッド系」「過激伝統カトリシズム系」「白人ナショナリスト系」。ひとことで白人ナショナリストと言っても、力点を置く活動はさまざまなのだなと思った。

 その中で「人種」に対する執着と、反ユダヤ主義の根強さは強く印象に残った。全体に知的な印象のある白人ナショナリスト指導者も、この点では頑迷である。著者によれば、科学的概念としての「人種」は淘汰されつつあり、人種は「構築」されたものと考える社会構築主義が主流になっているというが、白人ナショナリストたちは人種の優劣を「科学」だと信じている。また、上述のデュークの言説からは(黒人もアジア系もどうでもよく)彼が真の敵と見做しているのは、世界を牛耳るユダヤ人であることが感じられた。

 なお、彼らの主張がトランプ政権の米国第一主義と親和的であることはしばしば指摘されているが、白人ナショナリストは必ずしもトランプ政権を支持していないようである。政治思想の概念図「ノーラン・チャート」(135頁)による分析も面白かった。経済的自由と個人的自由をどちらも重視するリバタリアンは、本来ナショナリズムと相容れない(グローバリズムと親和的)が、白人ナショナリストへ転向していく者もいる。また、欧州の白人ナショナリズムとグローバルな連携が進んでいることも脅威である。

 一方、白人ナショナリズムから「改心」する者もいる。米国の大学や人権団体は「ライフ・アフター・ヘイト」など、暴力的過激主義からの離脱を支援する取組みを行っているが、トランプ政権下で、こうした活動への助成金が減らされているのは悲しい。

 著者は、現代アメリカはトライバリズム(政治的部族主義)の時代だという。人種や民族、宗教、ジェンダー、教育、所得、世代、地域など、各自が所属集団に閉じこもり、自らの部族を「被害者」と考えている。政治家は特定の部族の利益のみを主張する。そのほうが、広く団結を呼びかけるより効果的で、狭くても強固な支持を得られるからだと思う。日本もまたトライバリズムでよいのか。選挙の季節を前によく考えておきたい。

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写実と非現実/洋風画と泥絵(日本民藝館)

2020-06-14 23:25:49 | 行ったもの(美術館・見仏)

日本民藝館 特別展『洋風画と泥絵 異国文化から生れた「工芸的絵画」』(2020年6月9日~9月6日)

 本来、3月末から始まるはずだったこの特別展、中止になったら勿体ないなあ、とヤキモキしていたら、なんとか会期を変更して開催してくれることになった。うれしい。小雨の中、さっそく出かけたら、大玄関の前に仕切りが立てられ、左が「入口」、右が「出口」に分けられていた。人の流れが交錯しないようにするためで、近所のスーパーみたいだなあ、と傘を畳みながら感心していたら、いきなり「受付はこちらです」と声がした。驚いて横の壁を見ると、人の顔も見えないような小さな四角い穴が開いている。

 いや、こんな穴、あったっけ?(3月までは中に入ってから入館券を買った)と驚いていたら「開館当時はここが受付だったそうです」と中の人が教えてくれた。料金を払うと「感染予防のため、入館券はお渡ししません」とのこと。そのかわり、ビニールの靴カバーを渡され「これを履いてお上がりください」と指示された。はじめは戸惑ったが、すぐに気にならなくなった。脱げやすいスリッパで階段を上り下りするより楽かもしれない。あと、トイレのスリッパが靴カバーのまま履けるタイプ(初めて見た!)になっていたのも面白かった。

 とりあえず2階の大展示室に直行。江戸後期の洋風画、ガラス絵、泥絵、長崎版画、あわせて和時計やガラスの器、陶磁器、金唐革、うんすんカルタなど、異国趣味の工芸品を展示する。まず冒頭にあった長崎版画の絵図『肥州長崎図』に見入る。ヨーロッパ中世の写本のような茶ばんだ紙に濃茶の着色(黄藍の合色とのこと)。福済寺、聖福寺の文字を見つけ、唐人屋敷の一角を確認して嬉しくなる。長崎、また行きたいなあ。

 長崎港図をはじめ、西洋の帆船を描いたもの多数。異国の風景を描いた絵画が、独特の非現実感をまとっているのに比べると、帆船図には一定のリアリティがある。実際に見ていることもあるのだろうが、中学生男子が、オートバイとか戦車などの「メカ」をカッコよく描こうとする熱意に似たものを感じる。人物画は、西洋人が西洋人を描く手法を見事にトレースしたものもあるが、西洋画の手法と日本の人物画(浮世絵など)の手法がせめぎあっている作品もあって面白かった。

 泥絵とは、顔料に胡粉を混ぜ、直接筆を用いて不透明な色調で描かれたもの。この言葉を覚えたのは、日本民藝館の展覧会だったと思う。たぶん、2009年の特別展『日本の民画-大津絵と泥絵-』だ。六曲屏風『江戸湾御固メ図』もこのとき見ている。泥絵は、陰鬱なブルー系の色彩が印象的で、透視図法(もどき?)を使って極端に視界の広い風景を、少ない色数、省略の多い筆で描いたものが多く、非現実に漂うような魅力がある。『泥絵名所図』は江戸と日本各地の名所を描いたもので44面もあるのだな。10面しか展示されていなかったけど、これ複製があれば全部ほしい。

 2階の回廊と1室も特別展関連で、西洋人の男女を描いた『蘭船蘭人風俗図屏風』(かなりしっかりしたデッサン)、伝・川原慶賀筆『異国人群像図』(何かの模写だろう)、細身の白犬と黒犬を描いた『洋狗図』などが展示されていた。また、中国・清代(19世紀前半)に制作されたガラス絵『広東夷館(広東十二行)』(かわいい~)や、朝鮮の花鳥文ガラス絵行灯と、奥行きを表現した『冊架文房図屏風』もあって、日本だけでなく、東アジア各国が、同時並行で異国文化を取り入れようとしていたことを感じた。

 このほか日本と中国の焼物、1階は棟方志功の特集展示だった。ともかく早々に開館体制を整えていただき、ありがとうございました。特別展は図録あり。

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2020門前仲町ランチとテイクアウト(続々)

2020-06-13 23:51:08 | 食べたもの(銘菓・名産)

 6月に入って、すでに多くのお店が通常営業モードに復帰しつつある。私も先週は2日、今週は3日出勤するようになって、ご近所ランチの回数が減ってきたのが、ちょっとさびしい。

RAKU CAFE門前仲町:先月(仮)オープンしたコワーキングカフェ。入館料を払うと滞在時間無制限で、マンガ読み放題、wifiや電源も使える。アリゴソースのキーマカレー、美味しかったので、またテイクアウトメニューに出してくれないかな。

凪〇(なぎまる):立ち飲み屋さん。門前仲町は立ち飲み屋の激戦区で、ここはまだ飲みに入ったことはないお店だが、ランチの海鮮丼を買ってみたら美味しかった。京樽の系列店らしい。

マリナーラ(Italian cafe marinara):永代通りに面した小さな木造家屋のお店は、最近まで「日本再生酒場」の看板がかかっていたのだが、イタリアンに代わった。300メートルくらい北の住宅街にあったお店が移転してきたらしい。具だくさんMIXピッツァ、Sサイズなら1人分。

トラットリア・リブロ(Trattoria Libro):よく行くコンビニの通り道にあって気になっていたお店。テイクアウトもやっていたが、空いていたので中に入って食べた。シンプルだけど満足できるよいパスタ。次は夜にコースを食べに来てみたい。

近為(きんため):京都のお漬物屋さん「近為」を友人に教えてもらったのは、もう20年くらい前だと思う。その「近為」の支店が深川不動尊の参道「人情深川ご利益通り」にあって、何度かお魚の粕漬を買ったことがあった。今回は、そろそろステイホーム期間も開けるので、張り込んで平日ランチに「深川あさりのだし茶漬」を食べに行った。旨し。おじいちゃんに連れられてきた小学生くらいの女の子が、山盛りの漬物を美味しそうに食べていて、下町らしかった。

余話)近所のセブンイレブンで、期間限定メニュー台湾風豚角煮丼(ルーロー飯)をGET。このまま定番メニュー化してくれるといいなあ。

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