見もの・読みもの日記

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ファンファーレは永遠に/2017大河ドラマ『おんな城主直虎』

2018-01-16 21:05:03 | 見たもの(Webサイト・TV)
〇NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』全50回

 2018年の大河ドラマが始まって2週目になるが、2017年の『おんな城主直虎』について書いておきたい。私は、ほぼ全話をリアルタイム視聴で完走し、12月30日に放映された4部構成の総集編も見た。江戸東京博物館の特別展も見たし、ゆかりの地を訪ね、気賀の大河ドラマ館も見てきた。ここまで積極的に「参加」した作品は初めてだと思う。本当に幸せな1年間だった。

 始まる前はものすごく不安だった。井伊直虎という名前は聞いたこともなかったし、井伊氏といえば彦根しか思いつかなくて、舞台が遠州(静岡県)の井伊谷(いいのや)と言われても、どこ?という感じだった。脚本の森下佳子さんは『JIN-仁-』や『ごちそうさん』などの名作を世に送り出しており、特に史実の掘り出し方と料理のしかたが絶妙なので、いつか大河を書いてほしいと思っていたが、この題材で起用されたのは不運としか言いようがなかった。あと、私の見るドラマが偏っているせいもあって、主演の柴咲コウさんを全く知らなかったので、どうにも期待の持ちようがなかった。放送直前、SNSでいつも大河ドラマの批評をつぶやいている方が、序盤のノベライズを読んで「これは2年連続の良作になるかも」とつぶやいているのを見たときは、お?と少し心が躍ったが、明るい要素はそのくらいしかなかった。

 本作は主要人物の子供時代が異例に長く、第4回まで続いた。初回にいきなり井伊直満(直親の父)の謀殺があり、迫りくる暗雲はじわじわ描かれていたけれど、子役時代は全体にのんびりした展開で、それほどハマる予感はなかった。面白くなってきたのは、主要人物が本役になった第7回「検地がやってきた」あたりだと思う。むかし社会科で「太閤検地」は習ったけど、戦国時代の検地がどのように行われていたか、考えたこともなかった。このあと城主になった直虎は、膨大な行政文書に目を通し、借金まみれの財政状態に愕然としながら、商人と手を組み、新たな産業を興し、農民を集め、国を豊かにしていく。私は「国衆」(土地とのつながりが強い領主)という言葉を、昨年の『真田丸』で知った程度の日本史の知識しかないが、戦国時代の領主や大名が、戦いだけに明け暮れていたわけではなく、領国の経営に手腕をふるい、苦心していた様子が分かって、とても面白かった。

 登場人物のうち、井伊家にかかわる人々は、ほとんど知らなかったが、知名度の低さ、史料の少なさを逆手に取ったような人物造型・ストーリー展開は秀逸で、その真骨頂は、奸臣といわれる小野正次を、密かに井伊家を支える孤独な忠臣に反転させたことだろう。もっとも、龍雲丸(柳楽優弥)は「あのひとのいう井伊ってのは、あんた(直虎)のことなんだよ!」と叫んでいたけど。これは本作中の私の好きなセリフのひとつ。政次役の高橋一生さんは、かつての大河ドラマ『風林火山』で覚えた役者さんなので感慨深かった。

 第33回「嫌われ政次の一生」は、政次の本心を知りつくした直虎が、小野と井伊が敵対するという芝居を完結させるため、政次を「地獄へ落ちろ」と槍で突き殺すという激辛展開で、視聴者をへたりこませた。史料に残された「史実」を裏切らず、踏みにじらず、しかし通説とは全く違う「解釈」を提示したわけで、大河ドラマでここまで大胆なことをやった例はないのではないかと思う。しかし、考えてみると、悪役が「実は」と忠義の人に反転するのは、日本演劇の伝統そのものではないか。死を目前にして「しばらく、しばらく」と真実を述べる「もどり」は、歌舞伎や文楽でおなじみの構図である。第31回「虎松の首」では、虎松の身代わりに、名もない幼な子の首が差し出される。これも日本演劇の伝統が感じられて面白かった。

 人気沸騰した小野政次=高橋一生の退場以降、ファンが離れるのではないかと言われたが、この頃、多くの視聴者はすでに「直虎ワールド」の虜になっていたと思う。ドラマの終盤になっても、次々に魅力的なキャラクターが投入された。直親の遺児・虎松あらため万千代(のちの井伊直政)の菅田将暉くんと、相棒・小野万福の井之脇海くんも可愛かったし、阿部サダヲの徳川家康とその家臣団も大好きだった。このドラマには、不思議なことに徹底した悪役がいなくて、政次を死に追いやった近藤康用、虎松の首を所望した今川氏真でさえ、いつの間にか愛されるようになっていた。悪女といわれることの多い築山殿(瀬名)(菜々緒)の描き方もよかったなあ。

 第49回「本能寺が変」の伊賀越えは私の好きな爆笑回で、徳川家臣団の当意即妙、以心伝心の猿芝居に悶絶した。猿芝居を猿芝居として演じる役者さんたちが、最高に巧いのである。ドラマの前半にも、井伊に人手を集めるため、直虎一行が街道の茶屋で芝居をうつ場面があったし、脚本の森下さんは、ほんとに芝居好きなんだなあと思った。ドラマの中にいくつもの虚構、楽しい虚構や悲劇的な虚構が入れ子状に仕掛けられていて、知的で洒落た脚本だったと思う。大河ドラマには、まだいろいろな可能性があることを感じた作品だった。出演者と制作者のみなさん、本当にありがとう。テーマ曲冒頭のファンファーレが、まだ耳の奥で鳴り響いているような気がする。

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