見もの・読みもの日記

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李(すもも)が倒れるとき/中華ドラマ『風起隴西』

2022-05-17 21:18:32 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『風起隴西』全24集(新麗伝媒、愛奇藝等、2022年)

 三国時代の諜報戦を描くドラマ。間違いなく後世に残る傑作だと思うのだが、登場人物の正邪が二転三転するスリルが醍醐味なので、ネタバレ抜きに紹介するのがとても難しい。

 物語の主たる舞台は蜀の国で、西暦228年の街亭の戦いに始まり、231年、李厳の失脚までを描く。隴西(甘粛省東南部)は、魏と蜀の勢力圏がぶつかる最前線だった。蜀の丞相・諸葛孔明を補佐する楊儀は、「司聞曹」という諜報機関を創設し、統括人に馮膺をあてた。司聞曹には、司聞司(敵国での諜報活動)・軍謀司(情報分析)・靖安司(国内の治安維持)の三部門が置かれており、主人公の陳恭は司聞司に属していた。

 街亭の戦いで蜀軍は魏軍に大敗を喫し、第一次北伐は失敗に終わった。孔明は責任を取って降格を願い出、蜀の宮廷では、孔明のライバルである李厳が存在感を増した。ところが、街亭の戦いの敗因は、魏軍の進軍ルートが誤って伝えられたためと判明する。この誤情報をもたらしたのは、コードネーム「白帝」として、魏の天水郡に潜入中の陳恭だった。司聞曹では、陳恭がわざと誤情報を流したのではないかという疑惑がささやかれる。

 馮膺は、陳恭の義兄弟である荀詡を派遣し、もし裏切りが事実なら陳恭を殺すように命じる。陳恭は、正しい情報を送ったにもかかわらず、どこかですりかえられたと主張する。「燭龍」と呼ばれる魏のスパイが、すでに司聞曹の内部に入り込んでいるものと思われた。陳恭と荀詡は、燭龍の正体を突き止めるため、行動を開始する。

 陳恭は、魏国と結託している武装宗教集団・五仙道に潜入する。祭主・黄預の側近く仕える聖姑は、早くから五仙道に潜入していた陳恭の妻・翟悦だった。人目を忍ぶ再会も束の間、翟悦は正体を気づかれ、黄預に殺されてしまう。一方、蜀国では、勢いづく李厳が、司聞曹から孔明の息のかかった人々を追い出そうと画策していた。馮膺は李厳に忠誠を誓って司聞曹に留まる。

 五仙道は蜀軍の新兵器・連弩の設計図の奪取を計画しており、陳恭はこれを指揮するフリをして、「燭龍」をおびき出すことに成功する。この件で、ひそかに陳恭と共謀した荀詡は、司聞曹で拷問を受け、瀕死の重傷を負うが、口を割ることはなかった。やがて陳恭の帰還により、二人は名誉を回復する。しかし、ここまでの全ては、魏国の諜報機関「間軍司」を統括する郭淮の計画の内で、このとき、より深く司聞曹の中枢に食い込んだ、新たな「燭龍」が誕生していたのである。

 以下、詳細は避けるが、諜報機関は、あらゆる手を尽くして敵国の諜報員の「内通」を誘う。老練な諜報員は「内通者」を演じることで、かえって敵国の機密情報を得て、祖国に貢献しようとするのだ。どこまでが真実の姿かは、本人にしか分からない。信じる大義のために、裏切者という罵声を浴び、末代までの不名誉を甘受しても、黙って刑場に赴く覚悟を決めている。本作には、そのようなクールな諜報員たちが描かれる。

 一方、そうでない者もいる。荀詡は、信義を重んじる、まっすぐな気性の持ち主。そのため、駆け引きに長けた陳恭への疑惑を深め、次第に両者は対立の溝に落ち込んでいく。陳恭は、智謀にも武術にも優れたスーパー諜報員として登場するが、最愛の妻を失って以降、自分が誰かの棋盤のコマに過ぎないことを悟り、コマであることを積極的に受け入れた上司・先輩たちにも心から同調はできず、死に場所を求めるような、遠い目を見せるようになる。陳恭を演じた陳坤は、実年齢は40代半ばだというが、この青年らしい繊細さ、瑞々しさがとてもよかった。誠実で、融通の利かない荀詡を演じた白宇も役柄に合っていた。

 演員は、馮膺(聶遠)、黄預(張曉晨)、郭淮(郭京飛)、いずれも代表作になるレベル。郭淮の甥の郭剛(董子健)は、苦い失敗を通して諜報戦の怖さを学んでいく。諸葛孔明(李光潔)は純粋さを失わずに大人になった稀有なタイプで、楊儀(俞灝明)が李厳を失脚させたことを全く喜ばず、逆に叱責する。

 本作は、視聴率的には成功しなかったようだが、重厚で複雑な物語を親しみやすいものにするため、いろいろ苦心の跡が見えた。馮膺の義理の弟・孫令という、原作には登場しないキャラを追加し(演じた常遠は伝統芸能・相声の演員でもある)、各回の最後に講談ふうに内容のまとめをさせたのも、その一つ。むかしの日本の大河ドラマを真似たのだろうか。なお、断片的な情報だが。このほかにも原作をかなり改編し、成功しているドラマである。

 各回のタイトルが「兵法三十六計」から取られているのも面白かった。最終回の「李代桃僵」は、調べたら、桃(もも=価値が高い果実)の木を守るために、李(すもも=価値が低い果実)の木が倒れるという意味だと知って、粛然とした。中国人のリアリストであることよ。


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