20年に及ぶブログ活動の集大成 → ★仏様の指
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■国内外に拡散宜しく『安倍晋三ファン必見10連発動画』
■超拡散記事『上限の無い特定技能外国人(移民)に認めるバス運転手・鉄道運転手に貴方の命を預けられますか!』
■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
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結論は「満洲国承認以外はすべて日本の権益を認める」です。満洲国さえ否定して形式上中華民国の主権だけは残してくれれば、あとは日本がすべて好きにしていい、という内容です。
◆リットン・レポートは実は日本の勝利
『学校では教えられない満洲事変』https://tinyurl.com/yd3h49zj
( 倉山満、ベストセラーズ、2018年04月、p248 )
10月1日、リットン調査団が報告書を出しました。いわゆる、リットン・レポート(リットン報告書)です。外務省は翌日、公表しています。
結論は「満洲国承認以外はすべて日本の権益を認める」です。報告書は、「日本の行動は自衛とは言い難い」とは言っていますが。「侵略である」とも一言も言っていません。さらには、「自衛とは言えないけれども、1931年の9月18日以前の状態に原状復帰するのは好ましくない」と言い切っています。国際連盟は、後にイタリアのエチオピア侵攻やソ連がフィンランドに侵攻した冬戦争は「侵略(Aggression)」と認定しました。しかし、満洲事変の日本は侵略国ではありません。
ちなみに、Aggressionの正確な訳語は「侵攻」で「侵略」は誤訳ですが、話がややこしくなるので歴史用語として「侵略」を使います。
さらに、興味深いのは、報告書は「中華民国は党が国家の上にある」と表現しています。どういうことかというと、「中華民国はファシズム国家である」と言っているのです。ファシズムの定義は、「一国一党」「国家の上に党が存在する状態」です。当時で言えば、イタリアのファシスタ党やソ連共産党、そしてやがて台頭してくるドイツのナチスがファシズム体制です。リットンは、「中華民国がまともな国ではないから、日本を杓子定規に批判してはならない」と戒めているのです。ここのところから言う研究者はあまりいません。それはそうでしょう。戦後に日本の学界は、丸山眞男以来、ファシズムの定義から逃げ回って誤魔化してきました。ソ連や中国がファシズムだと言いたくないからです。
満洲国さえ否定して形式上中華民国の主権だけは残してくれれば、あとは日本がすべて好きにしていい、という内容です。
これには蒋介石の方が絶望したほどですが、いかんせん小国の悲しさ、涙を呑んで受諾する悲壮な決意をしているほどです。蒋介石は10月9日の日記に、「リットンの主張していることは、日本にたいして気がねしすぎたものである。しかし報告書の前8章の部分では、日本に責任があることを明らかにしており、一応公平といえる。私〔蒋介石〕はこれにたいして、修正を求めるか、あるいは一部の受け入れを保留するかにしても、受け入れを拒絶する必要はないと思う。われわれ弱国にとって外交はむずかしい。外交を通じて自主自強の道をはかろうとするなら、これ以外に道はないのである。私は、鄭の子産が、むかし、外交折衝でどんなに苦心したか、いまになってわかるような気がする」と書き残しています。この部分は、蒋介石の言論や日記を編纂した『蒋介石秘録』(サンケイ出版、1985年)によります。
さて、我が国の反応はどうだったか。
激昂しました。
新聞は、微に入り細を穿ちリットン・レポートの気に入らない部分を取り上げ徹底的に罵倒し、煽られた民衆が激昂するという悪循環です。この頃の朝日新聞など読んでいると、どこの街宣右翼かネトウヨかと思います。
申し訳ないですが、頼むからコミンテルンでも誰でも外国のスパイの工作であってくれと願いたくなりますが、日本人自身が冷静さを欠いた結果です。日本人が正気を保ち、日本が正論の通る社会であれば、コミンテルンだのスパイだのは付け入る隙が無いのですから、残念ながら、「万能な外国のスパイに操られた」という話ではないのです。
当時どころか、現代でも、一部の良識的な研究者を除けば、「リットン調査団は反日的に動き、リットン・レポートは日本叩きを目的としていた」と言われているようです。
高等学校の標準的な教科書では、リットン・レポートは次のように解説されています。
リットン報告書は、日本の軍事行動は合法的な自衛措置ではなく、
満州国は自発的な民族独立運動によってつくられたものではないと
しながらも、一方で日本の経済的権益に中国側が配慮すべきである
とする妥協的なものであった。
『詳説日本史改訂版』(山川出版社、2017年)
リットン調査団はその報告書で、満州事変は日本の侵略行為である
とは明記しなかったが、日本の自衛権の発動とは認めず、中国人の
自発的な独立運動によるものでもないとした。
『高等学校日本史A新訂版』(清水書院、2017年)
そこだけ、とりあげられても……。
私の師匠である歴史学者の島海靖東京大学名誉教授が、大学3年のゼミ生にリットン・レポートを読ませて、本当はどう書いてある? と教えられていたのを思い出します。
ベルリン会議は満州事変の50年前の出来事です。我々で言えば、第3次中東戦争、ベトナム戦争などです。まさか、大臣を務めるような外交官が知らないわけがないだろう、意味がわかるだろうと認識しているのです。リットンは、報告書に自信を持っていたようです。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■国内外に拡散宜しく『安倍晋三ファン必見10連発動画』
■超拡散記事『上限の無い特定技能外国人(移民)に認めるバス運転手・鉄道運転手に貴方の命を預けられますか!』
■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
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結論は「満洲国承認以外はすべて日本の権益を認める」です。満洲国さえ否定して形式上中華民国の主権だけは残してくれれば、あとは日本がすべて好きにしていい、という内容です。
◆リットン・レポートは実は日本の勝利
『学校では教えられない満洲事変』https://tinyurl.com/yd3h49zj
( 倉山満、ベストセラーズ、2018年04月、p248 )
10月1日、リットン調査団が報告書を出しました。いわゆる、リットン・レポート(リットン報告書)です。外務省は翌日、公表しています。
結論は「満洲国承認以外はすべて日本の権益を認める」です。報告書は、「日本の行動は自衛とは言い難い」とは言っていますが。「侵略である」とも一言も言っていません。さらには、「自衛とは言えないけれども、1931年の9月18日以前の状態に原状復帰するのは好ましくない」と言い切っています。国際連盟は、後にイタリアのエチオピア侵攻やソ連がフィンランドに侵攻した冬戦争は「侵略(Aggression)」と認定しました。しかし、満洲事変の日本は侵略国ではありません。
ちなみに、Aggressionの正確な訳語は「侵攻」で「侵略」は誤訳ですが、話がややこしくなるので歴史用語として「侵略」を使います。
さらに、興味深いのは、報告書は「中華民国は党が国家の上にある」と表現しています。どういうことかというと、「中華民国はファシズム国家である」と言っているのです。ファシズムの定義は、「一国一党」「国家の上に党が存在する状態」です。当時で言えば、イタリアのファシスタ党やソ連共産党、そしてやがて台頭してくるドイツのナチスがファシズム体制です。リットンは、「中華民国がまともな国ではないから、日本を杓子定規に批判してはならない」と戒めているのです。ここのところから言う研究者はあまりいません。それはそうでしょう。戦後に日本の学界は、丸山眞男以来、ファシズムの定義から逃げ回って誤魔化してきました。ソ連や中国がファシズムだと言いたくないからです。
満洲国さえ否定して形式上中華民国の主権だけは残してくれれば、あとは日本がすべて好きにしていい、という内容です。
これには蒋介石の方が絶望したほどですが、いかんせん小国の悲しさ、涙を呑んで受諾する悲壮な決意をしているほどです。蒋介石は10月9日の日記に、「リットンの主張していることは、日本にたいして気がねしすぎたものである。しかし報告書の前8章の部分では、日本に責任があることを明らかにしており、一応公平といえる。私〔蒋介石〕はこれにたいして、修正を求めるか、あるいは一部の受け入れを保留するかにしても、受け入れを拒絶する必要はないと思う。われわれ弱国にとって外交はむずかしい。外交を通じて自主自強の道をはかろうとするなら、これ以外に道はないのである。私は、鄭の子産が、むかし、外交折衝でどんなに苦心したか、いまになってわかるような気がする」と書き残しています。この部分は、蒋介石の言論や日記を編纂した『蒋介石秘録』(サンケイ出版、1985年)によります。
さて、我が国の反応はどうだったか。
激昂しました。
新聞は、微に入り細を穿ちリットン・レポートの気に入らない部分を取り上げ徹底的に罵倒し、煽られた民衆が激昂するという悪循環です。この頃の朝日新聞など読んでいると、どこの街宣右翼かネトウヨかと思います。
申し訳ないですが、頼むからコミンテルンでも誰でも外国のスパイの工作であってくれと願いたくなりますが、日本人自身が冷静さを欠いた結果です。日本人が正気を保ち、日本が正論の通る社会であれば、コミンテルンだのスパイだのは付け入る隙が無いのですから、残念ながら、「万能な外国のスパイに操られた」という話ではないのです。
当時どころか、現代でも、一部の良識的な研究者を除けば、「リットン調査団は反日的に動き、リットン・レポートは日本叩きを目的としていた」と言われているようです。
高等学校の標準的な教科書では、リットン・レポートは次のように解説されています。
リットン報告書は、日本の軍事行動は合法的な自衛措置ではなく、
満州国は自発的な民族独立運動によってつくられたものではないと
しながらも、一方で日本の経済的権益に中国側が配慮すべきである
とする妥協的なものであった。
『詳説日本史改訂版』(山川出版社、2017年)
リットン調査団はその報告書で、満州事変は日本の侵略行為である
とは明記しなかったが、日本の自衛権の発動とは認めず、中国人の
自発的な独立運動によるものでもないとした。
『高等学校日本史A新訂版』(清水書院、2017年)
そこだけ、とりあげられても……。
私の師匠である歴史学者の島海靖東京大学名誉教授が、大学3年のゼミ生にリットン・レポートを読ませて、本当はどう書いてある? と教えられていたのを思い出します。
ベルリン会議は満州事変の50年前の出来事です。我々で言えば、第3次中東戦争、ベトナム戦争などです。まさか、大臣を務めるような外交官が知らないわけがないだろう、意味がわかるだろうと認識しているのです。リットンは、報告書に自信を持っていたようです。