訪朝5日目 その4。
最後の夜。
お別れ会でレストランへ。
車にて移動中、平壌市民が大勢歩いていたので、あれは何か聞くと、よど号グループ若林さん曰く「マスゲーム練習の参加者だ」とのことでした。
到着。
確か「ヘマジ食堂」と聞きました。
席に着くと、小西隆裕さんから一言。主に「赤軍40年」を経て出会った元連合赤軍兵士・植垣康博さんのこと、椎野礼人(今年『拉致疑惑」と帰国 ---ハイジャックから祖国へ』を編集、出版)さんのこと。
そしてわたしのことも。
「インタビューやらしてもらったんやけども…ああ、この人にね、僕らの気持ちが映像化されるっていうかね、それをこれから託していけるんちゃうかな、と」
というありがたい言葉をいただく。
「これらの出会いが、新しい出発になった。そうした感謝の気持ちを強く持ちました」
と。
そっからはもう飲めや歌え。ステージには女性も出てきて歌や演奏、われわれもカラオケを。
最後は全員が肩を組んでの『インターナショナル』。
“起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し……”
こうして、最後の宴は終りました。
よど号事務所への帰り、夜景を見せてもらいました。
その後、事務所に戻ってもまだまだ飲む。主に植垣さんが。
この日、最後ということでかなり遅くまで飲んでいたような気がします。
植垣さんも珍しく、デロンデロンに酔っ払っておりました。
やっぱり、同志なんだろうなー、と。会えたことの嬉しさと、最後の夜という寂しさもあるのかな、と思いました。
翌日。
午前10時半ごろの飛行機で平壌を発つため、朝からよど号グループ皆さんで車にて平壌国際空港まで送っていただく。
イミグレーション前でメンバーの方々と握手。
小西さん「会えてよかった」と。
わたし達はこうして帰ることができる。
しかし、彼らはいろいろな事情で帰ることができない。
こんなに近いのに、北京を経由するとはいえ我々には簡単なことなのに。
そう思うとなんか少し、悲しくなってしまいました。
でも、まあまた来ます。
北朝鮮 よど号グループ取材記・終
前回まではこちら
【北朝鮮 よど号グループ取材記・1 北京】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・2 平壌へ よど号グループとの初対面】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・3 よど号グループ帰国問題談話・平壌観光】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・4 人民大学習堂/万寿台の丘】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・5 主体思想塔と平壌の遊園地】
北朝鮮 よど号グループ取材記・番外編 北朝鮮のハンバーガー
【北朝鮮 よど号グループ取材記・6 祖国解放戦争勝利記念館】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・7 大同江果樹農場】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・8 『赤軍という現象の歴史的再定義』】
北朝鮮 よど号グループ取材記・番外編 「犬食った。」
【北朝鮮 よど号グループ取材記・9 『北朝鮮という国』】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・10 『田宮高麿』】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・11 平壌の学校】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・12 平壌の地下鉄】
最後の夜。
お別れ会でレストランへ。
車にて移動中、平壌市民が大勢歩いていたので、あれは何か聞くと、よど号グループ若林さん曰く「マスゲーム練習の参加者だ」とのことでした。
到着。
確か「ヘマジ食堂」と聞きました。
席に着くと、小西隆裕さんから一言。主に「赤軍40年」を経て出会った元連合赤軍兵士・植垣康博さんのこと、椎野礼人(今年『拉致疑惑」と帰国 ---ハイジャックから祖国へ』を編集、出版)さんのこと。
そしてわたしのことも。
「インタビューやらしてもらったんやけども…ああ、この人にね、僕らの気持ちが映像化されるっていうかね、それをこれから託していけるんちゃうかな、と」
というありがたい言葉をいただく。
「これらの出会いが、新しい出発になった。そうした感謝の気持ちを強く持ちました」
と。
そっからはもう飲めや歌え。ステージには女性も出てきて歌や演奏、われわれもカラオケを。
最後は全員が肩を組んでの『インターナショナル』。
“起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し……”
こうして、最後の宴は終りました。
よど号事務所への帰り、夜景を見せてもらいました。
その後、事務所に戻ってもまだまだ飲む。主に植垣さんが。
この日、最後ということでかなり遅くまで飲んでいたような気がします。
植垣さんも珍しく、デロンデロンに酔っ払っておりました。
やっぱり、同志なんだろうなー、と。会えたことの嬉しさと、最後の夜という寂しさもあるのかな、と思いました。
翌日。
午前10時半ごろの飛行機で平壌を発つため、朝からよど号グループ皆さんで車にて平壌国際空港まで送っていただく。
イミグレーション前でメンバーの方々と握手。
小西さん「会えてよかった」と。
わたし達はこうして帰ることができる。
しかし、彼らはいろいろな事情で帰ることができない。
こんなに近いのに、北京を経由するとはいえ我々には簡単なことなのに。
そう思うとなんか少し、悲しくなってしまいました。
でも、まあまた来ます。
北朝鮮 よど号グループ取材記・終
前回まではこちら
【北朝鮮 よど号グループ取材記・1 北京】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・2 平壌へ よど号グループとの初対面】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・3 よど号グループ帰国問題談話・平壌観光】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・4 人民大学習堂/万寿台の丘】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・5 主体思想塔と平壌の遊園地】
北朝鮮 よど号グループ取材記・番外編 北朝鮮のハンバーガー
【北朝鮮 よど号グループ取材記・6 祖国解放戦争勝利記念館】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・7 大同江果樹農場】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・8 『赤軍という現象の歴史的再定義』】
北朝鮮 よど号グループ取材記・番外編 「犬食った。」
【北朝鮮 よど号グループ取材記・9 『北朝鮮という国』】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・10 『田宮高麿』】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・11 平壌の学校】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・12 平壌の地下鉄】
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