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健康寿命があと4年

健康は既にほぼ消滅したし、あちこちで不具合があります。

お墓

2025-04-11 05:32:23 | エッセイ
そろそろ終活をすべきか?
そう感じた。
荷物を整理しなければと感じた。
自分が集めてきた荷物を断捨離する行為。
簡潔に言えば捨てることだろう。
しかし大事に集めてきたモノを捨てる行為。
今までの自分の記憶や歴史を消す行為。
まぁまだ生きてるし。
死んだらその歴史も記憶も消す。
なんと寂しいことか。

そもそもお墓とはそういった記憶やモノや歴史を石の中に入れ込んで身体と一緒にまとめたモノ。
そう感じる。
一つの石。
そこに歴史、遺志、モノ、記憶、全て一つにまとめる。
なかなか物理的には無理だけれど、そもそも風化する人の記憶は止めることは人間には誰もできないこと。
そのうち地球すら消えて宇宙の地理と化すだろう。
しかし、人がいる間は、誰かの脳裏に生前の記憶があるうちは狭いけれど何かに閉じ込めておこうという意味がお墓なんだろう。

生きてるうちの終活は、それをし易い様に、と自分でやる行為。
しかし、生きてるうちはもっと自分の生き様を求めるのが良い気がする。
生きてるんだから。
死んだ後はどうにでもなろう。
のたれ死んでも ただ風化するだけだし。
ハゲタカが身体を突いて啄んでくれるんではないか?
ピラミッドの王家の墓すら盗賊が暴いて宝物を持って行った。

終活するなら死んだも同然ということか?
そりゃあ出家という言葉に似てる。

現代社会に於いて定年という言葉はそういう意味が少しあるのではないか?
そもそも決まった年齢で仕事を辞めろという行為。
今は人手不足だろうが。
そもそも定年とは何故に作ったか?
老人が今よりも早くきた時代。
55歳で身体はおじいちゃん。
磯野波平さんだな。
今の70歳以上の人が55歳の波平さんに重なる。
つまり55歳で70歳の暮らし。
しかしなぁ。
今は70歳でも仕事をしてる。

従って定年の実態は脳や肉体の老化であまり効率的な仕事ができなくなった老人を捨てて、しっかりと動く若者を雇用したいという企業の意志だろう。
ところが今の若者は甘やかして育てたから最初からずっと使い物にならない。
今の若者というよりも、多くの裕福な家庭の子供たちのことだな。
貧困ならば最初から最後まで使い物になる。
生きることに必死だからな。

そういう人は死ぬまで生きることに執着する。
定年なんてクソ喰らえ、だな。
従って終活なんてしない。
できない。
生きてたら何かやってる。
身体が老化によって不自由してても尚、だ。

しかし、なんだか今は黄昏てしまう。
そういう季節なのか?
春だぞ?
そういう時期なのか?
まぁ、いい。

おそらく環境が止まってしまい、意識が停滞してるんだろう。
老化はしようがない。
そして誰にでも訪れる。
しかし、まだ生きてる。
ボケてても。
痛みを伴ってても。
まだ生きてる。
死んじゃあいない。

ただお金が少ないから好きなことができない。
なら稼げ。
お墓の準備は?
まぁ考えるだけで取り敢えずイイか。
どうにかなるだろ。
どうにかならないのは他人の目と口だ。
まぁ、そんなところか。

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