令和7年の2025年も年が明けて当地は好天に恵まれ早や20日が過ぎました。今年は日本元号でいう昭和100年に当たるそうです。昭和、平成、令和の3代の元号に生きてきた私としては、一番長いのは昭和時代なのでやはり昭和への思いが強いのは同じ年代の人と違わないと思います。
また今年は昭和20年8月15日に終戦を迎えて80年になり、広島と長崎に原爆投下がされて80年になるのを迎え昨年日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞されて核廃絶運動に力を入れているニュースが流れています。さらに今年は日韓国交正常化60年の年でもあり韓国の内政が混乱する中、行事等が計画通り実施されることを願っています。日韓国交正常化は昭和40年で私の大学時代でした。
昭和元年は大正15年12月24日の翌日からで元年としては7日間しかなく翌年1月1日は昭和2年になりました。また昭和は64年1月7日で終わったので昭和時代は63年間と14日間だけでした。
100年で思い出すのは2年前に関東大震災後100年を迎え、当時日本赤十字社産院に勤務していてこの震災に遭遇し、残した母の遺品を日本赤十字社助産師学校 を訪問して寄贈し長年の思いを果たしたことをこのブログに掲載しました。(千藤みさ子で検索)。
また逗子市久木に住んでおられた故浅田毅衛名誉教授(明大校友会逗子葉山地域支部ホームページその他“創立20周年記念講演”検索)から編纂委員をされた「図録明治大学百年1881-1981」という190頁を越える本をいただいたことも思い出します。この本はかなり前に葉桜に住んでおられた女性の先輩とつい数年前に逗子銀座通り近くに住まわれている男性の先輩からもいただき手元には1冊あるだけですが校友会支部事務局に1冊渡し他の1冊は誰に渡したか記憶が残っていません。
明治大学は1881年1月17日に明治法律学校を数寄屋旧島原藩邸跡地に開校しました。なんと1月17日は阪神淡路大震災があった日で当時首相は明大卒の村山富市さんでした。大分県出身の村山さんにとって、母校明治大学が同じ九州の島原藩邸跡地に開校した日を祝うべきところ大震災の対応を余儀なくされました。阪神淡路大震災から今年は30年にあたりニュースでも取り上げられていましたが、明治大学創立記念日も思い出し、今なお健在の村山さんが脳裏を掠めました。
100年を1世紀として数え私は20世紀と21世紀を生きながらえてきました。21世紀は2001年1月1日からで明治大学は2001年の創立120周年記念館リバティータワーを竣工しましたが、ルネッサンス21と謳ったこの建物も今年既に1/4世紀の25年を迎えています。
余談ですが20世紀最初の年1901年の明治34年は、逗子に長年住んで109歳で亡くなった明大の大先輩で中国書道・金石学の泰斗で東洋美術史家であった藤原楚水(本名・喜一)さんが明大を卒業した年です。今年は生誕145年・没後35年ですが逗子市図書館2階で郷土展示として藤原楚水展を2月11日まで開催しています。何故今年開催したかは判りませんが明大OBの方には見て欲しいと思います。(yoo)


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