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紫紺のやかた

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詩人という言葉に思う

2024-11-21 16:41:32 | 日記
 昨日11月20日の読売新聞朝刊に詩人谷川俊太郎さんが11月13日92歳で死去の記事が載っていた。詩人という言葉に先頃逗子市桜山在住で文化勲章を受章された詩人の高橋睦郎さんがすぐ頭に浮かんだ。詩人という言葉が過去の言葉の様な気がしたからかもしれない。
 短歌を作る人を歌人、俳句を作る人を俳人、川柳を作る人を柳人というようで、当然詩を作る人は詩人という。ただ歌の歌詞を作る人は作詞家と言って詩人とは言わない。作詩家の漢字も使わない。明治以前の和歌を作る人は歌人とは言わず歌詠みと言ったようだ。漢詩を作る人は何というか知らない。和歌や漢詩を作る人はこれを職業としていた訳ではないので現在の詩人とは位置づけが異なるようだ。
 短歌、俳句、川柳は新聞に掲載されるが詩の掲載はまず無いので現代では詩は過去の文学作品になっている感じを受けるのは仕方がないかなと思う。
 詩は小学校の卒業文集をガリ版で作った際にクラス全員が何か書いて寄せた時に詩らしきものを書いた人が多かった。谷川俊太郎さんの詩は「生きる」「幸せについて」等で分かるように“素直な思い日本語に込めて”という新聞見出しで別のページにも出ていた。80歳を過ぎた自分としては、詩は野口雨情、北原白秋、石川啄木、萩原朔太郎等の詩人の名が浮かんでくるだけで、西條八十や西脇順三郎、三好達治と言っても詩人としての内容は頭に入っていない。今も石川啄木全集第三巻詩歌集が取ってあるのは、逗子披露山に住んでいた尾崎行雄氏に献じ併せて遥かに故郷の山河に捧ぐと冒頭に記載のある「あこがれ」の詩が載っていたためでもある。(yoo)

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