おやじボクサー(57歳。 19年間ボクシング)   3.11宮城県ボランティア11年間実費参加・『津波』に遭った生き証人

元車椅子。右足首金属ボルト接続。『おやじファイト』優勝。東京での試合は?10戦7勝3引分(39〜44歳)TV放送2回有り

2011年11月20日 被災地 @ 宮城県

2014年11月24日 21時11分40秒 | 3.11ボランティア 茨城県水戸から宮城県11年間参加<<社会福祉協議会>>

19日の午後20時に水戸を出発。

車内で仮眠していて、

段々と景色が見えて来た。

 

 

着いた時は明け方だから「景色が真っ暗」だと思っていた。

 

そうじゃなくて、

灯りを灯す家が無かったから、

「景色が真っ暗」だったんだって初めて気付いた。

 

 

うっすらと本物の、

外が見えて来た時は、

TVや新聞じゃなくてリアルな被災地だった。

 

磯の匂いと言うか、

空気に潮の匂いそのものが全てに漂っている。

あきらかに「空気」が違っていた。

 

 

 

石巻市には、

本当に何もなかったんだ。

 

 

 

人がいないんじゃなくて、

人が住んでいない「町」はあった。

 

 

ぽつぽつと残ってる建物は、

無事だったんだ?

と思ったけど、、、、、、、、、、、、、、

別に人が住んでるんじゃなくて、

外見が「残ってる」だけ。

 

 

 

不自然な場所に、

沢山の船があった。

 

 

沢山ガレキを積み上げている場所があった。

 

 

そのガレキの上に、

草が生えていた。

11月になっている。

 

止ったままでも「時間」は勝手に過ぎて行く。

 

 

住宅街があったなんて言われないと、

信じられない景色だった。

 

 

アチコチにガレキが積み上がっていて、

その膨大な量に圧倒された。

そんなのが珍しくないんだ。

 

 

伸びきった草がガレキを覆い尽くす。

 

 

ガレキ。

ガレキ。

 

 

家の二階建てより「高い」高さのガレキがある、

そんなのばかり見ていると、

見慣れてしまう自分がいる。

 

驚かなくなってしまう心がある。

 

 

 

 

液状化で沈んだ元・住宅街。

2011年はそんな場所も多かった。

 

 

 

津波の衝撃を、

無言で伝えて来る。

 

この場所に居たら、

僕だったらとか・・・・・・・・・・・、

考えてしまう。

 

 

住宅街にある交差点。

 

その交差点では、

とてつもない大きさの船。

 

2013年に解体されったって聞いた。

 

 

 

 

 

2014年の今でも横たわってる鉄筋のビル。

 

 

2011年の石巻市。

と周辺の町。

 

 

 

 

 

 

 

 



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