あそこに誰かが生きている。 How goes it with you?

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心情変化

2015-09-11 17:13:50 | journal
旅(24日目1/2)重い内容ですが掲載しました。





本日の天気は晴天!!



久しぶりに一日中太陽を

見ることができたし、

作業効率がグンとあがった!!




お天道様に感謝です。w





出荷作業は午前中だけで終了して、

その後は違う畑の草刈り&草抜き。



キャベツとキャベツの間に

雑草が生えているので、

それを歩きながら地道に抜いてゆく・・・



一つの畑の広さが100m×100mぐらいで、

研修生と2人でやると、

大体1人10往復ぐらいする。


その作業を3か所の畑で行うので、

草抜きだけで約3km歩いた計算。



プラス、三か所の畑の周りを

草刈りをしながら回るから、

1人半周計算で、プラス600m!!




一日約4kmぐらい歩くことって普段ある?


農業の厳しさを再度、確認した一日になりました・・・w






作業終了後、精神的にも、

身体的にもクタクタだった僕に、

女将さんが、

「温泉に行って来なよ。」って

車を貸してくれた!!





神ですな!!w






研修生は同じ海外からの

研修生の家に遊びに行ってしまったので、

一人、運転して近くの温泉へ。



ここに来てからシャワーしか

浴びていなかったので、

広い温泉は、まさに極楽。



温泉→サウナ→水風呂の

ローテーションを数度繰り返して、

温泉から上がり、瓶の牛乳を飲む!!





王道の温泉パターンだね。ww





太陽のこともそうだけど、

温泉にしても普段はあまり

有難味を感じることはない。





でもね。




何もない生活、労働をしていると

その有難味を感じることができるね。



いつの間にか、

自分は、周りに物があり、遊ぶ場所があることに

慣れてしまっていたんだね。


別にそれは悪いことではないと思うけど、

何か、感情的に欠如してしまっている気がする・・・




快適な暮らしで、

僕たちは何を失ったのだろうか?




それはたぶん、

繊細な感覚と感情だね!!

あと感謝の気持ち!!

と思いますよ。ww





温泉帰りに久しぶりの、

浅間山の火口付近が

見えたので写真を撮った!!

(最近は雲で見えなかったから。)













さぁ明日も頑張ろう!!



ニートも警察官も、

そして自衛隊の方々は

被災者をいち早く安全な場所に

連れて行ってあげてください。


宜しくお願いします。




























旅(24日目1/2)

2015-09-11 11:52:05 | Travel memories



目を覚ますと、少し頭痛がする。



たぶん軽い二日酔い。



シャワーを浴びて、ミネラルウォーターを
飲み終えると頭痛は消えていた。


少しベッドの上で寛いでから、
支度を済まして外に出た。



本日は快晴。



広島の街は仕事に行く人々や、
その車で混雑している。


ホテルから10分程度離れると、
「原爆ドーム」が見えてくる。





近場まで行ってから、
自転車を降りて、
原爆ドーム横を歩きながら
その無残な建物を見渡した。



当時の情景をそのままに残している、
この建物を見ていると、
その行為の悲惨さを感じることができた。




その場から逃げるように離れて、
平和記念公園内にある「原爆死没者慰霊碑」の前まで行き、
長い時間手を合わせた。



目を開けて隣を見ると、
80~90歳ぐらいだと思われる
老婆がひとり手を合わせている。



話しかけようか迷ったけれど、
止めてその場から少し離れ、
慰霊碑が見えるベンチに腰掛けた。




慰霊碑の前では、
僕よりも、もっと若い3人組のグループが
慰霊碑の前でピースサインをしながら写真を撮っている。


その光景に憤りと、
当事者の方々の無念さを感じる。



「無知は人を傷つける。」
そう言っていた人は誰だっただろうか?



いま、その本当の意味が分かった気がする。



他国に平和ボケしていると言われても仕方がない。



そう感じる僕自身も、
その中の一人であり、
本当の意味で、当事者の方々の苦しみを
100%理解することはできない。

しかし、その苦しみを
理解しようとする気持ちを大事にしたいと思う。






その後、「平和記念資料館」に入り、
原爆投下までの経緯・投下後の資料や写真を見ることができた。

どれも凄惨な資料や写真だった。




資料館を出ると、
外は相変わらずの青空が広がっている。


70年前の8月6日以降、
ここは廃墟だった。


そしていまは、
ビルが立ち並び、人々が行きかう都市へと
変貌を遂げている。


街を見渡していると、
人間の生きる力強さを感じれた気がする。

そして、同じ人間の残酷さも。





心の整理がある程度できると、
その場を離れ、広島を後にした。

















つづく