コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

マラリアを防ぐ

2009-09-29 | Weblog

アフリカの蚊は羽音がない、と政務担当官が主張する。プーンという羽音をたてないで血を吸いに来るので、余計にたちが悪いのだ、という。君、それは違うと思うよ、と私。それは君が、30歳を越えてからアフリカに来たからだ。30歳を越える頃から、人間の耳は蚊の羽音を聞きとれなくなる。若い時に聞こえていた音が、歳をとると聞こえなくなる。

日本だと単なる聴力の低下の話だけれど、アフリカに来ると深刻な話になる。なぜなら、蚊に血を吸われると、マラリアという病気を移されかねないからだ。その蚊が、以前にマラリアを発症している人の血液を吸っていた場合は、蚊の口吻を通じてマラリア原虫を受け取り、感染してしまう。だから蚊には気を付ける。羽音が聞こえないと、蚊が来るのが分らないから、これは年配者の弱みである。

といってもアフリカでは、年配者も年少者も、皆マラリアにかかる。日本でいうと風邪のように、どこにでも見られ、誰でも罹る病気だ。しかし、風邪と違って激しい熱が出るので(注:熱帯熱マラリアの場合)、体力が弱い人がかかると死ぬ。そして栄養状態の悪さから、アフリカには体力が弱い人が多い。とくに子供たちがそうで、多くの子供たちがマラリアに罹って死んでいる。

世界中で年間100万人が、マラリアで死んでいる。そのうち90万人がアフリカの人々、その大多数が子供である。もちろん薬はある。マラリアに罹って高熱が出てきた時、すぐに薬を飲めば治る。しかし、ここニジェールのボボイ県では、人々は貧しくて、高価な薬は買えないし、医者がいない。人口35万人のボボイ県全体で、医者はたった1人である。

だからこそ、予防が重要となる。つまり、蚊に刺されないようにすることだ。マラリアを媒介するハマダラ蚊は、朝夕にだけ出るから、寝るときに蚊帳に入ればいい。そして、日本の企業「住友化学」が開発した、防虫剤を浸み込ませた蚊帳「オリセットネット」が大きな効果を発揮する。蚊を蚊帳の内側に入れないだけでなく、蚊が蚊帳に触れるだけで、防虫剤の効果で駆除される。

この日本が生みだした蚊帳を、各家庭に普及させる。マラリアの発生を防いで、子供たちを恐ろしい熱病から守る。そして地域全体でマラリア罹患者を減らせば、体内にマラリア原虫を保持している人々の割合が減り、それだけマラリアにかかる危険が低減していく(世界保健機関(WHO)の「ロールバック・イニシアティブ」の考え方)。

前置きが長くなったけれど、ニジェールのドッソ州ボボイ県のマラリア対策に必要だということで、日本は経済協力の資金で、この「オリセットネット」を8千張り、総額3600万フラン(700万円)分を、現地のドッソ州保健局に提供した。私はボボイにでかけて、おおぜいの村人たちが歓迎してくれる中で、供与式典を行った(9月14日)。

さて、普通であれば、供与式典を華々しく行って、蚊帳を現地に置いてくれば、協力案件として一件落着である。ところが、日本の協力はそこで終わらない。日本が本領発揮するのは、そこからだ。その蚊帳を、どのように保健局によって配り、村人のところまで届けるのかについても、日本として面倒をみる。

というか、順序が逆だった。日本は、2007年から3年計画で、国際協力機構(JICA)の「マラリア対策支援プロジェクト」を実施している。田渕俊次さん、小野寺峰子さんの、2人の日本人専門家が、マラリア対策の総合的な取り組みを、ドッソ州保健局・ボボイ県保健局と一緒に行ってきている。その取り組みの一つとして、今回村々に配るための蚊帳8千張を、州保健局に提供したというわけである。一つの蚊帳に2人が入ることができるから、1万6千人分のマラリア対策ということになる。

「蚊帳は配るのではなくて、売るのです。」
と、田淵さんが説明してくれる。あれ、日本から無償で提供したのに、村人はお金を払うのですか。
「各村で話し合い、自分たちで金額を決定してもらいますが、1張が650フラン(130円)程度で、保健局から販売します。もちろん、オリセットネットの原価4500フラン(900円)よりは、はるかに安い価格です。原価だと、村人には高くて、なかなか手が出ないですから。」

ただで配るより買ってもらう方がいい、ということに私も賛成だ。ただで貰った本は読まない、の原則がある。自分で買うからこそ、自分のものだという意識が生まれ、使おうという意識が働く。それにしても、売上金はどうなるのですか。
「地元で、保健委員会(COSAN)を組織しています。そこに売上金を積み立てます。蚊帳購入前に地元の人々の代表が出てきて、活動計画を作成し、売上金の使い方を決めます。売上金は、保健委員会の貴重な活動資金になるわけです。」

これまでの活動では、村の保健センターの屋根の改修、医療従事者のための家の建設、マラリア対策のための村の清掃費用などに、こうした資金を充ててきた。使い道を、保健委員会で議論し、公正で透明性のあるかたちで決める。その方法論や組織作りを、日本のプロジェクトが伝授する。これは「みんなの学校」と同じ発想・方式の技術協力である。そして、この「マラリア対策支援プロジェクト」が、日本の専門家の手により進められ、住民組織に根差した活動を着々と築いているから、今回供与した蚊帳も、正しく確実に使われていく。

田淵さんによれば、この地域の人々の反応はたいへんいい、ということである。
「供与式典に、おおぜいの村人たちがやって来ていたでしょう。期待はとても大きいのです。現金収入がなくて現金が乏しい人々が、人から借りたりしてでも、何とかお金をやりくりして、この蚊帳を買いに来るのです。」

限られた現金を握りしめて、蚊帳を求める。子供たちをマラリアから守りたい。そういう親の気持ちが、伝わってくる。今回供与した8千帳の蚊帳も、それぞれの家庭に行先を見付けて、子供たちに安心した眠りをもたらしてくれることだろう。

<聴力を試す>

(参考)人の可聴周波数は、最大で、20Hz~20KHz
年齢とともに、16KHzあたりから上の音が聞こえなくなる
なお、蚊の羽音は、17KHz


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1 コメント

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ぶんぶといふて夜も寝られず-開国日本 (政務担当官)
2009-09-30 11:25:32
 時折登場させて頂いており、恐縮です。
 検索をかけてみますと、蚊の羽音は音叉の音に近い400-600Hzである由で、小生もアカイエカの羽音は確かに今も聞こえます。
(面白いお話でしたので、聴覚テストをしてみたところ、小生は16kHz近くまで聴こえましたが、16、17kHzは無理でした。)
 小生の経験から「マラリア蚊には羽音がない」と少し大袈裟に申した記憶がありますが、実は飛び方が違うからではないか、との仮説を立てています。まだ確証はありません。
 日本でお馴染のアカイエカの類は、人間の肌の周辺をうろうろ飛び回るので簡単に叩けるのですが、羽に斑があるマラリア蚊の飛び方は、ブヨに近く普段は暗い場所に止まっていて、直線的に目標に飛んできて、直線的に去っていくため、なかなか叩きにくい感じがしています。
 幾度か写真に撮ろうとしたのですが、そういう時に限って同じ場所をうろうろと飛んだり、止まってくれることがなく、念願叶っておりません。

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