コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

バンコの森

2009-04-20 | Weblog

目の前の落ち葉の上を、何かがごそごそ歩いている、と思ったら、カメレオンだ。私たちの姿に驚いて、近くの木を這い上がった。意外に脚が速い。それまで黒と茶色の縞模様だったやつが、緑になった。枝の先まで上がって、目をくるくるさせて口を大きく開けた。カメレオンは、深い森の中にいる。ここは、バンコの森。アビジャンの街の直ぐ脇にある、太古からの原生林である。

バンコの森は、かつてここに入ったフランス人の植民が、自分の邸宅とそれに隣接する狩猟場として確保した熱帯の森である。面積約35平方キロ(山手線内側の面積の半分)。1926年にすでに保護林として指定され、大都市アビジャンのすぐ近傍なのに、奇跡的に原生林のままで現在に残った。私は、カヒバ国立公園局長に案内されて、この森を訪れている。今日は、強い日差しが照りつける天気なのに、森の中は鬱蒼として薄暗い。原生林であるから、実にさまざまな種類の樹木が、互いに競り合いながら生えている。見上げるような木々が、真っ直ぐな幹を連ねている。

かつては、コートジボワールの国中が、このような熱帯林で覆われていた。バンコの森と同じ、深い森林が延々と連なっていた。そうした森林は、開拓で切り開かれたために殆ど残っていない。そして、森林に住んでいた動物たちも、いなくなってしまった。
「例えば、この木はもう子孫を残せません。」
と、案内の説明員が私に言う。傍らに落ちている、ソフトボールほどの大きさの果実を拾う。
「これがこの木の果実です。この中に大きな種がありますが、これを植えても芽が出ないのです。この果実は、象に食べられて、象の消化器官の中で一定期間過ごさないと、芽を出すことが出来ません。」

何とまあ面倒なことを、この木は自らに課してしまっていたものだ。しかし、象が回りにいる限り、この木の選択は合理的であった。象の腸内に留まりつつ、種は長い距離を旅することが出来る。そして、象が糞をするのは、比較的開けた土地である。そういう太陽の届く土地に、肥料と一緒に落とされるわけであるから、森林の中で落果したままになるより、象に食べられたほうがずっと芽を出しやすい。これは自然の摂理の中で、とても賢明な選択だった。しかし、その象が、森にいなくなった。だから、この木はもう繁殖することが出来ない。(注:この木は、Balanites wilsonianaと思われるが未確認)

また驚くなかれ、バンコの森には、まだチンパンジーがいる。約20匹が、集団で暮らしているという。コートジボワールのチンパンジーは、道具を使うことで有名である。硬い木の実を、二つの石の間で叩き潰して食べる。この技術を、親から子供に伝える。西のリベリア国境のほうにあるタイの自然公園に生息する集団を除いて、コートジボワールのチンパンジーは死に絶えてしまった。でも、こんな都会に近いバンコの森に、まだ20匹ほど残っているというのは、奇跡である。

「バンコの森は、アビジャンの水源としても重要なのです。ここに降った雨が、地下水脈を通じて、井戸水としてアビジャン市民の家庭に届きます。研究の結果、アビジャンの上水の、約75%がバンコの森起源の水だということが分かりました。」
と、カヒバ局長が説明する。コートジボワールで、一番普通に売っているミネラルウォーターは、アワ(AWA)というブランドである。このアワというのは、バンコの森の水源地から採取される水なのである。

バンコの森の周辺だけ雨が降ることがあるという。明らかに、気象にも影響を与えている。バンコの森は、アビジャン市民の肺だ、という人もいる。アビジャンの人々は、土日にはバンコの森を訪ねて、ピクニックなどをし、この森を愛してきた。希少な原生林として、また水源地として貴重な森を、何とか維持し後世に伝えていきたい。政府も、国立公園局を設置して、バンコの森の保存計画を作った。

ところが、保存計画を進めようとしたその矢先に紛争が始まった。保存計画には予算が付かず、放置されたままになった。人々も、バンコの森どころではなくなり、森のことを顧みなくなった。管理が及ばなくなったのをいいことに、周辺の村々の人々が勝手に周辺の木を切りはじめてしまう。森の隣接部に、人々は勝手に家を造り始め、生活排水が流れ込むようになった。バンコの森の隣にある刑務所も、予算不足で汚水をきちんと処理できないままに、周辺に垂れ流しはじめたので、それがバンコの森に流れ込んできている。そうした排水のために、土地の性質が変わって、木が枯れ始めるなどの被害が出てきている。

数少ない残された森林を保全しなくては、という気持ちは、コートジボワールの人々にも強い。しかし、そうするには予算が要る。紛争で混乱して以来、そうした予算が下りてこない。バンコの森のパトロールのために、10人ほど軍から派遣されてきている要員がいるけれど、それだけでは足りない。このままでは、森は端から浸食され、取り返しの付かないほどの損傷をうけるだろう。紛争により国というものが機能不全におちいって、被害を被っているのは、国民だけではない。紛争というのは、バンコの森のような貴重な環境にも、大変大きな犠牲を強いるのである。

 バンコの森の地図

 深い森

 カメレオン

 緑色になる

 空に伸びる

 林立する木々

 まっすぐに伸びる木


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