コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

コミアンの踊り

2009-11-16 | Weblog

「ヤム芋祭(Fête des ignames)」というのは、名前の通り、ヤム芋の祭りである。ヤム芋というのは、日本の山芋を太くしたような芋で、山芋と同じく中身は白いが、水気は少なくねばねばしない。蒸して食べれば、ほくほくと薩摩芋のような食感である。アカン系の部族は、古来からヤム芋を主食にしてきている。その芋が収穫されるこの時期に、「ヤム芋祭」が各地で開かれる。

年に一回のこのお祭りは、収穫祭であるとともに、部族にとっての新年を画する祭りだ。つまり人々は、ヤム芋の収穫とともに、新しい1年を迎える。そして、このお祭りで、祖先の霊が帰ってくるのだという。祖先の霊だけでなく、死者の霊、自然万物の精霊と、交流できる祭りである。つまり日本でいうと、秋祭りに、盆と正月が一緒に来たようなものである。

それで、私は王様に会うために、「ヤム芋祭」の前日にアニビレクロに着いた。夕食をとったあと、前夜祭があるから、行ってみましょうという話になった。何があるかというと、「コミアン(comian)の踊り」だという。踊りは人々を集めて、夜を徹して行われるという。日本の盆踊りのようなものだろうか。これは楽しそうである。徹夜には付き合えないけれど、すこしは一緒に踊ってもいい。ぜひ覗いてみよう。

夜の9時過ぎになって、私は王宮の前の広場に出かけた。椅子が沢山並べてあって、案内されたらそこに昼間謁見した王様も座っていた。つまり貴賓席である。王様に挨拶したら、王様は今からこの場で、新年の御言葉を発表するのだという。なるほど、年越し行事だから、いろいろ段取りがあるものだ。私は王様や他のお客さんたちと並んで、盆踊りが始まるのを待っていた。

ところが、貴賓席の前を人々が行き来するだけで、一向になにかが始まる気配がない。一方で、貴賓席を遠く離れた向こうの方の暗がりで、何やら人々が人だかりになっている。太鼓が不思議なリズムを奏でるなかで、頭に赤い帽子を載せ、赤白まだら模様のスカートを穿いた人々と、真っ白な服を着た人々が、くるくる回りながら踊っている。その踊りを、大勢の人々が囲んで見ているのである。

「彼女たちが、コミアンです。」
と傍らの人に教わる。何ですかそのコミアンとは。女性ですか。
「ええ、女の呪術師たちです。私たちは自然信仰でしてね、その、死者の霊とか、祖先の霊とか、森の精とかを崇拝しています。それで、コミアンたちが、私たち俗世の人間と、そうした精霊たちとの仲立ちをするのです。今夜、彼女たちは、踊りながら、精霊たちの言葉を私たちに伝えてくれるのです。」

どうも盆踊りではなかったようだ。コミアンたちは、十人あまりいて、次々にくるくる回りながら踊っている。ときどき踊りを止めて、集まってなにかを告げている。そのたびに、周りの人々が歓声を上げたり、抱き合ったりしている。どうもこの場では、王様や私のいる貴賓席ではなく、あの暗がりの人だかりが主役のようである。貴賓席なのだから、その前まで踊りがやってきて、私たちの前で披露があることを期待していたのだけれど、そのような気配はまったくない。向こうの暗がりの中で、延々とくるくる回る踊りが続く。

「この踊りが、朝まで続くのです。それで、朝5時くらいになって、すべての精霊の言葉を伝え終わったら、コミアンたちは川に行って禊(みそぎ)をします。そうして、一年の間に起こったことが、すべて清められるということです。」
なるほど、一年の穢れをコミアンたちが流し去るのである。
「人々は、来年がどういう年になるか、コミアンたちの託宣を聞きに集まっています。それで、彼女たちの伝える精霊の言葉に応じて、貢物をしなければなりません。」

ところで王様の御言葉は、いつ始まるのだろう。主賓の私として、それはちゃんと拝聴しなければならない。これもまた、一向に始まりそうにない。王様も私も、貴賓席に何をするでもなく座っている。

もう1時間ばかり経っただろうか、コミアンのなかでも一番お婆さんのコミアンが、王様のところにやってきて、何だか怖い形相で王様に申し述べている。彼女がまた、踊りの輪に戻っていったあと、王様は憮然としながら私に言った。
「私には、あの連中が分らんよ。」
コミアンたちは、今、王様が御言葉で踊りを中断すると、精霊たちが逃げていくので困ると言っているという。精霊たちは光が嫌いだ、光が入るとコミアンたちの陶酔状態が覚めてしまう。

王様は、御言葉を述べる場面もないまま、私はもう寝る、と言って王宮に帰ってしまった。かたやコミアンたちの踊りは、王様のそんな様子を気にするでもなく、広場の片隅の暗がりで、延々と続いている。王様さえ分からんと言っているのだから、私には何が分かるわけでもなく、他にしようがないので宿舎に帰ることにした。今夜ばかりは、王様よりも、遠来の客人の大使よりも、コミアンたちのほうが偉いようである。

(続く)

 コミアン踊りの会場

 この女性がコミアン

 コミアンたちの踊り

 広場をくるくる回る

 コミアンのお告げ

 太鼓をたたく人々


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