時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

女性と音学II

2014年03月31日 | 時事寸言
人は皆女性として始まり受胎後男性に変異するそうですが、
人は皆女性として始まると言う事ですから其の女性が、

心身ともに女性で在る時、感性も表現も特性を活かし、
素晴らしい表現と成ります。

バイオリン教室での生徒さんは子供から大人まで女性が多く、
男性が少数ですが黒一点と言うのでしょうか?、、、
身体や感性は繊細で緻密、大胆、正に音楽的要素で一杯です。

情操教育とは良く聞く話ですが女性の為にバイオリンは在る。
と、云えますが現在ではソリストとして以前の男性は女性に、
名人・巨匠は殆ど女性と言えます。

レオポルド・モーツアルトのバイオリン奏法や、
カール・フレッシュのバイオリン指導の原理上下を、
御覧に成るとお解りの様に新旧の違いが解りますが、

正しさや正当性は其の何方からも知る事が可能です。

バロック時代以前の音楽ではレオポルド・モーツアルトですが、
他の教則本四冊を併せ読む事で当時の音楽・響きは浮かび上がります。

然し、仮に浮かび上がったとしても其の人のステージが、
合わない場合は何も始まりません。

若し感性が感じる場合に於いてバロック時代の演奏習慣は浮かび上がり、
感動する事は在っても、現代風音楽での人には理解は不可能と思え、

学習の仕様も無い現在の音楽環境ではロマン派以後の音楽は理解出来ても、
国民楽派やクラシック期、古典学派と言うのでしょうか、

益してやバロック時代の音楽は理解不可能と思われますが、
対位法や其の奏法は全く違うと言えますから、

バッハやヘンデル、ビバルディ其の他多くの作品は、
現在聞ける音楽思想や奏法では違うと言えるのですが、

皆さん気にも成らない様ですが現代奏法に依るバロック時代の音楽と言う、
演奏状態ですから、古楽器だけの演奏集団でも同じ事で、

少しでもバロック時代の音楽学書や先のレオポルド・モーツアルトの著書、
対位法関連の著書など学習の上、御自分の感性にバロック時代の音楽の、
感じる部分が在るとしたら此の文書は生きる事に成りますが、

現代での、音楽家としてや音楽鑑賞は何もしなくても音楽で在り、
演奏家と言う事ですが演奏技法が優れてさえ居ればの話です。

然し、現代風バロック時代の音楽やロマン派音楽思想の演奏習慣で良いなら、
バロック時代の作品をバロック時代の演奏習慣で演奏しなくても良く、
殊更、学習する必要は無いと言う事ですから、

当時、鳴り響いていたと思える演奏に接したいなら、
その当時の演奏習慣や対位法で作曲された作品ですから、
其れに従い学習と演奏奏法は必須と言う事に成ります。

何方を望むかと言う事ですが当人のステージに依存する事でも在り、
他人が干渉する事では無いと思われます。

自分が演奏する為に必要と云うなら作品に対して失礼ですが、
自分で作曲して演奏するべきかと思われます。

自分の作品を勝手に変更されたり弄ばれる事は我慢が成りませんが、
自分は他人の作品を弄び壊変する事は何とも思わないなら、
話を続ける必要は無いと言う事です。
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庶民の悲哀

2014年03月30日 | 時事寸言
デフレ脱却云々の新政権は権力者関係、国家公務員で、
一般庶民は雇用不安を抱えながら物価上昇だけが身に堪え、

消費意欲は減じるばかり、自分の所有する中国製の安物ばかりは、
各家庭内に溢れていますが新たに買い込む必要もないまま、

デフレ対策は進められ家計の圧迫は限度に達し、
消費税の増税も見え苦しみの真っ最中です。

然し新政権の支持率は上昇中とか此の社会の矛盾は続きます。

何事も富者の為の対策と言えますが貧者は常に富者のために利用され、
何一つ恩恵を受ける事は有りません。

消費税制も権力関係者の為の施策で物品税は貧者の為の税制でした。

マスコミを抱き込み庶民を盲にする国家公務員や権力関係者達は、
ほとんどは物を購入する事がなく貧者からの付け届けが普通で、

恐らく物を購入する事は無い為、消費税は富者の為、
総理や権力関係では高級な物が屋敷内に溢れていて、

何一つ不自由無い事でしょう。

年金にしても介護保険にしても富者の為の施策と云え、
貧者が支える富者への制度は貧者が支払う仕組みと云え、

貧者は支払いながら恩恵には当たらないと云う事ですが、

扨、富者は屋敷内に有余る物品に新しく購入する必要がない状態で、
貧者以外の中間層でも有余る物品は購買意欲はゼロと云え、

現状としては唯、物価が、生活必需品が上昇するだけで、
庶民の生活は圧迫されていると云う事です。

権力側から見てデフレ対策は庶民の生活を圧迫させるだけですが、
差し迫る事の無い人達には何等困る事は無いと云う事です。

デフレ対策と言いますが庶民の生活を圧迫させるだけの政府です。

物が在り余り購買力の減衰は権力者には見え無いのかも。
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My-HP

2014年03月29日 | 時事寸言
ヤフージオシティーズでバイオリン音楽のページを、
使用させて頂いて居ますが曲のテンポ調節を仕様と思いながら、
未だ出来ないで居ますが所在地とTEL、を調整しました。

曲のテンポは遅い目にしていましたが、
観賞用としては遅いと思えるテンポですから、
少し早い目にしたままで練習用には早過ぎるかも知れません。

従いまして、順次変更してみたいと思いますが、
出来ないでいますが 楽譜ソフトのフリーが在ると思いますので、
ダウンして御自分に合わせ変更してお使い頂くと幸いです。

尚、曲の解釈は其々の作者や時代の演奏習慣で入力していますが、
現在、世界的にはロマン派と思える演奏習慣で演奏はされていますが、

違和感を持たれる方は変更されたり嫌悪される場合は、
使用をしないで頂きたいとお願い申し上げます。

教室の教師に依っては,
バロック時代の演奏習慣を無視又は、御存知無い場合が在り、
バロック時代の曲では一般と違う解釈と演奏習慣で作成しています。

バイオリンの弓の持ち方や流派、学閥が公然と有りますが、
バイオリンの奏法も5つ位在りますから御自分の教師に聞
いて、合う様でしたらご使用下さい。

カール・フレッシュ氏は奏法の鞍替えを禁止していますが、
強行されると以前の奏法の技法は全て失う事も事実です。

然し、カール・フレッシュ奏法からフランスやロシアなどに、
転向する事は沢山例が在る為、可能と思われます。

又、弓の持ち方や運弓の事柄ですし音楽解釈とは何ら関係は在りませ

然し演奏解釈では完全に厳然と違いますから御注意が必要です。

カール・フレッシュの著書を御存知の方は、
其の著書をご考察され自己責任でお願いい致します。

有名な著書と思いますが実践する方は稀有の様ですから?、
扨、音楽解釈や演奏技法とカール・フレッシュ奏法は関連はなく、

上下巻を通読された方は密接に関連しますが、
私の作成したMIDI-FILE は考慮されての根拠とも云えますが、
何も関係なく曲の感じを知る為なら気にする事は在りません。

ご自由にお使い下さい。
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隠された物品税

2014年03月28日 | 時事寸言
地球上の人の世界は自然災害と人災に人の生存は、
翻弄されていますが人自身が反省自戒する処か拍車を掛ける感じで、
人の人の社会の消滅に向かって居る様です。

一方経済は其の人の生存の反映でも在り証ですが、
経済は違った意義で捉えられ物欲の象徴としても在り、

国家公務員は海外に不正を蓄積して、商いもしない大博打も有り、
商売は詐欺術と化し、蓄財に余念のない民衆国民は、

我欲に在り、損得の天秤は世界ぐるみと云えますが、
地球本体は温暖化が進み人の食料不足と成ったり、

暗い情報ばかりの現在社会は人為的にも日本では、
消費税の利率が上がり富者を除いて生活難と成りますが、

其れを見ながら海外への援助金は大盤振る舞いで、
私は別の財布でも有るものとばかり思って居ましたが、

別の財布が有る様にも無く、国の持ち主か象徴か知りませんが、
何不自由無く暮らせる国でも在り、其の家来、大臣以下、

国家公務員は主従に依って此れも何不自由無く暮らせる国ですから、
其のお計らいで今回、4月からの消費増税で困るのは貧者と言う事で、

態々、全てを含み、生活必需品無税の物品税を平等と偽り掏摸替えての、
消費税ですが、物品税は其の前身で贅沢品にだけ掛けられた税です。

其れでも富裕者と貧者を平等と云うのでしょうか、贅沢税。

一般の人が知らない様、マスコミも此れを報道せず、
解説者たちも口を閉ざしての4月ですが、

一般大衆・国民も知らされないまま知らない計らいとは、
哀れと云うか無知と言うかは知りませんが、
先ずは騙し果せた政府・権力者。

来年は10%と成る訳ですが無知文盲の国民達、
政府に味方のマスコミ関係者達さぞ痛快で在りましょう。

物品税は富裕税、消費税は弱者いじめの税制ですが、
赤子・子供にまでも其れも生活必需品に掛ける税制は、
非人道的ですが、誰もそうは思わないとしたら、

国民の愚劣さに呆れますが私が過去、複数回記事にしていますが、
今迄、何の反応もなくマスコミもコメンテータも一言も無いとは、
呆れた国家と思うのですが外国の様に怒りの行動もなく、

何と言う国家と国民かと思います。

アメリカの終戦と同時の憲法や教育の策略、現在では100%成功して、
骨抜きに出来た日本と日本人の内容、大成功だったと言えます。

私は此の日本にだけは生まれ変わりたく無いと思います。
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女性と音楽 I

2014年03月27日 | 時事寸言
音楽は学問の最上位に在り、
唯一、霊魂のよろこぶ学問で在る。とは、
プラトンの著書ソクラテに依る言葉です。

此処で云う音楽はバイオリンに依っての音楽ですが、
演奏上の技法や奏法は作品の年代と作者にも依りますが、

自分が演奏に必要と云う場合は別として、
感謝も尊敬の念も考慮しなければ成ません。

バロック時代の演奏習慣は当時鳴り響いていた音楽を意味しますが、
其の作曲法は対位法での作曲ですから知って対処が肝要です。

ロマン派時代の音楽思想は全ての時代や作曲家の作品を、
其の思想や技法で演奏して仕舞いますが、
全く違う演奏形態と成る事も考慮外で作品作曲家への冒涜と思われます。

ロマン派以後の音楽家?は自分の為の演奏曲目として在れば良い作品で、
演奏作品としての配慮や考慮は全く無いと云えますから、
全てはロマン派様式での演奏と成っている様に思えます。

然し、此のロマン派時代の演奏様式で音楽を理解している音楽家に、
バロック時代やルネッサンス時代の音楽を求めても解る筈もなく、

又、学習しようと思い立つ訳も無い処から無知ほど怖いものはなく、
手の施し様も無いと言えますが同じく無知な観客にも言える事で、

学習しようと云う意慾も無い処から現在音楽界から、
バロック時代以前の演奏習慣に依る演奏は皆無と言えますが、

不審に思う方が若し、いらっしゃるなら図書館なり著書の購入なり、
試みる事をお勧め致しますが其れをしなくても、

ロマン派以来の演奏習慣でバロック音楽は御聴きに成れると云う事ですが、
古楽器演奏集団も私見ですが古楽器を使い矢張りロマン派思想の演奏習慣で、
音楽自体がバロック時代の演奏習慣では無い事がお解りに成れると思います。

レオポルド・モーツアルトが出版の日本書名、
バイオリン奏法、全音に依る著書でも当時の演奏習慣の一端は説明され、

フックスの対位法でも其の一端は得られますが、
先程のレオポルド・モーツアルトに依るバイオリン奏法と、
エマニエル・バッハの此れも全音出版社で正しいピアノ奏法、

クヴァンツのフルート指導の試論。

対位法のフックス、歌唱法のアグリコラーと五冊の教則本では、
当時以前の演奏法が楽譜に教師達に依って、
書き込まれていると言う事ですが、

少なくとも、此の五冊の教本は併せ読む事で、
当時の演奏されていた音楽が浮かび上がると言う事です。

其の努力も無しに代金を徴収してプロ音楽家と云うなら、
現在の音楽家はバロック時代の音楽を演奏する事で、
詐欺とは云えないでしょうか?。

私は原語は解りませんが此等の本は我が日本でも翻訳されて居り、
学ぶ気が在れば読める筈の教本ですが其の気の無いのも又、事実で、

音楽・音学を何と考え音楽家。

但し、歌唱法のアグリコラーは翻訳本が無く読めては居りませんが、
類推する事は可能ですが全世界的に此の風潮でバロック音楽は、
演奏されていると言う事です。

私が気付いた発端は楽譜を音に変える時、
記憶に在るバロック時代の音楽とは程遠い感じがしての調べですが、

対位法を調べながら記憶の感じと合致する事で、
確信が得られ五冊の教本も書き込みを演奏して納得で、

他の音楽家が私と同じ事をする筈ですが何も疑問が感じられないのも、
不思議と言えば不思議ですし音楽家なら感じる感覚と思いながらの、

今日ですが楽譜を音にしながら其の音符の不正を感じ調べてみると、
矢張り間違って居たりして楽譜と言えども必ずしも正しくは無いのですが、

其れを感じる感覚は音にして観て違うと感じる感覚で、
バロック時代の音楽に限りバロック時代の演奏習慣を無視して、

演奏する人達を、プロ達を何と考えるべきでしょうか。

対位法も同じ事ですが楽譜を音にする時、感じますが、
年代や作曲家を観ると解る事と云えますし、
解らないとしたら楽譜を盲信して技巧に任せた演奏と思えます。

音楽家と言えるのでしょうか。

今回はバロック時代の演奏習慣を取り上げました。
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女性と音学

2014年03月26日 | 時事寸言
女性と音楽、
表現でも感性でもピッタリですが、

何故か全世界的に男性が其の頂きに、
男性社会と云えるのですが理には叶っているとは云いながら、
実質と内容としては音楽的には女性が優れているかも知れません。

どの分野をとっても言える事ですが、
人の永続性は女性に託されて在り男性は其の発端でしか無いのですが、

人の社会的な面での役割は出来ても根源的には人の存続では、
女性に在る訳ですから子供を産み育てる能力は無い男性。

子供を産み育てている期間は長く社会的には離れざるを得ず、
当然と言えば当然ですが現在では其の女性が其れを放棄して社会に、

人の質は低下して少子化も進むと成れば人も国家も衰退の一途で、
移民に依って人口調節は国家の意義を失っての人の集まり、

女性が、ソクラテスを黙させた様に女性が其の本領を発揮して、
国家の中枢に在り人の社会の発展繁栄をと何時も思っていますが、

現在、女性に其の自覚はなく自分で稼ぎ其れを使って遊び、
享楽に浮かれている姿は見たくも在りませんが、

其れが現在の一般的な女性の状態で其れを囃し立てるマスコミも、
怠惰を助長させての現況、ジャーナリズム・ジャーナリストに、

在るまじき連中の姿は人の社会を堕落に導き逆の任務を果たす姿で、
嘆かわしくは有りますがマスコミ自身が自我に反省して、

社会貢献に転じた時、其処に人の社会は正常と成り、
女性の認識も元え戻り次世代を育てる女性の姿を観る事が可能と成り、

女性が音学を知り学問の最上位に在る霊魂が喜ぶ学問として、
ソクラテスの言葉の様に其の感性は活かされ其の表現も素晴らしく、
音学溢れる人の社会を具現化出来る日を待ち望んで居ます。

金銭欲に根拠のマスコミの社会活動はコマーシャルで解る様に、
其の質に於いて当然の人が関わり当然の人の其の内容は、

其の当然な結果を表現しますが其の自分を吟味出来ない処に、
其の不幸は存在して共に存在する幸福も汚れたものに成ります。

其の自分が観得ない処に其の原因は有り、
改悪は悪への意義と成り改悪ではないとしたら、

悪への勧めと助長かも知れず教育や表現は自由が良いとは言いながら、
其の選ばれる質に依って女性の役割に影響は多大と成ります。

音学は一般の音楽とは違う意味で使われますが、
真知への思索考察は音学と云えども演奏技術や感情表現ではなく、

真知希求の学問として在る訳ですが一般の方々には、
楽しむものとか感情表現とか娯楽的に捉えている向きが在り、

其れに違いは無いとは言いながら、声に出して
プラトンやソクラテスが云う音学は学問として在る訳ですから、

学び問い、益してや霊魂の喜ぶ学問とまで言う事は、
正に、真知希求と言えるかも知れません。

霊魂がよろこぶのですから勿論、形而上に展開されると言う事で、
姿形のない状態ですから音学の音学たる所以です。

人は物の世界の形在る物ですが其の者が奏でる楽譜や音楽、
奏でるまでは物の世界と云え奏でられて音霊無形の状態と言えますが、

ベーダー ンタ ウンタの部分ですが

文章は文字の羅列に過ぎないが、人が声に出して読む時、
其れを言霊と言うと思い出しますが、

形而上、霊界に展開された音楽表現は保存し、
録音技術は物の世界に取り戻せるかと思いながら、

其の先は、如何でしょう音楽と音学、貴方は何と理解、定義。

幸運にも私は此の文章を書かせる要因を齎す女性に巡り合えましたが、
ソクラテスに変わって答える女性の其の内容も思い出せ、
似た経験を感謝で今、思い出しています。
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国益

2014年03月25日 | 時事寸言
国益云々を世界各国でしています。

其の国とは其の人の集合ですが、
意義在りそうで耳障りの良い言葉です。

相手不在の独り善がりと云う事ですが、
表裏一体、全てを一と考える時、其の表裏一体を

何と考えるのでしょうか。

誰かが得をすると云う事は、誰かが其の半面を、
誰かが、相手が、損益と成るのですが、

其れでも未だ国益と言えるとしたら、
世界は二人のもの、私のものと歌う事の様に、

相手不在と云う事で一つのものを多数で分け合う人の社会では、
反社会とも云え野生に在って其の欲望を満喫するべきかも知れません。

遠い昔、原初の頃の人の生活は樹上に在りましたが、
自給自足を分担し合い地上に降りての生活は現在に至ります。

一人一業を原則に人の社会を形成して以来、
タブーもリーダーも揃い人の集合体は出来上がり、

現在へと発展して来ましたが其の意義すら解さない人の出現は、
全ての悪を齎し反社会的な度合いは現在の地球上に顕著です。

元々悪に根ざした動物と言われている人と言う生き物は、
破壊を目的の生物らしく其の役割は百%完璧に果たしていますが、
其れと気付く訳も無い処から現在地球上に其の完成度を誇ります。

此の悪はプラトンや昔日の賢人に依って其の真知を学び、
実践する事で善に向かいますが其の度合いに見合った善で、

悪に居ながらの善に過ぎませんが其れは霊魂上に云える事で、
身体上では生存の為の欲望は本来の姿ですから其れは本能、

矯正是正される事は全く無い為、霊魂部分での学習は進んでも、
身体に影響を及ぼす事は困難と言えますが、

歴史的にも人の親の躾と国家の教育に依って何羅かの効果を得ますが、
其れは困難を極め形而上と形而下での疎通は極めて困難。

テレパシーは其の役目を担いますが互いの疎通は物理上では困難でと、
霊魂主義・スピリッチャリズムでの説明は無疎通が殆どと言えます。

此のスピリッチャリズムはアメリカに始まりイギリスでの、
学問と成りますが現在、全世界的な学問として在りながら、

理解や解明は遅々として進まないのも事実ですが、
霊界いや霊魂に依っての学問解説では無い様で、

人が人の為の解説に過ぎない事も其の信憑性に疑問が残り、
全ての人の認め得る処とは成り難く現在です。

然し此の他に説明し得る学問も無い為、
プラトンの著書に依ってソクラテスが語るパイドン篇は、

紀元前での話ですが現在でのスピリッチャリズムは、
未だ百数十年に過ぎませんから重要な記述と言えるかも知れません。

人が、霊魂部分として知り得た事実も人の状態に説明出来ないと、
云う事は最大の困難ですが、霊界と言い、霊能と言えども、

意思の疎通に決定的な違いが在ると云う事で、
伝え様も無いと云う事ですから物理上と物理上で無い存在の、

疎通は困難を極めますし不可能に近いと思われます。

例えば、スピリッチャリズム上で、
霊魂が物理上での人の言語が書かれたカードを認識出来ると云え、

其のカードに依って得られた霊魂との対話ですが、
霊魂側から観得る其のカードと物理上の言語・文字ですが、

霊魂側からは観得るが身体側からは霊魂が観得ないと云う事ですから、
其の文字とカードは霊現象の学問としての切っ掛けですから、

身体としての人への説明方法は無いに等しく、
人側からの理解は困難と思えます。

仮に、私が身体を失い霊魂と成る時、
霊魂として知りえた事実を身体上の人に説明しようと試みる時、

人の身体上の事は既に経験済みですが、
其の経験を利して身体の人に説明、関わる時、

其の方法としてテレパシー以外に無いとしたら、
身体が其のテレパシーに無関心の時、他に方法が無いとしたら、

説明、解説方法は無いのですから身体側で其の感性が無い時、
身体側の無反応は処置無しと云う事です。

人の側でスピリッチャリズムに理解が進み疎通が可能と成る時、
人の進化や質の向上は期待出来ますが現況では、

未だ、不明で解らない分野と言えます。

人は、国益と争いの中に在る様です。

此の現状に於いて人の生存の意義は何と。
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日韓首脳会談

2014年03月24日 | 時事寸言
アメリカに依って日韓首脳会議と言いますが、
日本から観て歴史認識と言うからには古代から半島と言いますから、

今の北朝鮮でしょうか三韓時代や全ての時代に於いて、
日本への渡来は古く古代に及びますが、

日本古来の原住民は此の渡来人に平地を明け渡し、
混血を避けたて山奥へと云われていますが、

現在まで日本を立ち代り入れ替わって乗っ取り乗っ取りの、
統治は原住民ではなく、渡来人の中からの統治ですが、

太陽を求めて一歩でも近くと最東端の日本はユーラシア大陸、
全ての民族の集合地と成りました。

従って、現在のアメリカと似た国家国民人種構造と言えますが、

其の日本から潮流に乗っての更なる太陽を求めた種族、
天孫族に依ってメキシコへ渡ったと古文書です。

其の日本での統治と歴史は日本原住民では無かったと知れますが、
現在での中国や韓国が云う歴史認識は何を指しての歴史か、

知りたいものと思っていますが歴史ではなく近来の出来事を言うなら、
終戦処理で終わっている事と思われます。

又、半島からも馬を連れて小船での渡来人は今も歴史に残り、
其の出土の証拠品も在り既に此の人達は村を町を作って世代を重ね、

実質の日本人、在住と歴史は想像も及びませんが、
浅薄な歴史認識は此の人達や其の祖国として在る事に、
何と表現出来るのでしょうか。

此の日本に於いて歴史云々するなら良く調べた上でと云いたいのですが、
其れも有益な為にではなく祖国と在日の人を否定するかの言動は、
何を意味するのでしょうか。

同じ事が中国に言えるのですが目先の国益、物欲が、
此の事実を否定して同胞と祖国を否定する事かも知れません。

歴史認識如何でしょうか。
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手振れと映像

2014年03月23日 | 時事寸言
スタビライザ、ステディカムと云う言葉が在りますが、
一眼レフでは息を止めての撮影で十秒程度は何とか撮影できますが、
矢張り、ビデオ撮影では船酔いしそうな映像と言えます。

呼吸や脈拍のゆえ動いて居ない様でも揺れていますが、
上記の装置を使う事で安定した画像と言えます。

然し、嵩張り、重たいと云う事で行動の自由を奪われますが、
三脚を使うと成るともっと行動は制限されて仕舞います。

手持ちで自由に動き回れるに越した事は在りませんが、
写真撮影している時代は手持ちでほとんど済ませましたが、
ビデオを使い始めて手振れが大敵と解りました。

又、歩きながらの撮影は滅多に無かった事ですが、
歩いて見ると船酔い処かもっと使い物に成らない映像と成ります。

ユーチューブ等での映像を見ると善いなと思いますが、
上記の装置が在っても難しい事と思います。

撮影意思が強烈に伝わる魚眼レンズの超広角的使用法は、
主題・主役を脇役、副題や背景に対比させる使用法はビデオには、

本体に無く付加しなければ無理と云う事かも知れませんが、
其の場合でも装置が必要と成れば撮影は不自由と思われます。

写真撮影での表現時には知り合いの人の8ミリ時代のカメラの、
扱いを見ても興味は沸きませんでしたが動きの在る写真映像に、
興味を持つ現在は其の撮影姿を思い出しています。

一枚写真で横型の画面に凝縮しての、写真表現では、
舞台と主役、脇役が居て其処で芝居が始まらなければ、
良い写真とは云えないの自覚は、

撮影に望みますがそうそう、条件が揃う筈も無い事から、
良い舞台を発見してシャッター、良い役者が居てシャッターと、

中途半端な写真でしたが舞台と役者が揃えば少しは良い写真で、
三拍子の条件が揃う良い写真はそう簡単には取れません。

ビデオカメラの分野ではもっと厳しい条件が要求され、
撮影での良い映像は尚、一層難しいと思い知りますが、

舞台が見付かり役者が居て脇役も居て芝居が始まれば最高ですが、
滅多に出会わない光景でも在りビデオカメラでのスナップ撮影は、

とても幸運で無ければと思いますし其の条件を満たす事に、
出会える事も在るのですから諦めずに撮影行と云う事です。

演出してのビデオ撮影は、又、別の話ですが、
ダイレクトに出会うスナップビデオの撮影は、
独特の楽しみと思えます。

其処で、装置の出番かも知れません。
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信じない事こそ

2014年03月22日 | 時事寸言
寝屋川に開業する歯科医院に親知らずがぐら付き痛い為、
出会いでしたが二拾数年後の今も此の親知らずは健在。

此の歯科医院を信じればこそで総入れ歯を狙われての、
健康な奥歯の複数を次々と抜かれてから気付く事ですが、

信じればこそで疑いも無く上下で四、五本抜かれ前歯は、
削っているなと思えば折って抜歯、早く気付けば良かったが、
薄く削って折れて抜歯のパターンで結果は抜歯。

まさか、で結果は後の祭りと云う事ですが、
其の後一年待ちでやっと大阪歯科大での治療は
生徒の練習代かと思える連続で?、二十数年後の今も、

入れ歯の一つも出来た訳も無く、入れにくかったり、
会わなかったりで結果は自分の歯が四、五本残ったに過ぎません。

大阪歯科大で治療の結果親知らずは健在ですが、
抜歯の結果は上下数本ずつと成って食事も侭成りません。

発端は親知らずの抜歯を頼みに歯科医院ですが、
抜き難いからと、奥歯を次々と抜かれ、

総入れ歯を狙われて居る事に気付き此の歯科医院から離れますが、
其の後の二十数年間は大阪歯科大での治療です。

結果としては何も変わる事無く治療の結果はゼロに等しく、
町の歯科医院でも善かった事に気付きますが後の祭りです。

此の辺りで遠く交通機関を使う必要も無いと思い、
懲りもせず近所の歯科医院を探して行く事にしましたが、

馬鹿げた年月と信じた病院・医師や其の自分、
腹立たしくも在りますが此れも人生と云う事です。

信じればこそ、が其の原因ですから、
信じないと云う事も其の過ちを避ける方法かも知れません。

此の大阪歯科大には眼科も耳鼻咽喉科も内科も在りまして、
殆どは内科に通ったと云う事ですが、待ち時間がゼロに等しく、

遠く市外電車で通う理由は此処に在るのですが、
保険書の切り替えで二十数年の実績?は何の役にも立たないのなら、
近くの医院を探してもと信じる事への虚しさを感じています。

今現在の世の中、社会、世間は此の程度のものと、
昔は頼み事や売買付き合いは其の事ではなく、

相手の人が主眼で信じる事で其の人が商う商品を買うのであって、
其の人を信じ其の人が扱う商品も信じると云う事ですが、

自分の信じる人の中から売買も付き合いも在ったと云う事ですが、
今現在では友達や知り合いは自分の利益の為に存在するが如きで、

何一つ信じられる事は無く寧ろ、注意して付き合う必要が、
在るかも知れませんが友人・知人は自分の為に、
騙されて呉れる人と定義出来るのかも知れません。

友達ほど危ないのかも知れないと言う世の中と言えますが、
善悪のけじめが無いとしたら不幸な世の中では在ります。

プラトンの著書、友人友情は遠い昔話。
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人は何処へ

2014年03月21日 | 時事寸言
ソ連時代の領土迄で拡張をと思って居るのかも知れないと、
周辺国では危険を感じてかと思いますが小国は戦々恐々。

少し油断の成らない時期の到来かも知れません。

人は悪に生まれ着きますが正義・倫理を学んだだけ、
身に着けただけが善へと向かいます。

プラトンやソクラテスに習う事無く正しさは理解出来ず、
従って、地球上の人の社会は悪に満ち満ちています。

世界的に自転車は悪への乗り物と思えますが、
自動車との事故は死者を増やして居る様です。

自転車が悪い訳ではなく其れを使う人の質が其れをさせる様で、
違反走行は大真面目な顔で真剣?に走っていますが恐ろしい事です。

何故なら、其の質が社会を動かせるからですが、
良心の呵責と言う言葉が在りましたが、
此の人達には無縁の言葉の様ですし其れも時代の社会ゆえ。

悪を承知で実行出来る其の本性を疑いますが其の必要も無いのかも、
其処でクリミア問題に戻りますがロシア国民は大喜びで、

迷惑はウクライナの人達、周辺国では何時、国名が変わるか、
解らない状態が続く事に成りますが自由主義諸国では無い事柄。

中国・ロシアと宗教国は少し違う範疇に在り、
国家間の会話も対話も出来ない状態と思えます。

ユーラシア大陸は宗教の派閥争いや権力剥き出しの争いで、
人も物も破壊の対象ですが此処へロシアが加わる事で、
尚、一層の混乱は必至です。

チボー家の人々で観た社会主義とロシア革命は印象的ですが、
文化破壊が行き亘る描写を思い出せます。

人が人を統べて行われる欲望の全ては止どめ様も無く、
政治形態や国家形態が移り行く必然の状態を観る思いがします。

人の社会にも人以外で社会の崩壊を増徴させる人以外の動物や、
人の身体の崩壊で社会貢献の出来ない人を増産して、

一方は悪が、一方も身体的障害が人の社会を終焉に導く様ですが、
人自身がソクラテスに習い善や正義に回帰する事で、

人の社会を浄化出来ますが其の様な気配も無い処から、
期待も出来ない状況と言えます。

人は何処へ向かうのでしょうか。
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Violin

2014年03月20日 | 時事寸言
楽器としてのバイオリンですが、
長い年月を人に愛されて音楽の為の道具と思えます。

全てを自然の素材で出来た楽器ですがアリストテレスが云う、
自然物と自然物を打ち当てる時其処に自然音が在ると云います。

ビオール属の楽器はアダムとイブの時代まで遡及して、
人の声を似せて作られたと言いますが、

音律音階でも人の喉は無段階の音階も可能ですし、
地球上のどの楽器とも協演可能と思われます。

呼吸に依って音声と成る表現は自然で自由と言えますが、
腕や手に依って弓を介しての音声は難しいと言う事です。

其処には古くからの奏法や流派と言うのでしょうか、
弓の持ち方に依って音も違えば方式も違うと云う事で、

伝統と学閥と成っての現在ですが其のどれを執っても、
バイオリン演奏に変わりは無いと思われます。

其の人に依って運命と言うのでしょうか、
出会った教師と其の奏法で違いが出て仕舞いますが、

いずれにしても音学として考える時、
音質に違いが在るとしても其れ成りの手法と云う事ですし、

気にする必要は殊更無いと言えますが、
時代や環境に影響されてと云う事も在り、出来ると
表現上に影響在るかも知れません。

自分に自作自演の能力が無い為、バロック時代の作曲家の作品を、
演奏や練習に使わせて戴く訳ですが感謝と尊敬を、
極力理解と再現に勤め感謝しなければ成りません。

其の上での表現は演奏と言う形に於いて礼を失せず、
完璧な再現を試みる事への表現ですから、

再現出来たと言う表現の喜びは筆舌に出来る訳も在りませんが、
其の曲が若し無ければ再現も演奏も又、楽器の存在も無に等しく、
多くに人の手で再現が理解出来るまで相当な時間を要すると思います。

何かを自分がしていると思う時、其の意義は失われますが、
其れを気付く事無く過ごす自分を打ち忘れ知らないとしたら、

人として恥ずかしい事ですが其れも気付かないとしたら、
云う事場もありません。

よく、自分の言葉でと聞き、云いますが、
自分の言葉など在る訳も無く、全て古来からの借り物で、

使わせて頂く言葉は在ってもオリジナルの言葉など在る訳も無く、
と、或る若い人に話した事も在りますが、思い上がった自分が、

其処に在るだけで恥ずかしい事だけが身に滲みますが、
気付けば其処に自分が在ると思い知ります。

何事も自分で出来ている様で出来て居ないと知る時、
其処に無知な自分を見出して学問しなければと思います。

学ぶ事も、問う事も自でしなければ誰も代わりにはして呉れませんが、
其れを待つ事は無に等しく何も始まる事は在りません。

楽器としてのバイオリンもストラドも普及品も、
同じく何もして呉れないとしたら努力を重ねる他在りません。

自分の今を知るのは難しい事かも知れません。

然し、観得る筈ですが、
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音学と奏法

2014年03月19日 | 時事寸言
ウクライナのクリミアはロシアに併合され欧米は経済制裁。

BS放送での僅かなニュース放送は日本ですが、
他方、お気楽放送で賑わっています。

其れ何、程度の事の様にも見えて日本の報道関係。

北海道は北方領土から16Kとか?樺太からも、
危なそうにも思えますが大丈夫でしょうか。

近隣の共産主義国では何かと忙しそうで結構です。

バロック時代の音楽ではロマン派以後の現代奏法ですが、
技術的には最高水準で結構ですが作者は如何思うのでしょうか。

バイオリンも久しく彈く事は無く成りましたが、
音学での表現に意義を失うと其の気も無く成ると云う事で、
表現には変わりは在りませんが億劫です。

カール・フレッシュに依る五番目の奏法は、
ロシアでもなく、フランスでもない伝統的な奏法では無く、

又、旧ドイツ式でも無い為、極希少と云う事ですが、
バイオリニストのバイブルとして座右の書としても有名ですが、

何故か此の奏法をする演奏者に巡り合う事は皆無ですが、
著書は版を重ねている様で価格も高価と思われます。

物事の道理から観て非の打ち所が無い奏法ですが、
此の奏法をする演奏者を観掛けないと言う事は、

誰も試みる事無く打ち過ぎた年月と云う事ですし、
例えば、弓の棒はバネの為、矯められて付けた歪曲ですが、

弓を張る事で其の効果は損ないますが、
パンパンに張って迫力が出ると御満悦の奏者は多く存在し、

カール・フレッシュ奏法では弓を最小限の張りでと云い、
其のバネ 力を尊重しますし毛幅も全幅を使います。

勿論、ピアニッシモでは従来通り45度傾けて使用しますが、
理に適った否定し難い事と思います。

又、松脂は必須の物質ですが此れも最小限の使用です。

音が引っ掻き音で汚いのですが従来からの習慣は、
松脂過多で慣れていますし寧ろ其の汚さがバイオリン音と?、

錯覚してか省みる事は無かったのですが、
此の松脂を極力付けないと云う事に恐怖すら感じると云う、
事も事実かも知れません。

此の様に合理的な要素は身体の関節や腱等に配慮されていて、
全てと言うほどバイオリン音学に必要不可欠な事柄を考慮して、

其の奏法は在るのですが学閥や伝統と言う事から、
試みる事も無い様に思われて成りません。

私はフランス・ベルギー派と言われる奏法で習得できましたが、
カール・フレッシュ氏の著書に依る奏法に転向しての教室では、

生徒に全て説明して将来、他者に奏法の間違いを指摘されるが、
其の時、説明出来るかどうかを確かめての指導は、

結果に於いて従来型の奏法に習い直す結果と成り、
現在は唯の一人もカール・フレッシュ奏法をする人は在りません。

此の様な結果は現在練習や演奏に嫌気が差すと云う事ですが、
其れと此れとは別の話でも在ると思いながら楽器を持ちません。

映像表現や文章表現で表現意欲は満足ですし音学部門の、
表現は演奏しなくても形而上での思索や考察でも善くと思い、

思い出されるのはソクラテスの言葉で、
音学は学問の最上位に在り、唯一、霊魂のよろこぶ学問で在る。

形而上に描かれ響く其の音は姿も形も無いのですが、
其処には哲学的と言うのでしょうか、

真知思索の状態は何ものにも変え難く、
至福の時と言えますが思索考察は其れ其のもので、
ソクラテスに肖る其の時間は全てを忘れて在る時です。

表現とか再現とかは其処への参加と共感ですが、
作者や作品の再現が目的なら感謝と尊敬の念を持ち、

個人の意思で解釈改変を慎み再現する事が肝要ですが、
勝手な解釈と表現は作者への冒涜と思えますが、

自他のけじめの無い場合は時代に即した演奏習慣も無く、
私物化しての演奏用作品に過ぎなく扱いは、

無礼と言う事ですが其の事すらも自覚が無いとしたら、
勿論、自作自演も無理と思えますが、

現今、殆どは自分が演奏の為の作品でしかなく、
作者の知らない演奏状態を何と思うのでしょうか。

其の事すらも考えた事が無い演奏者を何と評価するのでしょうか。

他国を自国に力で編入するとしたら、
相手無視の強盗行為と思えて成りません。

大が小を食む事は自然の摂理と思えますが、
人が真知に接する時、補われるとしたら、

稀有の事かも知れません。
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平和か正義

2014年03月18日 | 時事寸言
編入されたウクライナ・クリミアですが、
此の手法は全世界に言える事です。

人の欲望は際限が無く在る上にも欲しいと言う事ですが、
人も国も全てを欲しがる者と思えます。

ユーラシア大陸上での覇権は過去数々在る様ですが、
制覇出来た国はないと思うのですが新しくはイギリスも、
日本も未完でしたがアメリカも又、同じでしよう。

人が国家が其の欲望を捨てない限り止む事は在りませんが、
ロシアは捨てきれないのかも知れません。

一応他国の土地に自国民が其の60%を超えて住み着き、
其の国民を守ると云う名目は独自の論法。

国連問題も何時の場合も拒否権の行使で何も進まない事も在り、
シリアの人の悲劇も樽爆弾は非人道的ですが、
ロシアの庇護と思えて成りません。

欧米、アメリカでは平和的大統領で良いのですが、
中国やロシアの見縊りは度を越した感も有り、
正義、正しさに決断される事を願いますが無理かも知れません。

其の結果としての中国・ロシアの非道無法は過激の一途ですが、
其の苛立ちも平和と置き換える時、

人道的と言えるかも知れませんが正義や正しさに於いては、
困った事と思われます。

世界的地球上のリーダー国は暫時、共産主義に移行し、
殆どは以降終了と言えそうですが、

其の次も見え隠れして喜憂は宗教主義国に観得て、
人の社会も人、自分の手で終焉を招きそうです。

此れが人の本性かも。
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PCと鬼笑

2014年03月17日 | 時事寸言
Win8.1からの脱出は大変な労力と根気で一応段落ですが、
パーテーション操作不能の状態のLEXAR64GmUSBメモリーは、

I・Oデータサイトでホーマットソフトをダウンロードして、
ホーマットしたら呆気無く解消出来ましたが、
MSでの質問にスタッフの方が示してくれた事のヒントでした。

大変有難い事でインターネットの恩恵の一つと言えます。

バックアップやsysイメージの作成は其の威力を発揮します。

Win8.1は画面も鮮明で動きは軽く良いのですが、
タッチパネルでないPCでは効果は半減するのかも解りません。

タップとクリックの違いも経験しましたが興味は在りませんし、
昔は何でもコマンド操作、もぅ、忘れて仕舞ましたが、

出て来ないコマンドや扱いも過去のものと成り、
ブラックボックス化した便利さは危険な状態と言えます。

外付けHDDの使用も2Tで余裕が在ると言う事ですが、
BSDやリナックスインストールして見たく成りますが、

マックはマックII以来買わないと決めたので、
マック以外をインストールしても良いなと思っていますが、
何もワザワザとも思い思案しています。

PCも殆どブログ用途と調べ物ですが、
MIDI-FILEの作成や作曲と打ち込みも必然ではなく、
教室も閉め他人と合う事も無く成った現在では、

メールも何処かの広告ばかりで不要ですが、
メールのやり取りも無く只管文字表現と言えば其れ迄で、

ブログ用コラムの日替り投稿記事の作成だけで、
PCスペックも気にし無く成りましたが幾つか在る自作PC も、

埃りかぶりと言う状態で興味は殆ど無いのですが、
PCも無いと困りますしWin9を期待するのでしょうか。

鬼が笑うかも知れませんね。
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