八面山だより

八面山 神護寺からのお知らせ&日常

一度思いを伝えて

2018-03-01 07:42:18 | 日記
『どうしょ?いってもムダだし。私が我慢さえすればいい。』

このようにお考えの方は結構あとになってからどうにもならず。

『もうどうしても…。』

となる。

最初が肝心!!

何事も。


普通や常識は皆違う。だからと言って解り合えないわけではない。

それは語り合うことから始まるのだと私は思う。


誰とでも本音で向かえ合えればベストですが大人は難しいですよね。

なので大切な存在になるかも?
大好きな人ずーっと一緒にいたい人?
家族になるかも?

な方には。当たり障りのないことばかりでなく自分の大切に思ってる考えや宗教やポリシーを語ってみてはどうでしょう?

『早く言えば良かったか。案外わかってくれてた。』

と言ったことはあります。

ダメなときは又話し合いながらお互いが歩みよればいい。

それでもダメなら又かんがえる。

それをせずに嫌われたくないからー。
とヘラヘラニコニコしててもダメなんです。

なんだか最近思います。

面倒なことは嫌だ!当たり障りなく生きる。

ってのが楽なようであとが大変。

『何でも、簡単にしょうやー。略式略式!!』

と形式ばった歴史的風習がなくなりつつありますが私はこの風習こそが大切なのではないかなあ?

と思います。

季節の地元の行事や祀り事。

『田舎には年寄りしかおらんけん。寺も神社も大変で~。私は御恩忌には帰るけどお宮の祭りまでは帰れんけんなあ。アンタ、婆さんしか残ってないんで~。家も朽ちてる空き家が多いで~。』

と耶馬溪の奥の奥の方ですがこの方は市内の方へ移住されてます。

『あんた達お金かかるから法事は帰らんでいいよー。』これは親心としてはわかるのですが、もっと先を見てください。

若い人もご先祖様あっての今なのです。

家族で遊びにいくお金はあるのに実家に帰れない。

なんだかなあ~。

と私は思います。

先祖を大切にする家族は親も大切にしてます。

形式ばかりではダメですよー。


『先祖や神様を大切にする心は育った環境によるから言えんので~。』

ではなく。

『私が小さな時にはね~。』

と押し付けずにはなしてはどうですか?

無心論者の方や無宗教の方は自分の意見や思いをそのときに伝えてみては?

人それぞれ思いは違えど思いを口から出さないと何も伝わらない。

伝えずに文句ばかりじゃダメなんです。

絶対にしちゃあダメなのが『私はこんな人間やから変われんし変わらん!』
との宣言はしないでくださいよー。

すべて台無し。
一方通行!絶対にダメー。

相手の意見をわかるまで聞くことが一番の条件です。


『はか?何処にあるん?しらん?』

なんて笑い話でなくて多いんですよ。


先祖は我らの根本なり。


先祖を知り自分をしる。

『先祖供養なくして栄える道理なし。』

と言われますが。

本当にそうだなあー。

三月になりました。
お彼岸の季節です。

その前に一歩前へ。