50代脱出♀、ただいまノンビリとダイエット中

健康のために、自分のために、ダイエット、ダイエット

ポケモンGO~北関東いっぱい~

2016年07月30日 14時03分14秒 | PC、iPhone、iPadなど
ポケモンGOだけど、北関東には本当にいっぱいいたなぁ。

2泊3日、慣れないダンナの実家に寝ているだけで、1晩に5,6匹。

動いている訳ではなく、ただ布団で寝ているだけでね。

葬儀に参列した小学生の男の子が、ここはすごいいっぱいいる、と興奮していたらしい(笑)

昨日日本橋周辺から有楽町、銀座まで歩いたが、そこの周辺はまあまあすごいね。

いいおばさんだから、歩きポケモンはいっさいしませんでしたよ。

オフィス街なので、自転車もいなくて、歩きやすいし、快適でした。

今度は義父

2016年07月30日 13時39分33秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
義父が急死

ダンナが急きょ、北関東の実家に帰省
その後、お通夜、告別式と今週は忙しかった。

こんなことは言いたくないが、まったく風習の違いは面倒だ。
東京が近頃は簡素化しているから、余計にそう感じる。
今年1月に亡くなった私の父の時は1日葬儀。
ダンナはそれが良いと思ったので、今回の自分の父親も家族葬だし、母親と相談してそれで良いと思い、予てから登録してある互助会にそう言った。
ところが、「お寺さんが良い顔をしない」とかなんたらかんたらで、結局家族葬で通夜、告別式となった。
大変なのが参列者
地元在住者はほとんどいない。
近くて隣の県、ダンナのいとこなどは全員都内在住で、通夜も告別式も平日の為、彼らは休暇を取り、すでに親がいないのでホテル宿泊を余儀なくされた。

おまけに通夜に渡す品物のセンスのないこと、ったら呆れた。
マズイクッキー。
最大の悪は冗談じゃないくらいの失敗だ。

なんと、葬儀会場入口に掲示される名前
これをなんと、なんと、亡くなった義父の名前ではなく、喪主であるうちのダンナの名前を掲示する始末。
参列するいとこが気が付いて、すぐに文句を言ってくれたが、そっこく謝りに来ただけ。
お詫びの品がある訳じゃなく、料金の割引がある訳でもない。

いとこが文句を言ってくれたが、なんかね・・・・・
ムカついた。

ジョーダンじゃない失敗と、センスのないお返し。
そのうちあるであろう、義母の葬儀の際には、私が主張するぞ。

今回は私はほぼ全面的に無視されているので、口は出さないし、お金もださない。
義母は私のことは、好きではないらしい、まあ嫌いってことでもないけれどもね
結婚後から、そんな風に感じている。
一人息子だし、親孝行の息子らしいから、息子さえいれば良いのだろう。
私も嫌いじゃないが、好きではない。
だから無視を決め込むことにした。
特に今回の件についてはなんか、イラってしたことがあったので、これからはダンナに任せることにした。
適当に優しい言葉でもかけておけばヨシ、ってことで。

義父の死因は虚血性心疾患
新聞紙の束を資源ごみの置き場に車で捨てに行った。
84才の身には新聞紙の束は重くてわずか2,30メートルだが、車で運んで捨てた
(ちなみに大きな敷地の中に賃貸住宅がならんでいるので、一般道には出ない)
そして普通に戻ってきて、車を止め、エンジンを切り、ドアロックを外し、そして急死

死に方としては申し分ないだろう。
痛みも苦しみも全くなかったとのこと。
よく、本当に良く義母の姉妹のために車を運転したり、色々とやってくれた義父。
さて、あとは義母だ・・・・・

まあそんなに長くはないだろう。
ダンナにはそんなこと言えないけれども、、、、

流行の波には、とりあえず

2016年07月22日 22時50分46秒 | PC、iPhone、iPadなど
POKEMON GOをとりあえず、

ダウンロードしてみた。

まったく興味なんてなかったけれども、ニュースとかでこう騒がれるとね・・・・・

任天堂の株価もストップ高までなっちゃうし・・・

一応、流行の波には乗りたい性分なもので、多分サービスというか、ダウンロードされてアクセスしたら必ずその場所に現れるように設定されているのか、

1匹捕まえたような・・・・・

「ような」っていうのは、画面が固まっちゃって先に進まなくなってしまったから分からないのだ。

でも再度立ち上げたら、「ゲットしたね」っていうようなことセリフがあったので・・・・・つかめたのかも。

まっ、子供じゃないんだし、そこまで夢中にはなれないし、節度っていうものはしっかりと持っているつもりです。

涼しい中で、亡き人を思う

2016年07月22日 22時40分19秒 | 父や母のこと
昨日は、毎度毎度の御徒町の多慶屋へ。
毎回思う。
今年1月に亡くなった父は、母の死後、ひとりでここでの買い物は寂しかったのだろう、と。
母の生きていたころも多慶屋への買い物は父の役目だったけれども、母がいるのといないのとでは、気持ちのあり方もきっと違っていたはず。

いつまで多慶屋へ来るたびに、私はこんな気持ちになってしまうのだろうか。

もう1つ。
人間ではないが、わんこ1号を思う。
多慶屋でしか売っていない「お魚屋さん、おじゃこ」というペットおやつ。
わんこ1号、これが大好きで、私が毎回少し小さめにハサミで切るのだが、いつも待ち切れずに、1号は和室に座っている私のひざの上に前脚をのせて、スキあらばつまみ食いをしようとするのだ。
このおやつを今日もハサミで切りながら、涙にぬれた。

毎日、わんこ1号の骨壺に大好きなビスカルシニアやこのおじゃこを供える。
5歳くらいの1号の写真を前に「この写真の頃のままで戻ってきなよ!」と言っている。
亡くなった1カ月前よりも、今の方がもしかしたら悲しいかも・・・・・

東京はメチャクチャ涼しいです。
「梅雨寒」っていうのかしら。
毎日曇りや雨続きで洗濯がなかなか・・・・・

カナシミと洗濯ものがたまるばかりなり。

退院から5年経過

2016年07月17日 22時52分33秒 | ちょっと病について
5年前の7月16日土曜日に私は退院した。
その時点では、手術後の治療、抗がん剤治療が必要かどうか判明していなかった。
病理検査が立て込んでいて結果が判明していなかったからだった。
もし抗がん剤治療が必要ならば、そのまま入院のままで始めることになっていたが、なかなか結果が出なかったので、私自ら「退院したい」と申し出たのだった。
結局、後で外来でそれ以上の治療の必要はないと判明して、保険会社に出す診断書を受け取った。

そんな状態で退院したが、結局、病理で転移はないと初期の上皮内ガンであるけれども、分からないもんで、2年半後には再発!という結果だった(笑)
2年半後に再発だったが、それはあくまでも「再発」と医学的に診断されたのが、その時期だったということ。
何度も書いたが、それより1年前から症状は実際にあった訳で、しかしなかなか検査的に引っかからなかったに過ぎない。
つまりその1年前から「嫌な予感」はあったのだ。

そんなこんなで、2度の放射線治療を行い、今のいたっている。
今は、本当になんの不安もない体調だ。
病気については、自分が一番わかるというのは、このことだ。

そんな今の健康を祝ってということではないけれども、昨日の土曜日は親しい友人と3人で夜のゴハン会。
遠慮なく、文句を言い、意見をし、心配し、笑いあえるそんな友達。
心から、楽しめるごはん会だった。

ガン手術から5年、放射線治療から2年3カ月。
今の自分の心配は、ただ1つ、ダイエット!!

ごはん会前には彼女たち2人のセールに付き合った。
そこで、またため息(心の中で)
「太った」と言いながら、標準体型の1人、試着した服は店員が言う「これが一番小さいサイズなんですよぉ」(笑)
ためらいなく、服を見て、試着している彼女たちに付き合いながら、私は「次は私だって一緒に洋服を選んじゃうゾ!!」とひそかに思った。

と、そんな風に過去、何十回、何百回決心したことか。。。。

笑うね、私!!

そして反省ね、私!