ガッツ藤本(藤本正人)のきょうのつぶやき

活動日記ほど堅くなく、日々の思いをつぶやきます

『異端の時代』 森本あんり 著  を読む

2019-02-27 13:08:09 | 本・映画など

 
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ポピュリズムが蔓延している ○○の無償化、○○還元、・・・・・○○納税だって今や、きっとその一種だと思う。

「○○落ちた 日本 死ね!」 なんて言葉がSNSやマスコミで取り上げられ、

野党の国会議員も便乗して、それをプラカードに掲げて焦点化する。

怒涛のように意見が押し寄せ、ネット上では炎上し、政府もそれに一矢も報いず、ひとたまりもなく追随する。

その場しのぎの施策の安売りが、蔓延しているようでならない。ポピュリズムの氾濫 と表現すべきか。

いずれにしてもこういう傾向は 右に左に世論の動きが激化して 危ない時代へと突入していくのだと感じる。

マスコミやネットで公開され共有された情報も、実はあらかじめふるいにかけられているのであって、

自己決定の主体であるはずの人々は、かくして、操作される群衆となる。

そうやって、瞬く間に「空気」が出来上がっていく。


ヒットラーが社会民主党として登場し、時の政権を攻撃し、国民投票がそれを何度も支持していって 戦争に突入していったこと、

日本でもまた、大衆運動とマスコミが一体化して 政治家が沈黙して戦争への道を(自らの意志ではないのに)進まざるを得なくなっていくのと 

なんとなく似ているような気がしてならない。

言論の自由 表現の自由 というが その言論を駆使する政治家の言葉こそ 最近は、一部を切り取られ つねに攻撃の的 になっている。

そうなれば,PC(政治的に正しい)に終始する言葉しか発言はされなくなって、

政治家が、そして結果的に 日本の政治がきっと矮小化していくのだとも危惧している。
(日本政治の欠点は、空気が決めることと、それを打ち破る勇気の欠如ではないか、と思うのだが・・・)

みんながスマホを持ち、日本人が、一億総芸能記者化(記者化とは言わない)している。

「発言には気を付けろ。どこで録音されているかわからないぞ。」

これが昨今の政治家共通の戒めである。 でも、こんなことでよいのだろうか?!

そう思うのである。
 
ここから本の内容

「正統の曖昧化 権力の終焉

移動と情報の自由を得て、様々な障壁がなくなり、極端にリベラル化した民主社会は

批判の矢を容易につがえさせ、今まで良しとされてきたこと(風土、慣習、国柄など)を攻撃し、

それらの正統は弱体化し、世の中に正統なもの、ことがなくなっていく。

正統が弱体化してしまうことで、異端もまた異端たりえなくなっている。」

権力や権威への批判は、(反知性主義ともいわれるそうだが)現代の様相は単なる批判主義、「うっぷん晴らし」にしかなっておらず、

じゃあそのあとどうしたらよいのか、と、正統を担えるのか、というとそうでもない。

ただし、日本人は世界の人々と違って、もともと異端好きの面が強いのだそうな。

判官びいき、浜幸や小泉さん好き なのもそうかもしれませんね。

以上 昨年の10月4日 にかいた文章でした。

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