ガッツ藤本(藤本正人)のきょうのつぶやき

活動日記ほど堅くなく、日々の思いをつぶやきます

『木のいのち 木のこころ』天・地・人 、『娯楽する郊外』 、『「あの世」と「この世」のあいだ たましいのふるさとを探して』

2019-05-06 16:17:36 | 本・映画など

まず、

『木のいのち 木のこころ』 天・地・人
天 西岡常一 著 地 小川三夫 著 人 塩野米松 著 



宮大工棟梁 西岡常一 その弟子 棟梁小川三夫 そして、小川の作った宮大工集団 鵤(いかるが)工舎に集まった弟子たち 

この3冊は、それぞれに取材して書かれたもの。

法隆寺宮大工の口伝(くでん)が、大切なことを言い当てていた。
法隆寺の木は、2000年の樹齢を持つもの。そして、建てられてのち2000年保つもの。 だから、人はその長さを想像して、木を扱い、木を生かして建立しなければならない。
木には癖があって、その癖を生かして、何処に使うか決めていかねばならない。そうすれば木も生きる。
木も人間も同じ。 右にねじれた木は左にねじれた木と合わせて組んで生かしていく。
大工になるには、頭や口でなく、体と手で覚えていくもの。そのためにはじっくりその人の持つ速さで仕事を覚えていくことが肝腎。
宮大工は悠久に残る寺社仏閣を造るゆえに、工期を急いだり、予算を気にして適当に済ますような建て方はしない。
ゆえに、時間をしっかり使いこなす。
師も弟子に教える必要はない。 教育はみんな一緒に、とかく型にはめ、教える側のペースで学びを進ませる。
それでは身につかない。 教える側が教えるのでなく、学ぶ側が習って学び、身に付ける。どんな人でもじっくりやって行けばそれなりに物になる。

学校教育の残念なところを言い当てられている。 新所沢幼稚園で園児たちがみんな小学生以上の素晴らしい絵を書いているので、なんでこんな絵がかけるのか、と先生に聞いた時、急がさないこと、描き終わるまで時間を保証すること、と言われていたのを思い出す。
徒弟制度の良い部分は、どんな人でもそれなりに成っていく、ということなのだろう。 それこそが個性の尊重である。

次に、 『娯楽する郊外』 三浦展 著



まだ、郊外にある都市が江戸と乗り物で結ばれていなかった頃、それそれの都市は、それぞれの特色をもち、働く人に溢れ、夢と野心に溢れ、
それぞれに娯楽性を持っていた。

いつしか、車や電車ができ東京に吸い込まれて、住むだけの都市と化してしまったが、歴史を見れば文化があり、誇りをと取り戻すことができる。

所沢にも歌舞伎座があり、映画館があり、料亭があって、芸者がいた。

東京近郊の都市をその歴史から紐解き、地図を読んで、まちの栄枯盛衰とそこに現れた人間らしさを紹介していく本。

いまは、清潔でせいせいしていて冷たい そんな街に堕していないか?! 排除の論理で動いていないか!? そんな反省を持った。

そして、

『「あの世」と「この世」のあいだ たましいのふるさとを探して』 谷川ゆに 著

 

現代でも、私たちは桜の散るのをみて切なくなり、秋の夕暮れに寂しさを感じ、おさなごの笑顔を見て心和ます。

亡くなった人が自分を守ってくれているとなんとなく感じている。

昔、私たちは今よりずっと自然の一部であり、自然や動植物と繋がって生きてきた。

また、亡くなった人々とも繋がって生きてきた。

この世とあの世の境界地ともいえる各所を訪ね、人に取材し、次第に著者は想いを抱く。

現代を生きる私たちにも、その感覚は古層として残っているのだ、と。

子どもの頃、草木と話したり、犬と友達になったりしたように。

私もこの本を読んで、幼かった時、親の膝の上で抱かれて守られていた感覚、懐かしいあの感覚を久々に思い出した。





 

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