ぼちぼちいこか。一緒に歩こう!

LDとアスペルガーのボーダーの息子と共に歩いている母の日記

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釣られたのかな?私!!

2012年04月30日 | 仕事のこと
今度の職場は、ある出会いから始まったんだ。それも不思議なご縁だったとつくづく思う
小学校の読み聞かせをしていた時、父兄ではなく通学区でもない一般の方が参加してくれることになった
どんな人だろうとワクワクしていたら、もうすぐ還暦というのにとてもかわいらしい方で
読み聞かせを地域の人にも参加して欲しいって聞いて、来ちゃった!!とにこって笑う顔が印象的だった。
一緒に活動していると、子供へのまなざしのやさしさ、心のゆとりが全然違う!
親の視点で見てしまう私たち父兄には到底及ばない、
すごく興味があって、その方と一緒に読み聞かせをするのが楽しみになった。
終わった後の感想や私たちへのアドバイスも、こんな時なんて言うんだろうとワクワクしながら聞いていた
いつもほわっと温かい、そして、子供みたいなところもある不思議な人

私も仕事が忙しく、ほとんど読み聞かせに行かなくなって、その方の事も忘れてしまっていた
そんなある日、その方から電話。
自分の家族のケアマネをお願いしたいと・・・。
意外な依頼で、戸惑ったけれど、本当に困っているようなので、そしてまた関わる事ができるってことが
何だか嬉しくて、引き受けちゃった!

その家族の方が利用していたのが、転職先のデイ。
小さなデイで、この方の担当にならなければ知ることのなかったデイだと思う。
民家を利用しているこのデイに、始めて訪問した時の不思議な温かさ、何でだろう?
玄関に入った時から、「あ~ここいい!!」って思った感覚を今も覚えている。

利用者さんとこのデイ、いろいろな事があった。
でも、どんな時もこのデイの対処の仕方には、利用者が中心にいたと思う。
本当なら、施設の都合だって言いたくなるだろうに・・・

去年転職を考えた時、実は読み聞かせをしていたその方が仲介になってくれていた。
迷っている時も、相談させてもらっていたし、
転職を決心した時も、報告しいろいろアドバイスをもらっていた。
この前始めてゆっくり話す機会があって、
その方の今までの半生を(結構思い立ったら吉日の人で面白い経験をいっぱいしている)聞かせてもらった
思っていた以上に一直線で、失敗を恐れず、
でも、人との出会いを大切に、ここぞと思う人は自分から釣りに行く!!タイプだった!

へぇ~なんて聞いていたけど、はっとして!もしかして私も釣られたの?って聞いたら
「へへへぇ~そうかも!」だって!
そうか~私釣られたんだ~
まっそれもいいか、きっと出会いから全てご縁だったのね。
この人が私の水先案内人だったのか~
面白くなりそう!!
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送りだすさびしさと勇気

2012年04月29日 | 日記
また、羽生選手の話ですいません。
最近来季のコーチがあの、オーサーになると知ってちょっとショック
きっと、いろんな事を考えて決断したと思うし
前に進むために、時に思い切って動く事も大事でしょう

なんて、大きなお世話なんだけど、と思いながら
『kissing you』を聴いていたら
なんか、この曲は今の奈々美コーチに思えて・・・

世界と戦うために育ててきた子に選んだこの曲は
本当に今の羽生選手そのもので、
個人的に、あのフリーは『ロミオとジュリエット』ではなく
『羽生結弦、17歳』っていう短編映画として観ていたんだ。
今の羽生結弦をストレートに表現している
演技が始まる前の緊張した表情と
終わった後の、素の自分に戻っていく姿も
泣いている奈々美コーチと抱き合うシーンも
全てひっくるめて
『羽生結弦、17歳』って感じだった
ロミオは羽生選手自身で、ジュリエットは奈々美コーチだったのか~
と、このコーチ交替のニュースを聞いてから思うようになった
絵になってたな~

今、奈々美コーチはどんな気持ちなんだろうと思うと、
この曲が重なる、歌詞も重なる
きっと、すごいさびしさに耐えているんだろうな
奈々美コーチにとって、羽生選手を育てたこの数年は宝物に違いない
今、その事を感じながら、それでもその宝を送り出すその勇気
本物のコーチだと思った。

勝手な想像ばかりなんだけど
巣立つ時ってあるし、大きく環境を変えなきゃいけない時がある
その時、送りだす側のさびしさを
今日はすごく想ってしまった。

私のケアマネの母も
私の退職の決心を聞いて言ってくれた。
「(私と同期の)二人と一緒に働いた6年は宝物だよ」と。
今、すごくその言葉の価値が分かり、そしてそのさびしさを感じ
泣けて泣けて仕方なかった。
もう一度戻りたい、戻れないならもう一度一緒に働きたい
本当に、私にとってもこの6年は宝物だったんだ

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いつもお騒がせの父!!

2012年04月28日 | 日記
母からの電話、父の事で相談があると言うその声で、嫌な予感
父いわく、
いろいろ動いていると、左の足の付け根になんかでっぱる感じがあるんだよ
自分で調べてみたんだけど、
押すと引っ込む感じがあるから、ソケイヘルニアなんじゃないかと思って
お前、どう思う?

おいおい、そんな事が電話口で聞いただけの、こんなナンチャッテナースの私に分かろうはずがない
まず病院行こうよ~と私
明日、かかりつけの医者に行き、そこで紹介状をもらい大腸がんの手術をした病院へ行こう
と言うことになった。
違和感を感じ始めたのはもう数日前と言うから、なんですぐ病院行かなかったの~?と怒ってしまった。
これが利用者さんなら絶対怒らないのに、両親となるとこんな感じいけません

その間、秘かに私がおびえたのは、大腸がんのリンパ節転移・・・
でも、押すと引っ込むかな~??ヘルニアだといい。
そう願いながらいろいろ調べて、やっぱりヘルニアっぽい!とほっとする
そう言えば、今回は自分でネットを使って調べたところがすごいだろって威張っていた父
進歩しておる
まあ、今思えば典型的なソケイヘルニアだったんだけど。

さて、そんな感じで受診に同行(ランチでつられた私
大腸がんの定期点検で撮った1月のCT画像があり、あっさりソケイヘルニアと診断
消化器外科の医師いわく
加齢により筋膜が緩んできていると思うが
大腸がんの手術により、筋膜の一部がかたくなって引っ張っれているのかもしれない
今、出ているのは腹膜、腸が出てくると嵌頓(かんとん)なのですぐ手術する必要がある
幸いと言っては変だが、大腸がんの手術でS字結腸と直腸の一部を切除しているので
大腸が嵌頓する可能性は低い。小腸が嵌頓する危険はあるが。
大腸が嵌頓すると、人工肛門をつけることもあるので、大変なことになる
今回症状があるの左だけ。でも、CTでは右もヘルニアになっている
今後症状が出てくるかもしれない。治療は手術しかない
手術に関しては、日常生活に支障がなければ急ぐことはない

まあ、そんな話を聞き、父は本題の、連休明けの旅行に行っていいか?
と恐る恐る聞いた。
先生、「いいんじゃないかな~。ちょっと出っ張ってきたら横になって押し込んで
あとは、押しても戻らなくて、すごく痛くなったら手術するしかないからね。」
ホッとして診察室を出る
今回の受診同行の役目は、先生の話を聞いて、「旅行に行っていいかを判断する」
だったと後から聞いたけど、ほとんど出番なし
まあ、良かった。
それより、秘かに心配していたリンパ節転移は全く話しにも上がらず良かった
父は、私がそんな事を心配していたなんて、これっぽっちも知らず、
旅行に行ける事を喜んでいる

そんな父を見ながら、運のいい人だと思う。
大腸がんも初期で見つかり、今回も、旅行前に症状が出て、まずは安心して出掛けられる
本人はこんな時に見つかるなんて!!って言ってたけど。
まずは、お騒がせなんだからと言えることが、有り難いこと。


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人に話すことで・・・

2012年04月26日 | 仕事のこと
もう担当ではないんだけど、どうしても気になる方がいて
入院中なのをいい事に面会に行ってしまった・・・
事情があって一度担当を離れたけど、また、担当することになった方
私が、新人ケアマネで、多分始めて一人で契約した方だ。
あの頃、頼りにならない新人を温かく見守ってもらっていたのだと思う。

私が再び担当した時、私の中では胃ろうの選択をする日が近いと思っていた。
だからこそ、早く環境を整えなければ・・・と焦る気持ちもあった。
でも、介護者の気持ちはまだ・・・
そうこうするうち、恐れていた誤嚥、誤嚥性肺炎による入院
そして、嚥下検査をして、その結果で栄養補給の選択をしていかないといけない
一番、辛い決断をするとき、私は退職してしまった。

もう、介護者とは長い付き合いなので、今、きっと話し相手が必要だと切実に思った。
今頭の中でぐるぐると、今後の事、安全と希望、親の思いと自分の思い、
(生きていて欲しいと思うことが自分のエゴであっても、生きていて欲しい・・・)
在宅で看ていきたい、どんなサービスを使うのか・・・
今、ケアマネが宙に浮いているので、相談できる人がいないのだ。
知識はあっても、きっと一人で抱えて悩んでいるはず。
そう思って、出しゃばっているのは承知で面会に。

病衣を着て横になっている姿が、とても小さくて、切なかった。
この方をずっと最後まで私が看ていきたいと思っていたし、そうできると思っていた。
今年に入って、戻って来たいと言われた時、「これで転職できなくなった」って思ったけど、
それでもやっぱり、私が最後までこの親子に付き合おう!!って思った、看取る日まで。
すごく大変なケースだけど、また、関われる事をホントに嬉しく思った。
まさか、こんな形で、ケアマネでなくなるとは想像もしていなかった。
いつも、何かある度、じっくり話してきた。
いつも、悩んで悩んで、どんな時でも可能性をあきらめずに探し、実行してきた。
自分の人生はいいの?身体は大丈夫なの?なんて心配しても、やり抜いてきた。
いっつも私はなにもできず、話を聞き一緒に走る、伴走者でしかなかった。

やはり、大きな選択を迫られ悩んでいた。
こんな時、一人で決断するのは、大変だろうと思う。
一通り話したあと、私ならどうする?と聞かれた。

ん~。
自分の親の事が一瞬浮かんだけど、違うな。
私自身は、高齢者で寝たきりになった方を無理やり生かすことに疑問を持っている。
でも、それは私の思い。
私が、ではなく、やはり本人と家族がどうしたいか・・・だよ。
何より、家族は『生きていて欲しい』と望んでいる。その為に自分の生活を全て介護に当てている。
「自然に看取ろう」とは言えない。

「胃ろうにしたいと思う気持ちが良く分かる。
今まで、胃ろうにならないように頑張ってきたし、その為に大変な努力をしてきたのは
生きていて欲しいから。
その気持ちが、良く分かるから、私も胃ろうにする事が、ご本人にとってもいい事なんだと思える。
それに、安定して自宅で看ていきたいのなら、その選択肢しかないのも事実。」
私の言葉に、うんうんとうなずき、「決心がついたよ」と言われた。

その後、自宅へ帰ってからのサービスについて話しあった。
それを自分が段取りできないのがはがゆく辛い。
心ある人達にサービスをして欲しい。
次のケアマネさんが、どんな提案をしてくるのかな~
でも、そこからは、任せるしかない。
もう簡単には、会えない。
これでお別れかもしれない・・・。
すごく後ろ髪ひかれながらお別れ。
『さよなら○○さん、会えた良かった』

でも、私の訪問を喜んでくれて、話すことで整理できて決心がついたと言ってくれた。
超おせっかいだけど、来て良かった・・・。
ここから先は、もう口は出せないけど、最後の日まで自宅で、いい形で看ていって欲しい。



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前を向いていこう!!って思うことが・・・

2012年04月26日 | 仕事のこと
退職して約10日程がたって、だんだん気持ちが変わってきていると気付いた
いろんな事がすごく過去の事になっている
まだまだ、依存している羽生結弦選手の「ロミオ」だけど、泣けなくなった~
もう、ほとんどを暗記している状態!後ろの冷めた外人さんたちが
最後には身動きせず見つめているのまで隅々チェックしているのに
なぜ、飽きないのだろう~??
今、「ロミオ」をみながら感じる事は、
どんな事が起こっても、起こった事はもう過去
今、この一瞬を精一杯やればいい

みたいな感じかな~

昔、カウンセリングの先生が言っていた言葉で
「大丈夫、大丈夫と言う人は、大丈夫じゃない」
て言うのがあった。
本当は大丈夫ではないのに、認める事ができない、無意識に認めない様にしている・・・
ともかく、そういう人が心配なのです、と。

「前を向こう」と思うこと自体、本当は前を向ける状態ではなかったんだなあと今、思う。
だから、意識して「前を・・・」と思っていたし、口にもしてきた。
普段、そんな言葉を使わないし、仕事でもゼッタイ使わないのに!

前を向き始めたらもう、前を向こうなんて思わなくなる・・・

今は、あんまり思わない。
多分、意識&無意識に過去を振り返らないようにしているんだと思う
もう、やることいっぱいあるし、宿題もある(全然やってない・・・)から考えないですむ。
人の心、気持ちをいつも推し量っている仕事なのに
自分の事となると

「前を向こう!」そう思うことで頑張れる人は頑張ればいいけど、できない人だっている
踏み出すまでに、時間がかかる人だっている
それでも、いいと思う。
いつか必ず、意識しなくたってそう思える日が来るから、
それまでは頑張れない自分を責めないでいて欲しい
生きて、周りに自分がまだ、なにも解決してないんだって、前を向けないんだって
悟られないように、普通に生活している事、笑ったりしている事、
それ自体がもう、ホントにすごいんだから
頑張んなくてもいいよ~、前向けなくたって、生きてるだけでも素晴らしい~
ぼちぼち行けば、いいんだよ~って。
そういうのだって、ありだよ~って、今、すんごく思う。

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