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ザウルスの法則

“暗号” 通貨 が正しい

2017-12-09 00:30:48 | 書評

“暗号” 通貨 が正しい

昨今、話題になっている “暗号通貨” と “仮想通貨” だが“暗号通貨” と呼ぶのがが正しい。

 

 

英語ではふつう 'cryptocurrency' “クリプトカレンシー” であり、“暗号通貨” がその訳語である。一方、“仮想通貨” の英語と言えば 'virtual currency' であるが、実際は英語ではほとんど 'cryptocurrency' “クリプトカレンシー” と呼ばれている。

 

 

しかし、日本では現在一般的に “仮想通貨” のほうがよく使われ、よく目にする。

わたしには、これが解せなかった。

なぜならば、 “仮想通貨” という言葉は、今話題になっている “ビットコイン” をはじめとする、暗号技術を応用した通貨を指すにはあまりにも漠然とし過ぎているからだ。

しかも、日本では “仮想” というと、“実体の無い” “信頼性の無い” というマイナスイメージすらある。お金に関して、“実体がない” のは致命的だ。

 

 

 

早い話が、あたかもお金のように使われるものは何でも “仮想通貨” と言えてしまうだろう。

 

 

商品券だって、スロットマシーンのコインだって、カジノのコインだって“お金代わり” という意味では “仮想通貨” だろう。 ちなみに “virtual”  “バーチャル”  とは、“実質上の” という意味であり、見た目はどうであれ、”実質的にはお金” というのが “仮想通貨” の本来の意味なのである。

 

 

 

となると、 “電子マネー” と呼ばれるものは、すべて “仮想通貨” と言えるだろう。スイカだって、アマゾン・コインだって、PayPal だって、いやそもそも クレジットカード が、実際の “お金の代わりに” 使われる、立派な ”仮想通貨” ではないだろうか?

 

現にあたかも “お金のように” 支払いが出来るではないか! “見かけ” はお金とは違っても、“実質” はお金のはたらきをしているではないか!

 

  

こう考えると、ビットコインのような、ブロックチェーンと暗号技術の上に構築された、原理的にまったく新しい通貨を、単に “仮想通貨” と呼ぶのがいかに “ユルい” かがわかるだろう。 

“水素自動車” を単に “自動車” と呼んでいるようなものだ。ガソリン車や電気自動車と区別せず、“自動車” と呼んでいるのと変わらないのだ。決して間違いではないが、詰めが甘いだろう。

  

呆れるほど “詰めの甘い”呼称なのだ。 日本人のユルい発想の典型を見るようだ。

 

“電子マネー” も、立派な “仮想通貨” なのである。

 

 

 

 

ブロックチェーンと暗号技術と非集中化システムといった、他の “仮想通貨” にはない革新的な特徴を持つ通貨を、他の諸々の電子マネーの類(たぐい)と区別して呼ぶには“暗号通貨” のほうが、ニュートラルで、より誤解や混乱が少ないと言える。

なぜならば、定義上、“仮想通貨” は無数にあるが、“暗号化” と “ブロックチェーン” を基礎としている通貨は “暗号通貨” 以外にはほとんどないからだ。

 

 

そもそも、この分野の先駆けとなった通貨である “ビットコイン” の正式名称が、
Cryptocurrency Bitcoin (暗号通貨ビットコイン) と表現されていたのである。だから、“暗号通貨” cryptocurrency という呼び名が世界で普及したのである。ごく自然な成り行きだ。ビットコインの開発者は、この通貨の本質的特徴を込めて Cryptocurrency Bitcoin  と命名したのである。常識的な発想だ。

 

 

 にもかかわらず、 日本では誤解からか、無理解からか、わざわざ “仮想” という、違う言葉を持ってきて、ひん曲げて、あいまいな訳語になってしまったのである。“暗号” よりもわかりやすいと考えた人間がいたのであろうが、その人間の理解の程度がわかるというものだ。 単なる “無知に媚びた「わかりやすさ」” なのだ。

 

“仮想通貨” と呼び続ける限り、論理的には諸々の電子マネーと同列のものに過ぎなくなってしまうのだ。

  

 

 

 また、ビットコインが最初に日本で知られたときに、単なる無知と先入観から 胡散臭そうな、いかがわしい印象 を持たれた可能性がある。そのために、“実体のない” “信頼性のない” という意味での “仮想” をわざわざもってきて、“仮想通貨” という、日本独自のマイナスイメージの呼び名が作られてしまった疑いがある。

どうして日本のマスコミは “cryptocurrency”  を素直に “暗号通貨” と訳さなかったのか?これについては、最後に再び触れる。

 

 

日本の新聞、テレビ、雑誌といったマスコミにおいてはすでに “仮想通貨” という呼び名が定着してしまったかの観がある。マスコミによってあっという間に広められてしまった実に皮相な言葉であるが、“暗号通貨” についてネットや書物で書いているひとたちも、この “仮想通貨” というふわふわした薄っぺらな言葉 を使わざるを得ない状況にある。しかし、心ある人は “暗号通貨” という呼称にこだわっているようだ。

 

実は、かく言うわたしも、 “仮想通貨” という言葉を最初に目にしたときは、“胡散臭い” 印象をもったものである。金儲けに血道を上げている一部の強欲な人間が騒いでいる話だろくらいにしか思わなかったのだ。実際、そういった側面があることは一面の事実ではある。

 

しかし、ある友人から “暗号通貨” が世の中を根底から変える可能性についての話を聞いてから、先入観を排して調べてみようと思い、自分で1カ月くらいかけてリサーチした。本も次から次と8冊も読んだ。

 

一冊お薦めするとしたら、野口悠紀雄氏の 「ブロックチェーン革命」 である

2番目は、同氏の 「仮想通貨革命」 である。どちらも歴史的なパスペクティブの中にこの21世紀初頭の革命を見事に位置付けている。

野口悠紀雄氏は日本の元官僚、経済学者であり、日本のアカデミズムの人間であるが、体制に媚びない持論を積極的に展開する老練の論客である。

 

   

野口氏の著書をはじめ、読めば読むほど、そして自分で考えれば考えるほど、 インターネットが1990年代に登場したときと同じくらいの大きな革命 が、今また始まっているのだと確信した。インターネットが現れた時も、インターネットのもつ潜在的な革命性に誰もがすぐに気づいたわけではない。

頑迷で凡庸な識者はむしろインターネットの危険性、有害性、限界を指摘し、一時の流行に終わると予言していたものだ。しかし、あれからわずか20年経った今、インターネットのない社会、ネットのない生活は今や考えられなくなっているではないか。

 

同じことが “暗号通貨”、いやもっと本質的には “ブロックチェーン”の登場についても言えると、わたしは今確信している。

暗号“通貨” だの、 仮想“通貨” だのと、 “通貨” にばかり囚(とら)われていると、一攫千金の “儲け話” に矮小化され、物事の本質を見誤るおそれがある。

 

わたしが今回この “暗号通貨” についての考えを温めながらも記事にするのを長らくためらっていたのは、“お金の話” “金儲けの話” というふうに表面的に受け取られることを危惧していたからである。

 

あえて言えば“暗号通貨” の  本質的な点は “通貨” ではない。

 

真に革命的なのは “ブロックチェーン” である。

 

“暗号通貨” はブロックチェーン技術の一つの応用例に過ぎないのである。 仮想通貨 = ブロックチェーン ではないのだ。

 

人類による “情報のやりとり” はインターネットの出現によって一挙に加速し、恐ろしいほどに低コストで、地球上で瞬時にメッセージや画像やそして動画までも送れるようになった。これは “革命” と言えるほどのたいへんな社会変革なのである。

しかし、実際にその時代に生きているほとんどの人間は、自分がそうした未曽有の革命のさなかに生きていることをさほど実感していないものだ。

 

 このロゴに郷愁を感じないであろうか? ついこのあいだのことである。

  

 物事を常に歴史的に見通して考える人間だけが、自分が人類の歴史において大変な革命の真っ只中にリアルタイムに生きていることを理解し、実感しているのだ。

21世紀の今日、情報、音声、画像、動画といったデジタル化できるものならば、地球上のネットの使えるどの場所にでも瞬時に低コストで送れるのが当たり前になった。

 

 

しかし、なぜか “お金” を送ることに関しては、さまざまな障壁があり、“文字情報” のようにさっと地球の裏側に送ることができなかったのである。それも、お金が、実質的には(つまり、バーチャルには)すでに “デジタル化” しているにもかかわらずにである。

 

 21世紀になっても “国際的なお金のやりとり” に関しては、20世紀のままだったのである。信じられるだろうか? わたしは仕事柄日々これを痛感している。一般のひとは知らないだろうが、外送金は、ごく一部の銀行を通じて何日もかかって高い手数料を払ってするしかなかったのである。今現在でもほとんどのひとはそうしている。

最近はさすがに時間は短縮できるようになったが、手数料は一向に小さくならないのだ。ごく一部のひとたちが、やっと最近になって “暗号通貨” を使い始めて、さっと地球の裏側に驚くほど低コストで送金できるようになってきているのである。

  

 

 

銀行、金融業界の中央集権的、閉鎖的、権威主義的な体質 は宿命と思われてきた。国家が保障する通貨のやりとりに関しては銀行、もしくは国の認可を受けた業者以外は携わることができず、がんじがらめのセキュリティ体制の下でないと、お金のやりとりは安心してできないものと思われてきた。

 

 

こうした 伝統的な中央集権的システム にあっては、いつ誰が誰にいくらのお金を送金した、といったような情報は厳重に管理され、簡単にハッキングできないように防護されている。当然と言えば当然である。しかし、そうした 徹底した高度なセキュリティ を維持するために銀行や金融業界は途方もないお金をかけているのだ。銀行、証券会社といった金融機関のセキュリティは、忍者のようなハッカーには聳え立つ堅固な要塞となっている。

 

さて、ブロックチェーンの革命的なところは、そうした従来の閉鎖的、中央集権的なシステムの正反対の、非集中的でオープンなシステムによって、恐ろしいほどに低コストで、信頼性のある送金が可能になる 点である。セキュリティにほとんど費用がかからないので低コストになるのだ。

従来の銀行のようなシステムでは、お金のやりとりの情報は出来る限り機密化し、第三者のアクセスを排除してきた。しかし、ブロックチェーンのシステムでは、何とその逆をいくのだ。つまり、お金のやりとりの情報をネット上で誰にでも自由にアクセスできるように、ポンと出して公然化ししまうのである。密室化して隠すのではなく、逆に堂々と白日のもとにさらけ出してしまうのである。

ただ、そのままのむき出しのかたちではなく“暗号化” したかたちでオープンにするのである。“暗号通貨”  と呼ばれる所以である。

 

 

そして、その情報は世界中の誰にでもアクセスしてダウンロードできるようになっているので、勝手に改ざんしても、すぐにバレてしまうのだ。本気で改ざんするなら、その情報をすでにダウンロードした世界中のすべてのパソコンの中のデータもすべて改ざんしなければならないわけである。つまり、実質的に “改ざん不可能” なシステムということなのだ。これほど安全な情報管理があるだろうか?

隠すのではなく、むしろ逆に公然化するほうがセキュリティにつながる、とは誰も思わなかったのだ。

重要な情報を密室化するのではなく、暗号化して公けの場にさらけ出す、というこの “逆転の発想” は、ここ2、30年の、コンピュータの発達とインターネットの普及という、ITインフラの確立があってはじめて可能となったものだ。

 

ここで大事な点は、情報としてはたしかに “お金のやりとり” は非常に重要ではあるが、ただの文字情報や画像情報でも理屈は同じということである。膨大な公文書や個人情報や特許の申請や土地の登記簿などなど、改ざんされては困るようなものは、暗号化した上で、みなこのブロックチェーンのオープンシステムに放り込んでしまえばいいのだ。

 

 

 

言って見れば、盗まれては困るものを、いちばん人通りの多い目立つ公けの場所にあえて置くようなものだ。こうすれば、その盗まれて困るものを家の中の金庫の中に厳重に保管する手間もいらなく、暗号を知るものだけが自由にアクセスできることになる。

この、いわば “逆転の発想” に基づいたブロックチェーンが、従来からあった暗号技術といっしょになって、革命的なシステムが誕生したのである。実によくできたシステムである。伝統的な中央集権的、権威主義的な発想にどっぷり浸かった人間にはとても思いつかない斬新な仕組みである。

この新しいオープンな管理システムには世界中のメガバンクや金融業界の大御所もみなカブトを脱いでいるのだ。ゴールドマンサックスのCEOもブロックチェーンの優れていることを渋々認めている。日本のみずほ銀行も日本郵便もNTT東日本もブロックチェーンの導入に踏み切っているという事実を冷静に考えて頂きたい。世の中はじわじわと変っているのだ。いや、変わらざるを得なくなっているのだ。

「どうして日本のマスコミは “cryptocurrency”  を素直に “暗号通貨” と訳さなかったのか?」 という問いをすでに立てた。「なぜわざわざひん曲げて “仮想通貨” と訳したのか?」 と問い直してもいい。

その答えがここにあるように思える。

日本のマスコミは伝統的、権威主義的、中央集権的な既成体制を “本能的に” 擁護するのである。日本のマスコミじたいが伝統的に “権威主義的”、 “中央集権的” な体質だからである。

お上(かみ)に従わない非中央集権的な新参者の通貨に対し、そのまま “暗号”通貨 と訳さず、わざわざ “仮想”通貨 というぼやけたマイナスイメージの烙印を押したのである。

しかし今日、新しく登場してきた革命的な管理システムに、従来の伝統的な既成体制が渋々と、しかも続々と軍門に下っている。

どんな革命でも “首” がいくつも転がることになるのは避けられない。 インターネット革命のあと、百科事典がどうなったか、新聞がどうなったか、辞書がどうなったか。

 

わたしは、これはノーベル賞に値する画期的なシステムだと思う。ちなみに、“暗号通貨ビットコイン” の開発者の名前は、 ナカモト サトシ である。

 

 

 

ブロックチェーンの技術的なことは、それだけで一つの長い記事になってしまうので、ここでは割愛させていただく。ぜひ以下の書籍に直接当たって頂きたい。

「ブロックチェーン革命」  野口悠紀雄 

「ブロックチェーンレボルーション」  ドン・タブスコット

 

 たしかにこれは革命である。しかも、インターネット革命のときよりも展開のスピードが速い。われわれは今リアルタイムでこの革命を毎日目撃しているのである。そういう目でネットやマスコミを見回してほしい。

“暗号通貨”、 “仮想通貨” のインパクトもさることながら、その根底にある “ブロックチェーン技術” こそ、これからの社会をあらゆる分野、あらゆる水準で変革していく革新的な技術であることは疑いない。

“仮想通貨” という玉ネギの最初の皮をむくと、“暗号通貨” が出てくるが、さらにむいて“ブロックチェーン” をつかみとって頂きたい。

 

  ダボス会議では、「仮想通貨」を「暗号通貨」の名称に統一するなど、「通貨革命」に関してかなり進んだ非常に重要な決定がなされた

 

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8 コメント

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衝撃を受けました (ji)
2017-12-09 12:25:33
仮想通貨をよく知らず、通貨自体が仮想じゃんと思っていたのですが、この記事を読んで衝撃を受けました。
本質はブロックチェーンであり、情報を公然化することにより不正が出来なくするという逆転の発想なんですね。
紹介されていた書籍、早速取り寄せて見ようと思います。
危うく、50年前ピープルになるところでした。
というか、50年前ピープルでした。
ji さま (ザウルス)
2017-12-09 16:13:55
「通貨自体が仮想じゃん」 ・・・・ まさにおっしゃる通りです。実はわたしもそう思っています。1978年に“金”本位制が廃止されて以来、貨幣は純粋に約束事の上のクーポンになっていますから、「今日の通貨じたいがすでに “仮想通貨” じゃん」 と論理的に言えるのです。

となると、ビットコインなどを “仮想通貨” と呼ぶことは、カテゴリー的な混乱をきたすことになります。物事を体系的にきちんと理解しようとする人ほど混乱します。

儲け話に夢中の人は名前なんか関係なく、儲かればいいので、“仮想通貨” という表面的でミスリーディングな名前でもかまわないのです。

あと、ブロックチェーンの革命性がその “逆転の発想” にあることをわたしは最も強調したいのですが、そこを重視している論者は意外に少ない印象があります。ここをしっかり掴むことが大事で、技術的な詳細は二の次だと思います。
暗号通貨 (Kスケ)
2017-12-11 19:05:02
暗号通貨の意味がよくわかりました。仮想通貨とどう違うのかもやもやしていましたが、すっきりしました。
ありがとうございます。
ちなみに夏前にビットコインを12万円ほど買っていたんですが、今は100万円を超えてしまいました。日本円に換金しようか、このまま放っておこうか迷っています。急行列車から降りられなくなってしまったような感じです。
目からウロコ (サトコ)
2017-12-11 22:11:18
ザウルスさんに解説してもらうとほんとうにわかりやすいです。いつも助かっています。仮想通貨もなんだかつかみ所がない感じでしたが、ザウルスさんの話ですごくよくわかりました。あーそうなんだ、という感じで頭に入ります。ありがとうございます。
サトコ さま (ザウルス)
2017-12-12 07:09:21
お役に立てて幸いです。ただ、わたしはしょせん素人ですので、記事の中でも紹介しましたが、ぜひ専門家の著書も読んで下さい。
わたしの描いた “似顔絵” で特徴がつかめていれば、より良く理解できるはずです。
Kスケ さま (ザウルス)
2017-12-15 00:19:03
10倍近くの額になったのはすごいですね。
世の中には1千万円くらいポンと買っているひともいますから、そういうひとは1億近くになっているのかもしれません。
ただ、国税庁は暗号通貨の “にわか億万長者” を見逃しません。申告せずにいると脱税になります。気をつけましょう。
新金融システムの方向性 (希ノ醍 輝平左ヱ門)
2017-12-15 22:17:37
ザウルス様へ、
シャンティフーラの時事ブログ (2017年2月15日の記事)として、ベンジャミンフルフォード氏の動画情報とともに、ザウルス様の「暗号通貨」の記事が紹介されています。
希ノ醍 さま (ザウルス)
2017-12-16 13:43:28
関連情報ありがとうございます。
教えて頂かなければ、気がつきませんでいた。

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