日々の生活の中で書きとめておいたものです。よろしかったら、ご覧ください。
雑談君のよもやま文庫
「道元の和歌 春は花 夏ほととぎす」 松本章男著 中公新書 2005年発行
春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり
川端康成がノーベル文学賞受賞記念の講演冒頭に引用した道元禅師(1200-53)の和歌である。川端は、自然と同化し、その清浄さに包まれて生きる日本人の姿や日本の文化と伝統というものを「美しい日本の私」で語りたかったのだと思う。
道元の場合、この歌の詞書に「本来の面目を詠ず」とあることから、禅的な意味が込められていることになる。著者は、道元の「普勧座禅儀」にある「回光返照の退歩を学ぶべし。自然に身心脱落して、本来の面目現前せん。」を取り上げ、前ばかり向いて歩かずに、ときに後ずさりしてもよいから、自然と同化し自然と交感すること(回光返照)によって、身も心も抜け落ちたように楽になり、自然の持っている実相(本来の面目)が見えてくることの意味だとし、自然の景物を歌い、それをすずしかりけりと映ずる道元の心も、そこにあるとしている。
慈円を大叔父に持ち、後鳥羽院宮内卿らと親交があった道元は、藤原氏北家の血を引く人物であり、どちらかと言えば、貴族的な色合いを残した環境に育ったことになる。禅宗という自己革新の宗教に身を置きながら、どこか手弱女的な情感をもっているようにも感じる。
結跏趺坐としての座禅にしても、ただひたすら行うことで、煩悩を取り払い、自然と同化し、全宇宙と合一し、悟りを得る訳だが、道元のそれは、内向性の彼方にそれを見ており、同化すべき自然は、どちらかと言えば情緒的に捉えられているように思う。
花もみぢ 冬の白雪 見しことも 思えばくやし 色にめでけり
死期が迫った頃、道元は、自分は求道のための修行を積んできたが、くやしいけれど、自然の美しさに眼を奪われてしまったという悔恨の思いを歌ったが、そこには道元の宗教の弱さもあるかもしれないが、同時に、道元の自然情感の豊かさが満ち溢れており、かえって、道元の人間的な魅力が見えてくるように思う。
川端康成がノーベル文学賞受賞記念の講演冒頭に引用した道元禅師(1200-53)の和歌である。川端は、自然と同化し、その清浄さに包まれて生きる日本人の姿や日本の文化と伝統というものを「美しい日本の私」で語りたかったのだと思う。
道元の場合、この歌の詞書に「本来の面目を詠ず」とあることから、禅的な意味が込められていることになる。著者は、道元の「普勧座禅儀」にある「回光返照の退歩を学ぶべし。自然に身心脱落して、本来の面目現前せん。」を取り上げ、前ばかり向いて歩かずに、ときに後ずさりしてもよいから、自然と同化し自然と交感すること(回光返照)によって、身も心も抜け落ちたように楽になり、自然の持っている実相(本来の面目)が見えてくることの意味だとし、自然の景物を歌い、それをすずしかりけりと映ずる道元の心も、そこにあるとしている。
慈円を大叔父に持ち、後鳥羽院宮内卿らと親交があった道元は、藤原氏北家の血を引く人物であり、どちらかと言えば、貴族的な色合いを残した環境に育ったことになる。禅宗という自己革新の宗教に身を置きながら、どこか手弱女的な情感をもっているようにも感じる。
結跏趺坐としての座禅にしても、ただひたすら行うことで、煩悩を取り払い、自然と同化し、全宇宙と合一し、悟りを得る訳だが、道元のそれは、内向性の彼方にそれを見ており、同化すべき自然は、どちらかと言えば情緒的に捉えられているように思う。
花もみぢ 冬の白雪 見しことも 思えばくやし 色にめでけり
死期が迫った頃、道元は、自分は求道のための修行を積んできたが、くやしいけれど、自然の美しさに眼を奪われてしまったという悔恨の思いを歌ったが、そこには道元の宗教の弱さもあるかもしれないが、同時に、道元の自然情感の豊かさが満ち溢れており、かえって、道元の人間的な魅力が見えてくるように思う。
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唯識と想えど菊の花を愛で 太聖 11.4
雑談君のよもやま文庫
道元禅師の和歌を拝読致しました。
ありがとう御座います。 歌人太聖