座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

角大師の掛け軸 続き

2021-02-01 | おしゃべり

先日は くたびれてしまって。。。

今日は最後まで書こう、角大師の掛け軸の、

左側に 縦書きで書かれている(刷ってある)部分を。

 

 

 

 

 

 

 

慈恵大師常住金剛降魔尊影敬写施行一千幀之内

願此功徳仏天哀愍令法久住利益人天天下和順日月

清明風雨以時災⊡不起國豊民安兵戈無用崇徳

興仁務修禮譲乃至法界平等普潤      

 

     元治元秊甲子五月叡岳大行滿菩薩比丘願海大悲畔体記

 

⊡は、マダレに萬です。

 

それほど難しくはない漢字(でも、読めない)の羅列。

 

 

 

 

 

 

その中に、人の名前らしい部分があります。

 

「願海」と読めます。

 

あら、願海さんなら、歴代の住職の中に、いたんじゃない?

 

と思って、歴代住職の羅列を見てみました。

 

 

 

中瀬の吉祥寺の住職は、ずっと、全部

分かっています。

 

辨圓さんから、玄海さん、恵海さん、舜海さんに、

寛海さん、善海・・・。

 

あら、いません。

 

法名に「海」の字のある住職は 何人もいるのに、

「願海」さんはいません。

 

「願海」さんは 吉祥寺の住職になった方では

なかったようです。

 

では、どこの方だったのでしょう?

 

ちょっとそこまで推理するのは 

ホームズ君かコナン君じゃないと無理

 

 

 

 

 

虫食い穴が開いているのを表具しなおした

古い(あるいは、単に保存が悪かった?)軸でもあり、

どこからどう通ってここまで来たのかはわからない、

そんな掛け軸でした。

 

刷ったのは元治元年とは 限りませんし。

 

元治(げんじ)元年?

 

それは、いつ頃でしょう?

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E6%B2%BB

文久の後、慶応の前。大化以降242番目の元号。

1864年から1865年までの期間。

この時代の天皇孝明天皇

江戸幕府将軍は徳川家茂

 

もうすぐ江戸時代が終わる、というあたりですね。

 

私のお気に入りの日本史年表によると、

1858年に コレラが流行とか。

 

生麦事件が1862年、

薩英戦争が1863年、

元号が元治になったのが1864年。

 

この年、池田屋騒動や 蛤御門の辺があり、

・・・・・・・・・、

歴史の教科書やテレビドラマの俳優さんの顔が

頭の中でグルグルしますが、わけがわからん。

 

また、

1860~65年ごろには

「米価高騰による農民一揆が頻り。」とか。

 

1866年には 徳川慶喜が将軍となります。

 

「願海」さんは 世情に不安を覚えたか、

不安を訴える人が周囲に多かったか。

 

 

 

 

 

紙に書いた、あるいは 版画で刷った角大師も

人の心を ひとまず安心させて

冷静に 自分のなすべき事を思い出させるには

有用であったかもしれません。

 

可愛らしい(少々不気味であっても)あまびえちゃんに

頼りたい気持ちは 私にもあるのです。

 

変異型が県内で見つかるなどしているので、

角大師よ、元三大師よ、慈恵大師よ、良源さんよ、

よろしく、よろしく、お願いしますよ。

 

          

 

 

 

コメント   この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 角大師の掛け軸 | トップ | 節分追儺会 2021 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

おしゃべり」カテゴリの最新記事