残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一四四話 ソードベントなお話

2019-09-22 01:04:02 | ただひたすら走って逃げ回るお話

 血溜まりの中から立ち上がった少年の姿に、ライブハウスの中は静まり返っていた。缶ビール片手に少年に罵声を浴びせていた同胞団員たちや、戦いの様子を実況していたDJまで、誰もが言葉を失っていた。唯一特等席に座る団長だけが、「面白い」とでもいうかのように口の端を持ち上げる。



 これまでこの「コロシアム」で行われてきた感染者との対決ショーで、一回戦を突破できた者はほとんどいなかった。大人も子供も、男も女も関係なくこれまで多くの同胞団の敵として捕まった連中がコロシアムで戦いを強いられてきたが、皆一回戦で無残に感染者に殺されるだけだった。体力に勝る大人の男性の中にはどうにか素手で感染者を倒せた者もいたが、それと引き換えに重傷を負い、自らも感染者と化すか、その後の二回戦で死亡していた。



 同胞団員たちは今回のコロシアムの選手となる少年を見て、一回戦であっさりと感染者に食い殺されるだろうと考えたし、毎回行われる賭けでも少年が生き残る方へ賭ける者は誰もいなかった。これまでさんざん同胞団員の命を奪ってきた少年だが、所詮は20歳にも満たない子供。銃を持っていれば話は別だろうが、素手で感染者と戦って生き残れるはずがない。同胞団員たちはこれまでの選手と同じように、少年が命乞いをしながら感染者に食われる様子を肴に酒を飲むつもりだったのだが――――――。



「なんだ、あのガキ・・・」



 キャットウォークから少年を見下ろす団員の一人が、どこか恐怖のこもった口調で呟く。

 あっという間に殺されるだろうという少年は、ほとんど無傷の状態で立っていた。巧みに感染者に突進をかわし、投げ込まれた瓶の欠片のガラス片という武器を見つけ、感染者の喉を切り裂いて殺したのだ。

 もしも自分たちが一対一で、素手で感染者と向き合ったとしたら、果たして生きて帰れるだろうか。少年と感染者の死闘を眺めていた団員達の頭に、そんな考えが浮かんだ。

 彼らは同胞団に参加することで、銃という武器を手に入れた。銃さえあれば怖いものなど何もない。逃げ回ることしかできなかった感染者を前にしたって、銃があれば簡単に倒せる。無論、大勢の感染者が押し寄せてきたり、狭い場所で襲われるなどしたら話は別だが、銃さえあれば一対一で感染者に向き合ったところで、何も怖くはない。



 だがそれは、銃が無ければ彼らは感染者とまともに戦えないというもう一つの姿を意味していた。同胞団の構成員は、皆そのことは考えないようにしていた。自分たちは同胞団にいるからこそ、銃という力を使って好き放題出来ている。だがその力たる銃が無くなってしまえばどうなる? 自分たちは本当に強い存在だと言えるのか?



 そんなことを思ったのだろう。静まり返っていたライブハウスが、再び罵声で満ち溢れる。団員たちの怒りの原因は二つ。一つは少年が感染者に食い殺されるという、自分たちの願望が外れてしまったこと。そしてもう一つは、素手で感染者を倒した少年の姿を見て、本当は自分たちは弱い人間なのではないかという考えが浮かんでしまったことだった。



 同胞団員たちが少年へ罵声を浴びせかける。少年の存在は、自分の存在や行為を肯定することで自分の心を守ってきた同胞団員たちにとって、あってはならないものだった。銃を持てばなんでも思い通りになると思っていた。逆に銃を持たない者は弱く、簡単に殺せるし、なんでも自分たちの言うことを聞かせられる存在だと思っていた。だが少年は、同胞団員たちにも難しいであろう、素手で感染者を殺すという行為を成し遂げてしまった。



『・・・おおっとこれは驚きだ。二回戦に進む挑戦者が出たのは何週間ぶりかな?』



 キャットウォークの上、スポットライトを浴びる特設の実況席で、DJが予想外といった口ぶりで実況を再開する。彼にとっても、少年が感染者に殺されなかったのは予想外の事態だったらしい。DJは少年が一回戦に生き残る方に賭けていると言っていたが、まさか本当に感染者を倒せるとは思ってもいなかったようだ。



『おいおいお前ら、賭けに負けたから悔しいのはわかるが挑戦者に傷をつけないでくれよ。この後も二回戦が待っているんだからな』



 苛立ちでさらにヒートアップする同胞団員たちを宥めるようにDJが言った。DJが宥めなければ、同胞団員たちは、それこそ缶やビンの代わりに手榴弾でもステージに投げ込みそうな雰囲気だった。



『それじゃあ気を取り直して二回戦だ、今度の相手は二体だぞ。これまで二回戦を突破した奴はいないが、さあどうなるかな?』



 今度は二体というDJの言葉に、少年の顔が歪んだ。さっき感染者を一倒すだけでもかなり体力を使い、しかもギリギリのところでようやく勝てたという状態だったのに、休む間もなくさらに二体を相手にしなければならないのだ。



「少しは休ませろ!」



 そう叫んだが、聞く者は当然ながら誰もいない。亜樹たちが同胞団の男たちに詰め寄っているのが見えて、少年は少し自分が救われた気持ちになった。これで亜樹たちまでもが同胞団の連中と共にこのふざけたショーを楽しんでいたら、少年は全てに絶望していただろう。彼女たちを助けるつもりで、同胞団に戦いを挑んだのだから。



 少年が息を整える間もなく、部屋の隅に置かれていたコンテナの一つの扉が、先ほどと同じように閂がワイヤーで持ち上げられ、開き始めた。中から感染者が飛び出してくる前に、閂と扉を外から押さえてしまうのはどうだろうかと思ったが、二体の感染者の馬鹿力を一人でどうにか出来る自信はないし、そのような「ルール違反」をしたら、上で見ている連中が黙っておかないだろう。



 それに少年が動き出そうとするよりも早く、閂が持ち上がったコンテナの扉が内側から力強く開け放たれ、中から感染者が飛び出してきた。先ほど戦った感染者よりも、ずいぶん小柄なそのシルエットに、少年は絶句した。



「・・・このペド野郎どもが!」



 コンテナの中から飛び出してきたのは、女の子の感染者だった。まだ小学校の高学年にも上がっていないだろう年ごろの女の子が、長い髪を振り乱し、口の端から血の混じった涎を垂れ流しながら少年に向かって突進してくる。

 年端もいかない女の子をわざと感染者に転化させていたことに少年は怒ったが、それ以上にさらに激怒したのはその女の子の感染者が衣服を身に着けていなかったからだ。恐らく同胞団に捕らえられた後、暴行された末に感染者へと転化させる実験を受けさせられたのだろう。

 自分も大概人間の屑みたいな存在だが、同胞団はそれを遥かに上回るほどの屑の集まりだ。少年はなんとしてもこいつらは滅ぼさなければならないと確信した。



 同じコンテナからは、もう一体、今度は若い男の感染者が出てきた。奇妙なことに、その感染者はなぜか両足が健在であるにも関わらず、両手を使って床を這いずっている。

 見ると両方のふくらはぎに、何か手術でもされたのか縫合痕がある。こちらは感染者の治癒能力や身体能力がどのくらいか調べるために、わざと健康体に手術をして筋肉を切除したりしたのかもしれない。

 しかし両足が使えないからといって、動きが鈍いわけではなかった。男の感染者は下半身を引きずりつつも、両手だけなのに物凄い勢いで這いずってくる。女の子の感染者の動きに対応するだけでも精一杯なのに、そちらばかりに気を取られていては足をガブリと噛まれてしまうだろう。



「おらぁっ!」



 少年は突進してくる女の子の感染者に、真正面からパンチを浴びせた。感染者はまっすぐ突っ込んでくることしかできないから、動きを見切るのは容易だった。だが感染者の身長は少年の胸の高さよりも低く、放った拳はわずかに頭を掠めただけだった。少年はまともに感染者の体当たりを食らい、思わず地面に倒れこんだ。

 そこに女の子の感染者が少年に馬乗りになり、その喉元に食らいつこうとする。小学生くらいの女の子とはいえ、感染者と化した今ではその力も強くなっている。たちまち、少年は腕や首を噛まれないように抵抗するのに精いっぱいとなった。



 横たわり、感染者の顔と腕を必死で抑える少年の視界の隅で、もう一体の感染者が、倒れた少年目掛けて這って来る様子が見えた。少年は馬乗りになっている女の子の感染者の腹に思い切り膝蹴りを浴びせ、一瞬その身体が揺らいだところを思い切り突き飛ばした。感染者とはいえ、小学生女子の体格しかない感染者は、あっさりと吹っ飛んでいった。



 もしも一体ずつ相手をすることが出来れば、一回戦ほど苦労せずに感染者を倒せただろう。一体は体格がはるかに小さな女の子の感染者だし、もう一体は床を這いずり回ることしかできない。だが二体同時に相手するとなると話は別だ。一体を抑え込んでいる間に、、もう一体が襲い掛かってくる。



 少年はこれまでの挑戦者たちの亡骸である床に散らばる白骨から、大腿の部分と思しき長く太い骨を拾い上げた。少年に向かって這いずってくる感染者に足蹴りを浴びせて離れ、体勢を立て直して再度突進してくる女の子の感染者に向き合った。

 大腿骨をしっかり握りしめ、突進してくる感染者に向けて思いっきりフルスイングした―――が、少年が振るった骨は先端の関節部分が感染者の頭に直撃したとたん、乾いた音と共に途中から折れてしまった。



「折れたぁ!?」



 しかも直撃を食らった感染者に、大したダメージは見られなかった。手にした半分に折れた骨と女の子の感染者を交互に見た直後、少年の足を何かが掴んだ。

 もう一体の感染者がいつの間にか少年の足元まで迫っていた。慌てて飛びのこうとしたものの、足を掴まれていた少年は思い切り尻もちをついてしまった。が、少年が転んだおかげで目標を見失った女の子が、壁に向かって全力で突撃し、頭を打って昏倒する。



「この野郎!」



 両足が使えない感染者は、掴んだ少年の足首に今まさに食らいつこうとしていた。少年は上体を起こし、手にした半分に折れた大腿骨を逆手に握りなおす。そして折れた断面がささくれ立って尖ったその骨を、思い切り感染者の眼窩に突き刺した。



 目に骨が突き刺さった感染者は、眼窩から赤いどろどろした涙を流しつつも、なおも少年の足を齧ろうとしている。少年は渾身の力を込めて、感染者の眼窩に刺さった骨をさらに奥まで突き刺した。何かが割れるような感触がして、直後感染者の身体が大きく跳ねる。どうやら突き刺さった骨は眼窩を貫通し、脳まで達したらしい。



 少年の足を掴んでいた感染者の手から力が抜け、その身体が奇妙な痙攣を始める。だが感染者はまだ一体残っている。少年はなおも足を掴んでいる感染者の手を振りほどくと立ち上がった。

 女の子の感染者は甲高い叫び声を上げ、またもや少年に向かって突撃してくる。先ほど壁にぶつかったせいか、その額が割れて血が顔を真っ赤に染めていた。髪を振り乱す血まみれの女の子の姿は、かつて少年の少年の仲間の姿を思い出させた。狙撃され、血だまりの中に転がる女の子の姿が、目の前の感染者の姿と重なる。



『――――――いい加減死んだらどうなんですか?』



 頭のどこかから、そんな声が聞こえたような気がした。かつて少年が見殺しにしてしまった女の子。彼女がまだ生きていて、少年の今の姿を見たらなんと言うだろうか?

 助けると約束したのに、何もすることが出来なかった。そんな少年を、彼女は恨んでいるだろう。自分と同じように死んでしまえと思うだろう。だが―――。



「悪いが、まだ死ぬわけにはいかない」



 少年はその言葉と共に、今度は思い切り女の子の感染者向けて前蹴りを放った。少年の踵はちょうど鳩尾あたりに突き刺さり、体重差のせいで吹っ飛ばされた女の子の感染者が床に転がる。



 少年は感染者のその長い髪を掴むと、近くの柱の鉄骨に思い切りその顔面を叩きつけた。それも一度や二度ではなく、掴んだ女の子の感染者の頭を、何度も執拗に固い鉄骨へと叩きつける。

 何かが折れる鈍い感触が両手から伝わってきた。顔面を鉄骨に叩きつけられながらも、感染者は少年を捕まえようと両手を振り回す。感染者の頭を柱に叩きつける少年は、無意識のうちに雄叫びを上げていた。



 やがて振り回されていた感染者の両手から力が抜け、だらんと床に垂れ下がった。さっきまで元気に暴れていた感染者は、いつの間にか動かなくなっている。

 少年がようやくその頭から手を放すと、女の子の感染者の身体は床に崩れ落ちた。執拗に鉄骨に叩きつけられていたその顔は、文字通りの意味で形が崩れてしまっていた。

 パンパンに腫れあがった顔はまるでムンクの叫びの絵のように、形が歪んでいる。鼻は潰れ、前歯は全て折れていた。裂けた額から溢れだす血が顔を真っ赤に染めていたが、その傷口からは白い頭蓋骨が覗いていた。頭蓋骨すらも割れ、その奥にはピンク色のぶよぶよした脳味噌が見える。

 目玉は蛙か何かのように、今にも眼窩から飛び出してしまいそうだった。少年は潰れた感染者の顔を見て、昔庭でうっかり踏み潰してしまったトカゲの姿を思い出した。あの時少年が踏んづけて殺してしまったトカゲは、目玉を飛び出し口から突き出した舌をぐるぐると振り回して、血だらけになっていた。



 もはや女の子の感染者はわずかにその身体を痙攣させるだけだった。崩壊した顔面から流れ出す血が、これまでの挑戦者たちの乾いた血で茶色くなった床を、新しく赤に塗り替えていく。

 少年は血だらけになった自分の両手を見た。まるで呪いか何かを受けたかのように、指には何本も黒い髪が絡みついている。
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