残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第九九話 大胆な告白は女の子の特権のお話

2017-03-02 00:01:56 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 それからまた、少年は皆と距離を置くようになった。朝食は遅れてやって来るため皆と顔を合わせることもなく、見張りは一人で行い、暇な時間はずっと宛がわれた教室に引きこもっている。村へ物資調達に出かけることは、先日生存者の集団に襲撃されたことから当面見合わせることになった。そのため少年は同じ学院の敷地内にいながら、ほとんど誰とも顔を合わせることも、話すこともない。

 生徒たちの側では、少年がやってきた当初ほど彼のことは警戒していなかった。それどころか信用できる人間なのではという意見が大勢を占めている。事の真相は知らないものの、彼が裕子たちを助けたことは事実だった。
 だがそれと反比例するかのように、一度は心を開いてくれたのではと思った少年との距離は離れていくばかりだった。



 その日も校舎の屋上から、少年は外の様子を眺めていた。村で見つけた電線やワイヤーを学院周辺の森の木々に張り巡らせ、さらにバリケードの構築も九割がた完了した。足りない資材は校庭の片隅にあったプレハブの用具倉庫を強引に分解して調達した。おかげで強度的にも問題ないバリケードがほぼ完成している。
 校庭に目を転じれば、銃を構える少女たちの姿がある。そんな彼女たちの間を走り回って姿勢を正し、号令を下しているのは葵だ。ミリタリーオタクでありガンマニアでもある彼女は、実際に銃を持っても他の子のように戸惑ったりはしなかった。それどころかあっという間に正しい射撃姿勢や銃の取り扱い方を身に着けている。いわく「タクトレのビデオを見て傘で練習してました」とのことだったが、おかげで一から十まで教える羽目にならずに済んだ。

 そんな葵が生徒たちに銃の扱い方を教えるのは、彼女たちと関わりたくないと思い始めた少年にとっても好都合だった。学院の外に出ることが出来ない上に銃弾は貴重なので実弾を使った射撃の訓練は出来ないが、それでも生徒たちの戦闘能力は以前に比べたら向上しているだろう。体格的な問題から正面切っての格闘戦は厳しいだろうが、銃を使えば感染者の二体や三体は倒せるはずだ。
銃の使い方も彼女たちは知っている。人間を撃った経験こそないが、十分戦うことが出来るだろう。


 少年は自分の居場所がなくなったと感じていた。彼女たちが戦い方を覚え、頼られなくなるだろうと予想したからではない。もっと根本的なところで、この学院の人間たちとは何かが合わないのだ。

「あ、いたいた。こんなところにいたんだ」

 そう少年が一人佇む屋上に姿を現したのは、つい先日村で裕子ともども生存者に捕まった礼だった。彼女とも、あれ以来ほとんど会話をする機会がない。少年は元々礼を警戒していたので、普段から会話があるわけではなかったが。
 少年は彼女が苦手だった。いくら後輩が不安を感じているとはいえ、それを解消するために真昼間から堂々と盛りあう姿を見せつけられ、そのうえ自分を色仕掛けで落とそうと話しているところを聞かされては、そんな相手を苦手にならない人間がいないだろう。少年は肩から吊っていた自動小銃に軽く手をやりつつ、「まだ交代の時間じゃないはずだ」と言った。

「先生がさ、君にクリスマスプレゼント渡すの忘れてたって今頃になって気づいたんだ。だから持って行ってって頼まれた」
「プレゼント? 必要ないって言っていったはずだ」
「そう言わないでさ、受け取っておきなよ。これ先生がプレゼント交換に出したやつなんだから」

 そう言って礼が差し出してきた包みには、確かに裕子の名前があった。仕方なくプレゼントを受け取った少年は、中身も確認せずそのまま着込んだチェストリグのポケットへ包みを突っ込む。柔らかい感触から察するに、中に入っているのはハンカチか何かだろう。

「用は済んだろ、さっさと帰れ」
「まあそう言わないで、少し話に付き合ってよ」

 そういって屋上を囲むように設置された手すりに上半身を預け、少年と同じように礼は下の様子を見下ろしていた。何度帰るよう言っても無駄だと判断した少年は、彼女から視線を外し今度は森の方を眺めた。

「聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「駄目だって言っても質問するんだろ」
「よくわかったね。じゃあ訊くけど、どうして私たちが捕まった時にわざわざ助けに来てくれたの?」

 そう尋ねられ、少年は一瞬だけ答えに詰まった。どうしてあの時裕子と礼を助けに行こうと判断したのか、自分でも理解できていなかった。そしてそのことについて深く考えてしまうと、今まで積み重ねてきたものが全て崩れ去ってしまうような、そんな気すらしていたのだ。だからあれ以来なぜ助けに行ったのか、少年は考えないようにしていた。

「……連中があんたらから情報を引き出していれば、ここが襲われるから。その前に奴らを潰しておこうと思っただけだ」
「襲われても君一人で逃げればいいじゃない、わざわざこの学院を守る必要はない。君の今までの言動と行動から考えると、そうした方が手っ取り早いとおもうけど」

 そう言われると、今度こそ少年は何も言えなくなった。他の人間なんて全て利用するしか価値がなく、自分が一人になっても生き延びることが重要だ。今まではそう考えていたし、この学院の生徒たちにもそう言っていた。その言葉に従うのならば、裕子と礼が捕まったと判断した時点でこの学院がもはや安全地帯ではなくなったと判断し、さっさと一人でどこか別の場所へ向かうべきだったのだ。

「でも君はわざわざ危険を冒して私たちを助けに来てくれた」
「だったらなんだ、助けられたことが不満なのか?」
「違うよ、そうじゃない。君は君や私たちが考えている以上に、いい人なんじゃないかってこと」

 その言葉に、思わず少年の口から笑い声が零れた。今まで自分の意志の有無に関わらず大勢の人を殺し、見捨ててきた自分がいい人だって? そう考えるだけでバカバカしいと少年は礼を嗤った。こんな僕がいい人なら、大量殺人を犯した犯罪者やテロリストだっていい人だ。

「あんた、もっと賢い人間かと思ってたけど馬鹿だな」
「私は真面目だよ。君はたぶん、いい人なんだと思う」
「僕はもう何十人も人を殺してんだよ。この際だから教えてやるけど、あんたと先生を助けた後、あのキャンプ場に残ってた連中は全員殺した。男も女も、年寄りも子供も全員だ。それでも僕が『いい人』だって?」


 襲ってきた連中は仲間も含めて皆殺しにしたことは裕子以外に教えていなかった。これできっと礼は僕を軽蔑し、恐怖するだろう。それでいい、と少年は思った。初めて人をこの手で殺した時から、僕は戻れない道を歩み始めたのだ。ならばその先に待ち受けているのが地獄だろうが、人々の恐怖と軽蔑の視線、そして罵声を浴びせられようが、進み続けるしかない。
 だが礼はさほど衝撃を受けた様子はなさそうだった。そのことが少年にとっては驚きだった。他の生徒に比べ色々と達観しているように見える礼だが、殺人だけは彼女にとっても禁忌だろうに。

「君が何人人を殺していようが、私は君をいい人だと思うよ。仮に君が殺人を犯そうとも、それは仕方のないことなんだと思う。もしも世界がこんな状況じゃなかったら、きっと君は誰かを傷つけることも出来ない優しい人なんだろうね」
「……何が言いたいんだ、僕を褒めようが何も出ないし何もするつもりもない。用がないならさっさと戻れよ」

 少年はこれ以上礼と一緒にいたくないと感じていた。彼女の言った「仕方のない」という言葉が、胸に突き刺さった。

 本当は僕だってこんなことしたくなかった。襲ってくる連中を皆殺しにして、その仲間も将来の脅威になりかねないからまとめて殺すなんて間違ってる。そう、僕は間違っている。

 そんな言葉が心の奥底から漏れ出てきて、少年はその言葉を押さえつけるのに必死だった。自分が間違っていると認めたくはなかった。生きるために正しいことをしているのだ、そう考えてやってきたからこそ今まで生き残れたのだと必死に思い込んでいた。
 だが礼の言葉は、少年の心をかき乱す。だから少年は彼女と一緒にいたくないと感じていた。このまま彼女の言葉を聞いていたら、今まで抑えつけてきたもの、心の奥底に隠してきた様々な感情があふれ出し、自分を壊してしまう。
 少年は礼に背を向け、外の見張りを続けるふりをすることで、全身で彼女に「帰れ」との意思表示をした。そんな少年の背中を見ながらため息を吐いた礼は、「強情だなぁ……」と小さく呟く。

「じゃあ単刀直入に言うけど、私君のことが好きみたい。私の彼氏になってくれない?」
「……はぁ?」

 少年は礼が何を言っているのか理解できなかった。「好き」という言葉が「隙」と脳内で変換され、「自分が隙だらけということを彼女は伝えているのだろうか」と本気で考えた。だがそんな考えも「君彼女とかいるの? いないならいいよね?」と後に続いた礼の言葉により、どうやら自分は愛の告白をされているらしいと少年はようやく理解した。

「……あんた馬鹿だな」
「よく言われるよ」
「こんな状況だってのに恋愛ごっこに現を抜かせるなんて、頭の中身がどうなっているのか知りたいくらいだ。第一あんたは僕に色仕掛けでこの学院に留まらせようとしていたんだろ。そんな奴の言葉なんか信用できない」
「確かに最初の頃は君がどういう人間か知らなかったから、ついそんなことも言った。そのことを不快に思っているのなら謝るよ。でもこの前君に助けられた時、私は君が好きなんだって唐突に理解したんだ」
「それはいわゆる吊り橋効果ってやつで、ハリウッド映画でピンチを乗り越えた男女が自然とカップルになるようなもんだ。第一僕はあんたを好きになれるほど、あんたのことを何も知らない」

 口ではそう言いつつも、突然の愛の告白に何を言っているのか少年は自分でも理解できていなかった。これまでの人生で愛の告白をしたこともされたこともなく、ガールフレンドの一人も出来たためしがない少年が、礼の告白にどう対応すればいいのかわからないのも当然のことだった。

「好きになるって、相手のことを知るとか知らないとかそういう問題じゃないと思うんだけどな」
「あほくさ。この前人質に取られた時の恐怖で頭がおかしくなってるんじゃないのか? 僕はあんたの恋愛ごっこに付き合うつもりはない」

 すでに腕時計の針は見張りの交代時刻を指していた。ライフルを手に階段を下りて校舎内に戻ろうとした少年に、背後から礼が声をかける。

「逃げるの? 今までと同じように」
「逃げる、だって?」
「君は逃げてるよ、いろんなことから。向き合わなきゃならないことがたくさんあるのに、それから目を逸らし続けてるように私は見える」

 逃げている。その言葉に少年は我を忘れて怒鳴っていた。

「あんたに僕の何がわかる!? 僕が今までどんな気持ちでどんなことをして生きてきたのか、ずっとこの学院で安穏と過ごしてきたあんたらがわかるのか!?」

 背後で礼が何か言ったが、もう何も耳に入らなかった。少年は一気に階段を駆け下りて、自分の使っている教室へと向かった。
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