残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一四二話 説得するお話

2019-07-28 23:07:02 | カメラ
 少年が連れていかれたのは、それまで監禁されていた倉庫とは別の建物だった。昔は工場だったらしいその建物の一室には独房らしき鉄格子付きの部屋が設けられ、少年はそこへ放り込まれた。

 少年を連行した団長の取り巻きはどこかへ行き、残されたのは少年と見張りの男が一人だけだった。自分と歳が近いであろうその見張りの後ろ姿を眺めながら、少年はこの建物へ移送される間に見た光景を思い出す。



 何十人もの人員を抱える同胞団の本拠地とあって、人も物資もここには豊富に用意されているようだった。同胞団はかつての港湾地帯の一角を金網やバリケードで外部と隔離し、そこに安全地帯を設けている。その安全地帯の内側にある建物はほとんどが倉庫や工場だが、それらの建物の多くの屋根には発電用のソーラーパネルが取り付けられていた。

 環境活動の一環として工場の敷地内に再生可能エネルギーの発電施設を設け、工場稼働用の電力として利用している企業もあるが、ほんの一部だけだ。拠点内にある建物の屋根にあるソーラーパネルの多くは、同胞団の手によって後付けされたものだろう。荷台に資材と作業員を載せて拠点内を走る軽トラックを、少年は何台か目撃していた。



 また同胞団は発電機なども十分に用意して、電気の使える生活を保っているようだった。少年はプラグインハイブリッド車や電気自動車が何十台も並べられた駐車場の前を通りがかった時のことを思い出す。それらの車両は内燃機関搭載車と違って無音で電動走行が可能なので、街中を走っていても感染者に見つかるリスクは少なくなる。

 それらの電動車両は同胞団の移動手段としてだけでなく、拠点内の給電用としても利用されているようだった。プラグインハイブリッド車はエンジンを動かすことで発電が可能だし、駆動用のバッテリーが積んであれば蓄えられた電気を外部に供給することができる。



 同胞団はそれらの電気を使い、工作機械を動かしていた。ちょうど休憩時間だったのか、作業着を着た男たちがシャッターの開いた工場の中から出てくる様子を少年は目撃していた。工場で何を作っているのかはわからないが、どうせ人を殺すための道具だろう。

 少年と佐藤を襲った同胞団員たちは、自作の消音器付きの短機関銃で武装していた。それらの消音器や、もしかしたら武器弾薬も作っているのかもしれない。銃弾は火薬が無ければ作れないが、逆に火薬さえ調達できれば後は作るのは簡単だ。

 同胞団の拠点には十分すぎる工作機械が揃っている。元々この辺り一帯は工業地帯だ、工作機械などそこらにいくらでもある。そこに外部から集めてきたエンジニアを加えれば、武器を作り出すのは容易いことだろう。



「なああんた、佐藤さんと一緒にいたって本当なのか?」



 少年が今まで見てきた同胞団の情報を整理していると、訥々に鉄格子の向こうにいる見張りが声をかけてきた。なぜ一介の構成員が佐藤の名前を知っているのか疑問に思ったが、少年は答えた。



「本当だ、それがどうした」

「佐藤さんはまだ元気なのか?」

「なんでその質問に答えなきゃならない? お前らは僕と佐藤さんの敵だぞ」

「・・・そうだな、悪かった。気にしないでくれ」



 なんでこの見張りが佐藤の名前を知っているのか。しかも佐藤は同胞団の敵であるはずなのに、見張りが彼の名前を呼ぶ時には、その口調からは憎しみや怒りなどは感じられなかった。

 そこで少年は、かつて佐藤にも仲間がいたことを思い出した。だがその仲間たちの中で、若い男性の多くは自分たちばかりが危険で過酷な仕事を与えられることに怒り、武器と食料を持ち出して同胞団に寝返ったことも佐藤から聞いた。



 もしかしてこの見張りは、かつての佐藤の仲間の一人なのではないか? そう考えた少年が見張りに尋ねると、答えはイエスだった。



「どうだ同胞団の暮らしは? 連中の口車に乗せられて、弱い人たちを見捨てて来たんだ。さぞかし快適な生活を送っているんだろうな」



 少年が皮肉っぽくそう言うと、見張りは疲れたような口調で返した。



「いや、そんなんじゃない。正直、こんなとこ来なきゃよかった・・・」

「来なきゃよかった? なんで?」

「思ってたのと違う。俺はもっと、多くの人から自分の力を認められたくて同胞団に入ったんだ。もっと活躍出来て色んな人から賞賛されると思ってた。でも・・・」



 どうやら彼は、後先考えずに大人たちへの反発心から同胞団に入ってしまったらしい。大人たち、年寄たちに、若くて体力がある男だからという理由で危険な仕事を押し付けられ、そんな大人たちへの反発心が佐藤と一緒にいた若者たちの間には渦巻いていた。

 そこへ同胞団がささやいた「弱肉強食」「弱い者に生きる価値はない」「君たちには力がある」という言葉は、さぞかし効果があっただろう。結果として佐藤の仲間だった若者たちは、自分たちをこき使う大人たちへと反乱を起こし、同胞団の側へと寝返った。



「ここに来てやらされるのは、ひたすら人を傷つける仕事だ。街に生存者がいて、役に立ちそうにない連中だったら銃を突き付けて言うことを聞かせる。反抗してくる連中は殺し、物資は奪う」

「今さら何言ってんだ、最初からそれがわかってて同胞団に入ったんだろう」

「確かに自分がそういったことをするんだろうなとは考えていたし、むしろ望んでいたさ。法律も警察もなくなったんだから、力が正義になったんだ。力がある奴は何をしてもいいんだって。でも実際にやってみると、後悔しか残らなかった」



 頭に血が上った状態での性急な判断と、若さゆえの過ちが招いた後悔だろう。



「襲ってくる連中を撃つことは俺にだってできた。でもひっそりと隠れて平和に暮らしている連中を襲撃するなんて。そのうえ子供まで殺すなんてことは・・・」

「殺したのか?」

「いや、俺はそこまでのことはできなかった。でも俺と一緒に同胞団に入った連中は、嬉々として女子供をも殺している奴が多かった。そいつらは順当に昇格して、今じゃ幹部になった奴もいる。それが出来なかった俺はここで、捕虜の見張り番だ」



 この見張りは、同胞団の中でもまともな部類に入るのだろう。少年は見張りの男が自分の行為を後悔していると察した。

 上手く彼を唆せば、ここから脱出できるのでは? 少年はそう思い、さらに見張りに話しかける。



「後悔してるのか? 同胞団に入ったことを」

「ああ、でもどうしていいのかわからない。ここで生きていくためには、何の罪もない人を殺せるようにならなきゃいけない。そんなのは嫌だ」



 見張りの男がなぜ少年にこんな話をしたのかが分かったような気がした。こんな話を同胞団の仲間にでもしたら、「生きる価値のない弱い人間」認定されて、殺されるか捨て駒として危険な場所に投入され続ける羽目になるだろう。何のしがらみもなくいずれ殺される予定の、外から連れてこられた少年にしか話せないことだ。

 少年は彼と見張りを隔てる鉄格子に顔を近づけ、囁いた。



「僕をここから出してくれないか?」

「はっ!?」

「ここにいるのは嫌なんだろ? 僕と一緒に逃げ出そうぜ」



 そう言うと途端に見張りは狼狽えだした。いけるか? と思ったのもつかの間、「そんなことできるか!」と、至極当然な言葉が彼から帰ってきた。



「そんなことしてみろ、俺が殺されちまう!」

「だから一緒に逃げるんだよ。こんなとこいたっていいことないぞ」

「無理だ、ここから逃げ出せるもんか! それにあんな偉そうな態度のジジイババアどもがいる場所に戻るのはごめんだ。殺されそうな目にあいながら労われることもなく、文句ばかり言ってくる連中のために働くのは嫌だ」

「じゃあここでこれからも女子供を容赦なく殺し続ける生活を送るというんだな、お前は」



 少年がそう問い詰めると、見張りは「それも嫌だ」と首を横に振った。

 どちらの生活がいいのか、少年にもわからなかった。ただ自分だったら同胞団に所属し何の罪もない人たちを殺し、それが正当化される生活を選びたくはないと思った。

 だがこの見張りの男にも、いろいろな事情があるのだろう。佐藤の元仲間たちが集団で脱走し、同胞団に寝返ったという話は以前に聞いていた。脱走した若者たちは、自分たちが若いという理由だけで危険な仕事ばかりを押し付けられることに我慢ならなかったと聞いている。何もせず、年上だからという理由だけで大人に偉そうな顔をされ、体力仕事は若者の仕事とばかりに感染者の戦闘など危険な仕事ばかりを押し付けられたら、確かに自分もそんなところからは逃げ出すなと少年は思った。



「どうすればいいか俺にもわかんねえんだよ・・・。でももう俺たちは後戻りできないんだよ」

「なんでだ?」

「一緒に同胞団に来た仲間を俺たちは殺しちまったんだ」



 自分勝手な大人たちの下から逃げ出し、同胞団に迎え入れられたまでは良かった。これで俺たちは自由だ。そう思って舞い上がっていたらしい。



「でもしばらくしたら、やっぱり何か変だと思うようになってきた。同胞団に子供や老人がいないのは足手まといになるからって聞いて、最初は納得してた。でもやっぱり何か変だって言い出す奴が出始めた」



 同胞団の思想に順応した者は多かったが、それを受け入れられない者もやはりいた。同胞団に加わったのは一時の気の迷いだったり、あるいは団長や構成員らの異常性を察知した者たちは、「ここに来たのは間違いだった」「同胞団はおかしい」と、仲間たちに一緒に同胞団を抜けようと説得して回っていたらしい。



「でも俺たちはそいつらの方がおかしいって思った。いや、思い込もうとしたんだ。やがてそいつは結束を乱す不穏分だ。同胞団の価値観にそぐわない、つまり生きる価値がない連中だって誰かが言い始めて・・・」



 こうして苦楽を共にしてきた仲間を、若者たちは自分たちの手でリンチにかけて殺した。



「本当は殺された奴らの言ってたことが正しいのかもって感じてた。でもそれを言ったら、せっかく何もかも捨てて同胞団へ逃げてきたことが無駄になるって思ったんだ。皆同胞団が元いた場所よりもいいところだと思ってやってきたのに、本当は同胞団はひどい連中でしたってことだったら、今までの俺たちの行動が全部無駄になる気がして」

「で、仲間内で殺しあったと」



 恐らく若者たちに、仲間を殺すよう唆したのは同胞団の誰かだろう。佐藤から聞いた同胞団の構成員獲得方法で、似たようなやり口を聞いたことがある。

 いずれにせよ、仲間を殺したことで若者たちは後戻りできなくなってしまった。彼らに残された道は、同胞団に所属しその理念が正しいものと思い込み続けることだけだ。仲間を殺したという負い目が、彼らを同胞団に縛り続けるのだろう。殺された奴が間違っていたのであって、同胞団に加わった選択をした自分たちは間違っていない。心の平穏を保つためには、そう思い続けるしかない。



「でも今じゃ、一緒にやってきた仲間の大半が同胞団の理念に賛同してる。力のある自分たちが正義だ、弱い連中は生きる価値もない存在だから好きにして構わない。だけど俺はどうしても、そこまで吹っ切ることが出来ない」

「だから一緒に逃げようぜと言ってるんだよ」

「俺は何が正しいのかわからないんだ。ここから逃げた方がいいのか、同胞団に居続けた方がいいのか」



 これ以上何を言っても事態は変わらないな。少年はそう悟った。

 見張りの男が少年に心の内を話したのは、別に相談に乗ってほしいからではない。単に自分の悩みを誰かに話したかっただけで、それに対する答えは求めていないのだ。

 心の底から、今すぐ同胞団を脱走したいとは彼も考えていないのだろう。同胞団の思想に不満はあるが、仕事をきちんとこなしていれば食事が貰える今の生活を捨てたいとも思わない。女子供を殺すのは嫌だが、敵と決めた人間を殺すことに抵抗はない。



 この見張りの男は敵対的ではないが、味方にもなってはくれなさそうだ。そう考えた少年は、彼を説得することを諦めた。助けなしで、自力でどうにかして生きてここを脱出するしか方法はない。



「ところで、俺はこれから何をされるんだ? 団長サマにはサーカスをやってもらうって言われたが」

「俺だってここの見張りに配属されたのは最近だ、そんなにたくさんの捕虜を見てきたわけじゃない。でも、大抵はロクな目に遭っていない」

「と、言うと?」

「知らない方がいい」



 見張りと話したのはそれっきりだった。

 わかってはいたが、自分はこれから悲惨な目に遭うらしい。少年は何とか生きてここを脱出できないものかと、周囲の様子を探り始めた。
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