残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一二〇話 善悪の屑なお話

2017-12-12 23:07:45 | ただひたすら走って逃げ回るお話

 五日も経てば、身体の痛みはかなり引いていた。普通に歩けるようになったし、腕も動かせる。走ったり銃を振り回すようなことさえしなければ、普通の――――――もはや何が普通なのかわからなかったが――――――生活が送れる。
 それと共に、少年は佐藤の仲間が暮らしている場所まで向かうこととなった。目的は生存者達から物資を収奪して回り、さらに脅迫を行って物資を集めさせているという同胞団の姿を見ることだった。佐藤はその上で少年に一緒に戦うかどうか決めてほしいと言っていたが、少年は未だにどうするかを決めあぐねている。

 何が正しくて何が間違っていることなのか、少年にはわからなかった。同胞団のやっていることは平たく言えばカツアゲで、一昔前ならば非難され法の裁きを受けるべき行為だった。だが世界は変わってしまった。今の世の中を支配するのは暴力であり、一昔前ならば犯罪に当たる行為でもやっていかなければ生きていけない世界になってしまった。
 そんな世界で盗むな殺すな犯すなの戒めを守っている人間がどれだけいるというのか。同胞団がやっていることは平たく言えばカツアゲで、一昔前ならば非難され法の裁きを受けるべき行為だった。しかし感染者の出現で世の中は一変し、生きるためならばなんでもしなければならない世界になってしまった。自衛隊が感染者でない人間まで射殺することが許可されていたように、状況が変われば許される行為も増える。

 平時でも、「正当防衛」という形で他者の命を奪うことは許されていた。同胞団も自分たちの身を守るため、そして生き延びるために他者を殺害し、物資を収奪している。平時の常識や感性に照らしてみればそれらは非難されるべき行為だが、世界が変わってしまった今では仕方がない行為だとも言えるのではないか?
 殺人行為は普通の世界では非難され、忌むべき行為として扱われていた。その例外が「正当防衛」や「緊急避難」だ。「自分の身を守るため」「誰かの命を守るため」という理由があれば、殺人は許されていた。

 そして今の世界は普通ではなくなった。少年は「自分の身を守るため」「他の誰かを助けるため」という理由を並べ立て、多くの人を殺し、物を盗んできた。自衛隊は「他の大勢を守るため」「国家を存続させるため」という命令を受け、大勢の市民を殺害した。ならば同胞団のやっていることだって、同じことなのではないか?
 彼らも自分たちが生き延びるため、多くの人々を殺し、また脅して物資を奪っているのだという。このご時世、誰かを助けることは難しい。誰かを助けていたら、逆に自分まで死んでしまいかねない。誰もが自分の身を守ることで精いっぱいなのに、他の誰かのことを考えて行動している余裕はない。
 だから自分たちのことだけを考える。自分たちだけが生き延びる。そのためならば自分たち以外の誰かが何人苦しもうが、死のうが構わない。そう考えて行動することも、正当防衛や緊急避難の一種なのではないか?


 少年が佐藤の提案に乗ったのは、そんな同胞団の姿を見て自分がどんな存在であったのかを知りたかったからだ。少年は自分の身を守るためと言いながら、自分に敵対した者たちはその仲間であっても徹底的に皆殺しにしていた。たとえ直接少年に武器を向けていなくとも、攻撃してきた者の仲間であれば年寄りだろうが子供だろうが全員殺し、報復されるリスクを絶っていた。
 殺された人々は少年をどのように見ていたのだろうか? 容赦のない復讐者か、気が狂った大量殺人者か。あるいは淡々と人を殺していくマシーンか。だが死者は何も語らない。自分の姿ならば鏡を見れば把握できるが、行いとなると第三者の目を通してでしか善悪を計ることはできない。

 少年には一緒に行動する仲間はいなかった。だから他者から自分がどのように見えているのか知ることが出来なかった。今回かつての自分と同じように「生き延びるため」と称して様々なことをやっている同胞団の姿を見て、自分がどう感じるのか。自分の過去の行いが正しかったのか、それとも間違っていたのか。そこで答えが出せるかもしれない。


 佐藤の仲間がいるという場所までは、目隠しをした状態で案内された。敵意こそ向けていないものの、佐藤にとって少年はまだ信頼できる存在というわけではないらしい。目隠しをして移動経路や目的地をわからなくさせているのは、少年が同胞団と一緒になって佐藤の仲間たちに危害を加えないように、という考えからなのだろう。
 佐藤が使っていた車は、奇しくも少年が罠に引っかかる直前に荷物を移し替えたSUVと全くの同型車だった。色違いのSUVに乗せられた少年は目隠しを施され、ついでとばかりに手錠を嵌められて助手席に座り、一時間ほど車に揺られ続けた。一時間もかかる距離にはないだろうから、実際にはわざと回り道をして少年の距離感覚を狂わせようとしたのかもしれない。

 途中で運転モードを電動に切り替えたのか、エンジン音が消えて代わりにモーターの静かな駆動音が聞こえてきた。目的地が近いのだろうなという少年の予想は当たり、数分後にSUVは停車した。

「降りるんだ」

 佐藤の声と共に目隠しを外され、続いて手錠を解かれる。佐藤は既にカービン銃を手に、車から降りていた。少年も佐藤に続き、車を降りる。
 そういえば来る時に武器の類は一切持ってこなかったな、と思ったのもつかの間、佐藤が一丁の自動拳銃をグリップを先にして少年に差し出してきた。よく見ればそれは佐藤が没収していた少年の持ち物で、「護身用だ」と佐藤は言った。

「なるべく撃つなよ、銃声は聞かれたくない。撃っていい時は俺が合図する、それ以外は撃つな。あとわかっていると思うが、俺に銃口を向けた場合は」
「殺す、でしょう?」

 言われなくともわかっていた。ケガをしていようがしていまいが、少年には絶対に佐藤には勝てないという奇妙な自信があった。もしも少年が佐藤を殺そうと銃口を向けようとしても、その前に銃弾を叩きこまれてあの世行きになるだろう。試してみれば佐藤の実力がわかるかもしれないが、もしも少年の予想通りだったら直後に死を迎えることになる。

 拳銃は至近距離でしか通用しないし、命中精度も低い。その上威力も弱いとあっては感染者相手には文字通り護身用にしかならない。戦闘になる可能性があるのならばライフル銃の方がよかったが、まだ腕が完全に治っていない状態では両手が塞がるライフルは満足に使えないだろう。予備弾倉もない拳銃一丁で街の中を進むのは不安だったが、佐藤を信じるしかない。

 スライドを引いて初弾を装填し、佐藤の後に続いて歩き出す。二人がやって来たのはどうやら海沿いの街らしく、潮の香りがかなり強くなっていた。道路の向こうにはタワーマンションらしき高い建物がいくつか見えている。

「ここを曲がるぞ」

 道路の突き当りは川で、タワーマンションはその対岸に建っている――――――と思ったが、よくよく見たら川にしては流れがないし、波打っている。そこでようやく、少年は対岸の土地が自然のものではなく海の上にできた埋立地であることに気づいた。埋立地はかなり広いようで、見渡すとタワーマンションだけでなく、大きなショッピングモールらしき建物もある。

「ここは?」
「東京湾の埋め立て地区の一つだ。何年か前から東京の土地不足が深刻化するってことで、東京湾沿岸の埋め立てが盛んに行われてただろう? ここもその一つ、再開発地区だ」

 埋立地はかなり広範囲に及んでいるらしいが、どこも未完成のままのようだ。目の前にある埋め立て地区も、あちこちに建設途中の建物があるし、更地にはブルドーザーやトラックが野ざらしになっていた。しかし人が住んだり商業施設は稼働していたのか、ちらほらと乗用車なども見える。

「ここに佐藤さんの仲間が?」
「ああ、と言ってももう少し歩かなきゃならない」

 佐藤はそう言うと、対岸の埋め立て地区に沿って北に歩き出す。本当にこんなところに人が住んでいるのか、と少年は思った。しかし歩いていくと陸地と対岸を繋ぐ橋が橋脚ごと破壊されていたり、あるいは橋のど真ん中に大穴が開けられているのを見て、確かに人がいるかもしれないと考えを改めた。
 思えば埋立地というのはなかなかいい避難場所のようにも思える。感染者は泳げないから海や川を渡れない。陸地とつながる橋を破壊しておくか、あるいは封鎖すれば埋立地は陸の孤島と化す。外部から感染者が入ってこれない絶好の場所だ。もっとも外から感染者が入れないということは自分たちも出ていくことが出来ないから、移動経路を残しておかなければ内部の食料が尽きたら困ることになるだろうが。

「そろそろだ……同胞団の連中も来たようだな」

 そう言って佐藤は少年を手招きし、近くにあった古びた雑居ビルの非常階段を上った。潮風に晒され続け、塗装も剥がれて赤錆でボロボロになった雑居ビルの階段を上ると、300メートルほど離れた埋立地の岸にいくつかの人影が蠢いているのが見えた。佐藤から手渡された双眼鏡を覗くと、その人影は普通の人間のように見える。あれが佐藤の仲間の生存者たちなのだろうか。
 表情こそ窺い知ることは出来なかったが、彼らが何かを待っている様子だけははっきりと見て取れた。見れば生存者たちの傍らにはいくつも段ボールが積まれたカートがいくつか置かれている。佐藤の話が正しければ、あれが生存者たちが危険を冒して集めてきた物資なのだろう。

 その反対側、つまり少年たちがいる方からは二台の乗用車がやってきて、生存者たちが待ち受ける橋の前で止まった。彼らを隔てる幅20メートルほどの海に架かる橋は、途中から橋桁が10メートルほどに渡って消失している。端の方にある手すりのみは宙ぶらりんの状態で辛うじて残っているが、歩道や車道はきれいさっぱりなくなっていた。

「あの橋は俺が爆破した、まだいくつか爆薬が残ってたからな。もっとも埋立地と陸地を繋ぐ橋を全て吹っ飛ばすには足りない量だったから、放置されていた建機を動かして残りは無理やり穴をあけて通れなくしておいた」

 ここに来るまでの間に見た破壊された橋、あれらはすべて佐藤がやったらしい。双眼鏡を覗く少年の隣で、カービン銃を構える佐藤がそう言った。佐藤は佐藤で銃を構え、取り付けられたスコープを覗き、人影を今やって来た二台の乗用車へと向けている。

「でも橋が破壊されたなら、どうやって物資を渡すんです?」
「見ればわかる」

 双眼鏡の中で埋立地の側にいる人影が、破壊された橋の途中まで進んでいくのが見えた。よく見ると残った橋桁の両方の先端に、ワイヤーで繋がれた長い鉄板が跳ね上げられた状態で立っている。人影が欄干に設置された何かの機械を操作すると、ワイヤーが伸びて鉄板が徐々に水平に傾いていった。

「クレーン車から外したワイヤーとウィンチで跳ね橋を作った。もっとも急造のものだから強度は弱く、せいぜい人が通れるくらいだがな。本当は全部の橋に同じものを作っておきたかったんだが、人手も資材も足りなかった」

 やがて鉄板が完全に水平になり、橋に開いていた大穴が半分埋まった。それを待っていたかのように、車から何人かの男たちが下りてくる。種類まではわからないものの、全員が手に銃を持っているのが見えた。
 男たちも陸地側に設置してあったウィンチの機械を操作して、橋となる鉄板を水平に傾けていく。陸地側の鉄板も水平に下りると、橋の大穴が二枚の鉄板で渡れるようになった。

 よく考えられているな、と少年は思った。陸地と埋立地の側の両方にウィンチを設置し、双方を操作してようやく橋を渡れる両開き式にしておけば、万が一片方に何らかのトラブルが発生して鉄板が下りたままになっても、もう片方を操作すれば外部からの侵入を防げる。同時に埋立地に感染者や敵が侵入し、逃げ出す時にも埋立地側の鉄板は下ろしたまま、陸地側の鉄板を跳ね上げておけば敵は追ってくることが出来なくなる。

「見た限り外部からの侵入は防げそうですけど、なんで佐藤さんのお仲間は同胞団に従っているんですか? 橋を上げたままにして籠城すればよかったのでは?」
「物資が十分あって、全員が俺と同じ考え方をしていればそうしただろうな。でも埋立地の中の店は漁りつくして、食料はほとんど残っていなかった。それに敵は人間だ、やろうと思えば、考えればいくらでも侵入経路はある。ヨットとか大きな船は軒並み自衛隊に破壊されたが、船外機付きや手漕ぎのボートはいくらでも残っている。それらを使えば海からでも侵入できるさ。何より、全員が抵抗しようと考えるほど強い人間じゃなかった。強い連中は皆同胞団の方に行っちまったからな、だから同胞団に銃を突き付けられただけでブルっちまって、怯えて服従する方を選んだ」

 双眼鏡の中では、銃を持った男たちが橋を渡って陸地側へと進入していた。300メートルも離れていたらいくら双眼鏡を使っても遠く離れた人物の顔は見えない。それでも自分たちのテリトリーに乗り込まれた佐藤の仲間たちが、怯えている様子だけははっきりと伝わってきていた。


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1 コメント

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Unknown (1919810)
2017-12-28 19:54:33
更新来ててうれしい……うれしい……
なろうの方のに追い付くのはまだ掛かりそうですかねぇ(ねっとり

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