残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一四八話 EAT KILL ALLなお話

2020-01-26 00:25:24 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 少年は短機関銃を構え、ライブハウスの中を進んでいった。ライブハウスは元は倉庫を改築したものなので、それほど構造が複雑であるわけも無い。それに少年はここに連れてこられた時に、ある程度入り口からステージまでの道順を覚えていた。それを逆に辿るだけでいい。



 外へと通じるドアは開かれたままになっており、慌てて団員たちがライブハウスから出て行った様子が見て取れた。少年が自分も外へ出ようとしたその時、外から足音が聞こえてきたので慌てて手近な柱の陰に隠れる。

 外からライブハウスの中に戻ってきたのは、先ほどの警備員たちの仲間だった。手に手にライフルや散弾銃を携えた二人組みが、開かれたままの扉からライブハウスの中へと飛び込む。よほど急いでいたのか、二人は近くに隠れていた少年にすら気付かなかった。



「連絡が無い、あいつら何やってるんだ」



 警備員の一人が少年の脇を通り抜ける際、そう呟くのが聞こえた。あいつら、というのは少年を拘束しようとしていた別の警備員たちのことだろうか。であれば連絡など来るはずが無い。あの二人はとっくに感染者の餌食となってその身体を貪り食われているか、自らも感染者となっていることだろう。

 少年は警備員たちが横を通り過ぎ、角を曲がって見えなくなると、彼らが今入ってきたばかりの入り口からこっそりと外へ出た。外にも同胞団の連中がいるかと身構えたが、ライブハウスの周辺には誰もいなかった。

 拠点のあちこちで赤い炎が上がり、黒い煙が夜空へ向けて立ち上っている。爆弾を仕掛けた人物が、同時に火もつけて回っているのだろうか。ただし発生している火災はどれも小規模なようで、消火器などがあれば消し止めることは可能だろう。



 優先順位としてはまず武器弾薬の確保、続いて拠点内の構造把握と脱出路の確保、それから亜樹たちの救出だ。

 銃は手に入れたが、弾がないのでは話にならない。銃に残っているのはたったの5発で、銃撃戦になれば一瞬で撃ち尽くしてしまう。なるべく戦闘は避けるつもりだが、その備えはしておかなければならない。

 少年がいるライブハウスの周辺には人影は見えない。普段はここは誰も利用しない、それほど重要な拠点でもないのだろう。今頃同胞団の団員たちは感染者の襲撃に備えて拠点外周部で警戒に当たっているか、あるいは拠点内部で消火と襲撃者の追跡に駆り出されているはずだ。



 まずは武器弾薬の確保だ。といっても、少年にはどこに武器庫があるかわからなかったし、それに武器庫に行けたとしても警戒が厳重で侵入など不可能であることは分かっている。幸か不幸か、同胞団の人間は全員が銃火器で武装している。一人ずつ倒していけば、武器は手に入る。



 その時、再度大きな爆発音が轟いた。空気が震え、倉庫の窓ガラスがいくつか割れる。それと同時に街灯が一斉に消え、辺りは暗闇に包まれた。

 どうやら爆弾で発電施設を破壊したらしい。同胞団の拠点では、太陽光や風力発電機、それに電気自動車などを組み合わせて、夜間でも電力供給が出来る体制が整えられていた。昼間の間に太陽光発電機などで電気自動車のバッテリーに電力を蓄え、夜間はそこから電力を供給することで、同胞団の拠点内は夜間でも電気が使えるようになっていた。拠点内全てを明るくすることは供給電力量の問題や、被発見性の問題から難しかったが、それでも道路や通路については明かりが灯され往来には支障が出ないようになっていた。

 その明かりが全て消えてしまった。少年はこれを好機と考え、一気に走り出す。立ち上る炎が、空をオレンジ色に染める。この炎を見て、感染者たちも続々とこの場所に集まってくるかもしれない。



 少年は同胞団の拠点内の構造についてはほとんど知らなかった。捕まってここに連行されてきてからは独房とコロシアムのみが少年の居場所であり、自由に外の様子を知ることも出来なかった。

 少なくとも、この拠点が海沿いにあることはわかっている。だから西へ行けばやがては拠点から脱出できるはずだ。少年は夜空を見上げ、北極星の位置を確認した。街に明かりが一切灯っていないおかげで、夜空の星ははっきりと見える。

 おおよその方位を確認し終えた直後、不意に倉庫の外壁などに取り付けられたライトが再び点灯した。どうやら非常用の発電機を使って、再度電力供給を開始したらしい。ただし発電量は電気自動車数十台分のバッテリーからの給電量には劣るようで、全ての電気が元通り灯ったわけではなかった。



 建物の外壁に非常用で後付けしたらしい、オレンジ色の街灯が所々で点灯する。それほど強力な明かりではなかったが、暗闇に慣れた目には眩しいと感じるほどの光だった。

 そしてその光に慣れてくると、ようやく少年も身の回りの景色をはっきりと認識することが出来るようになった。少年が今いるのは資材置き場のようで、樹脂製のパレットが山のようにうずたかく積まれ、角材や鉄骨が束ねられた状態で地面に並べられている。潮風で茶色く錆付いたフォークリフトが、ここは以前工業地帯であったことを少年に思い出させた。

 積み重ねられたパレットは、さながら壁のようだ。するとその時、少年の数メートル先のパレットの壁の切れ目から、一つの人影が飛び出してきた。額には黒いバンダナを巻き、手には狩猟用の散弾銃を携えている。同胞団の人間だ、と理解した瞬間、少年は短機関銃を構えて声を上げていた。



「動くな、武器を捨てろ!」



 そのまま発砲しなかったのは、残された銃弾で男を仕留めきれるかという考えもあったが、一番の理由としては銃声で自分の居場所を気付かれたくなかったからだ。20代半ばといった男はどうやら銃口を向けられるその瞬間まで少年の存在に気付いていなかったらしく、目を見開いて大慌てで両手を上げていた。



「わ、分かった分かった! だから撃たないでくれ!」



 反撃を試みなかったのは、男にもきちんと理性が残っていたからだろう。既に銃口を向けている少年に対して、男は余りにも無防備過ぎた。おかしな真似をすれば撃たれるだろうということを、パニック状態でも理解していたらしい。

 一方少年にとっても、男との遭遇は予想外の事態であった。何とかこちらが先に銃口を突きつけたは良いものの、今後どうすればいいのか全く分からない。それでも男がまだ銃を捨てていなかったので、少年は再び叫んだ。



「早くしろ、銃を捨てないと撃つぞ!」

「分かった分かったよ!」



 男は散弾銃のフォアエンドを掴んでいた左手を下ろし、銃を地面に置いた。だがまだ腰のホルスターには拳銃が収まったままだ。



「拳銃も捨てろ、早く!」



 短機関銃の銃口を振って再度男に叫んだその時、



「おい、何が・・・」



 そういってまたパレットの壁の間から姿を現したのは、もう一人の同胞団員だった。もう一人の方も、少年がいることは予想外だったらしい。だが今度の団員の動きは素早かった。両手を上げている仲間と、彼に銃を突きつけている少年。その姿を見るなり、手にした短機関銃を構え、引き金に指をかけていた。



 だが、少年が引き金を引くほうが早かった。少年は男に狙いを定め、単発に設定した短機関銃の引き金を無茶苦茶に引いた。少年が警備員から奪った短機関銃は照準を安定させるための銃床が取り付けられておらず、弾幕を張って敵を制圧するタイプの銃だった。当てるにはとにかく撃ちまくるしかない。

 少年が放った5発の銃弾のうち、3発が短機関銃を構えていた団員に命中した。団員は胸や首筋から血を噴出して倒れる。だが少年の短機関銃が弾切れになったのを知ったもう一人の男が、上げていた両手を下ろして腰のホルスターから拳銃を引き抜こうとした。



「死ねクソッタレぇっ!」



 少年はその銃口がこちらに向く前に、男に向かって飛び掛っていた。拳銃を握った男の腕を掴み、どうにか銃弾がこちらに飛んでこないように渾身の力を込めてその腕を捻り上げる。男は苦痛に顔を歪めながらも拳銃の引き金を引いたが、少年がその腕を掴んでいたため、銃弾はあらぬ方向へと飛んでいった。



少年は男の腕を掴んだまま、壁のように積上げられたパレットへと突進した。二人分の体重を食らったパレットの山が崩れ、バランスを崩して二人とも転倒する。その際に男が拳銃を取り落とし、少年は男の腕から手を離すと、その拳銃を拾い上げようとした。



 だがその前に男が少年の足に手を伸ばし、またもや少年は転倒した。先に立ち上がった男は地面の拳銃ではなく、背中に吊った鞘に手を伸ばし、短刀を引き抜いた。

 奇声と共に切りかかってきた男の刃の切っ先を、少年は地面に転がってどうにかかわした。男が振り回す同胞団謹製の短刀は、板バネか何かを加工して作ったものであるらしく、軽々と人体を切り裂くだけの鋭利さとしなやかさがある。その切れ味は以前同胞団と戦った際に、少年も身を以て体感していた。



 地面に転がりながらも少年は腐り落ちた木箱の切れ端を拾い上げると、それを男の顔目掛けて投げつけた。男が腕でそれを防いでいる間に少年は立ち上がると、地面に積まれていた角材を一本手に取った。

 長さ1.3メートルほどの角材を構えた少年は、ひとまず男との間合いを計る。男も拳銃を拾い上げる暇は無いと考えたのか、短刀を構えたままじりじりと少年との距離を詰めた。銃声を轟かせたせいで、すぐにも拠点内で襲撃者を探し回っている別の団員たちが駆けつけてくるだろう。なるべく早くことを済ませる必要があった。



 先に動いたのは少年の方だった。手にした角材を男の頭に振り下ろしたが、男は横に飛びのいてそれを避ける。そしてその勢いのまま、今度は斜め下から掬い上げるようにして短刀を振ってきた。

 少年はその斬撃を角材で受け止めたが、短刀の刃は腕ほどの太さもある角材の中心まで深々と突き刺さった。もしもこれが人間相手だったら、手足などスパスパ切れるに違いない。

 少年が短刀が突き刺さった角材を捻ると、短刀を掴んだままの腕を捻られる形となった男が慌ててその手を放した。男から短刀を奪い取った少年は、それが突き刺さったままの角材で男の頭を殴る。だがバランスを崩してしまい、振り回した角材が当たったのは男の肩だった。しかも半ばまで刃が刺さっていたせいで、角材はその部分から真っ二つに折れてしまった。



 角材で殴られた男は呻き声を上げたが、彼の視線は少年ではなく別のものを見据えていた。先ほど少年が射殺した、もう一人の団員だ。その死体の腰のホルスターからは、固定が甘かったのか拳銃が外に出てしまっている。男はその拳銃に目を留めるなり、死体の方へと走り出していた。

 男の意図に気付いた少年も、折れた角材を手放して彼の後を追った。そして今まさに死体から拳銃を拾い上げようとしていたその背中に飛び掛かると、絡みつくようにして地面に押し倒す。



「放せよこの野郎!」



 まるでおんぶされる子供のように背後から押さえつけてくる少年に、男が喚く。だが少年も彼の身体を掴む手足を離すわけにはいかなかった。もしも少年が男の身体を一瞬でも自由にしてしまえば、男は死体の拳銃を手に取ることが出来るだろう。団員の死体は文字通り、彼らの手の届く距離にあった。

 全身全霊、両手両足を総動員することでどうにか男の動きを封じることは出来ているが、それだけだった。男は自由に動くことが出来ない代わりに、少年も身動きが一切取れない。男に代わって死体の銃を手を伸ばそうものならば、先に腕が自由になった男の方が銃を取るだろう。

 だからといっていつまでもこの体勢でくんずほぐれつなレスリングを繰り広げているわけにもいかない。いつ同胞団員らがこの場に駆けつけてくるかも分からないのだ。今すぐ、男の身動きを封じたまま、彼が銃を手に取る前に彼を殺さなければならない。



 両手両足が使えない状況では、取り得る手段は一つだけだった。男の身体を背中から押さえつける少年の目の前には、無防備な彼の首筋があった。男の視線は背後の少年にではなく、目の前の死体の拳銃に注がれている。



 少年は大きく口を開けると、男の首筋に噛み付いた。犬歯が深く突き刺さり、予想外の攻撃に男が目を見開く。



「ぎゃぁあああっ!」



 少年は顎力には自信があったし、歯並びも良かった。思い切り歯を食いしばり、顎に力を込める。鋭い犬歯が男の首筋の皮膚を引き裂き、少年の口いっぱいに血の味が広がった。



「があああ! があああ!」



 パニックに陥った男はわけのわからない悲鳴を上げ、手を振り回して少年を引き剥がそうとしたが、少年は渾身の力で男の身体にしがみつく。生きた人間の皮膚と肉は今まで食べたどんなものよりも硬いように感じたが、少年は先に歯が折れるのではないかと思うほどの力を顎に込めた。

 獲物を捕まえた野犬がそうするように、少年は渾身の力を込めて頭を左右に振った。首筋の傷口がさらに広がり、あふれ出した血が少年の口をいっぱいに満たしていく。濃厚な鉄の味と、脂のぬめぬめした感触で気分が悪くなったが、少年は男の首筋に食らいつくのをやめなかった。



 ブチブチッという何かが千切れる感触と共に、不意に少年の頭が大きく後ろに仰け反った。それと同時に男の首筋から、噴水のように血が噴き出す。



「うわぁぁ」



 少年が男の身体を押しのけると、男は情けない声を上げて首筋を押さえた。そこでようやく少年は、自分が男の首筋の肉を食い千切ったのだということを理解した。口の中にあるゴムみたいな感触をしたものは、食いちぎった人肉だ。

 少年が吐き出した肉片からは、血管のようなものが突き出ていた。男はもはや少年を倒すことなど頭にはなく、首筋を押さえてどうにか出血を止めようとするので精一杯だった。だが男の努力も空しく、地面には血溜まりが広がっていく。



 男は地面をのた打ち回っていたが、不意にその動きが止まる。どうやら出血性ショックで意識を失ったらしい。

 少年が皮膚を肉ごと食い千切った男の首筋は、見るも無残な姿になっていた。歯型に沿って首筋の皮膚が食いちぎられ、真っ赤な筋肉が傷口から覗き、太い血管まで飛び出している。まるで感染者に襲われた人間のようだった。



 少年は男が先ほどまで手を伸ばしていた、死体のホルスターから拳銃を抜き取った。そして意識を失ったままの男の頭に向けて、一回引き金を引く。男の頭が大きく揺れて、今度こそ完全に動かなくなる。



 すぐに、男たちの死体から武器弾薬をかき集めた。散弾銃を拾い上げ、短機関銃をスリングで背中に吊るす。ホルスターやベストを外している暇はなかったので、拳銃や予備弾倉の類をベルトに挟み、ショットシェルをポケットに突っ込んだ。



 近くまで同胞団の連中が迫っている気配を感じ取っていた少年は、急いでその場を離れようとした。だが途中、通り過ぎようとした錆付いたフォークリフトのミラーに映る自分の姿を見て、一瞬だけ思わず足を止めてしまっていた。



 ミラーに映る少年の口の周りは、男の血で真っ赤に染まっていた。身体中血と泥に塗れ、その姿はまるでこれまで少年が殺してきた感染者のようだった。

 戦わなければ生き残れない。だが戦って生き残っていくためには、理性も道徳観も何もかもを捨てなければならない。同胞団の団長はそう言っていた。だがそのような生き方を人間がするようなら、それはもはや感染者と同じだと少年は団長を非難し、その考えを認めなかった。

 だがその自分がなりふり構わぬ戦い方で、理性も知性も無くした感染者と同じような存在になっていく。何という皮肉だろうと少年は思った。

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