残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ダーク♂ワールド 第十二話

2012-11-30 21:44:45 | ダーク♂ワールド

検問所の壁の向こうには、俺が想像していたのとは大きく異なる光景が広がっていた。戦争で破壊されて荒れ果てているだろうとの予想とは裏腹に、文明的とは言えないまでも綺麗な町並みだった。
 まず町がとても広い。見渡す限り家屋が建ち並び、多くの人々が歩いている。壁の外では破壊された家屋の残骸が未だほとんど手つかずの状態で残されているのに、こちらでは瓦礫なんて一つも見あたらない。一度全ての瓦礫を撤去した上で改めて家を作ったのか、建物の間には広い間が空いている。
 そして町を歩く人々も、今まで俺が見てきた町のように殺気立ってはいない。笑いながら通りを出歩く人達など、俺は考えてもいなかった。彼らのほとんどが軽装という事は荷物を宿屋に置いていて、しかもこの町の宿屋が信頼出来る事を意味している。そして多くの人が安心して外を出歩いているという事は、この町の治安がとてもいいという事だ。
「うわあ……」
 今まで見た事がない光景に、思わずそんな言葉が出る。美月もこの町の光景は予想外だったのか、目を僅かに見開いて周囲を見回していた。
「なんだか、とても良さそうな場所だね……」
「ああ。これだけ人がいるって事は、よっぽど治安がいいんだな」
 二人揃ってしばらく町に見とれ、ようやく我に返った俺はまず町の中心部を目指す事にした。町に入ってすぐこのような光景が広がっているのなら、中心部はもっと素晴らしい場所に違いない。
 周囲を見回して町並みに目を通し、俺と美月はゆっくり進んだ。町の中と外を隔てる壁の近くという事もあったせいか、東に進むにつれ建物や人通りが多くなってくる。こんなご時世だからか外を出歩いているのは男が多いが、女性も少なからず外にいる。それは通りに面した店で客を呼ぶ売り子だったり、休憩中らしく椅子に座って煙草をふかす娼婦などだ。家と家の隙間の小さな道で、幼い子供達がボールを蹴って遊んでいる事すらある。
 女性が堂々と、しかもあからさまに女である事がわかる服装で家の外にいるような町はほとんど見た事がなかった。治安が悪い場所だと女性は家から出ただけで男に襲われかねないから滅多に外へ出ないし、出るとしても自分が男に見えるような服装をする。俺が美月と初めて会った時に彼女の服装に驚いていたのは、そういう理由からだった。
 これほど治安がいいのは、人々が飢えや恐怖をあまり感じる事なく日々を過ごせるからだろう。先生から教わった故事に、衣食を満たす事で人々は礼儀正しくするようになるというものがあった。この町の人々も他人の事を思いやる程の余裕を持って過ごせているのだろう、そうでなければ皆が自分の事ばかりを考え非道に走ってしまう。
 通りの向こうから行商人らしき馬車に乗った中年の男と、彼の護衛らしき銃を携えた数名の男達が近づいてくる。すれ違いざまに見ると、商品が入っているらしき木箱が荷台に山積みになっていた。壁に近い方では店をほとんど見かけなかったので、これから壁を越えて商売に向かうらしい。この町は本州から入ってきた品物を九州全体へと行き渡らせるための中継地点であるようで、九州と本州を行き来する商人達が落としていく金でこの町は潤っているのだ。
「いい町だね、ここは……」
「ああ。でも町に見とれるのもいいけど、これからどうするか考えようぜ」
 今の俺達がやるべき事はたくさんある。それがわかっているのか美月も並んで歩きつつ指を折って数え数える。
「食事と宿探し、それからこの二週間で消費した物を買って……」
「後は情報も集めないとな。本州がどうなっているのか俺もお前もほとんどわからないし」
 実際、俺達が知っている本州の情報はほとんどが噂話か憶測でしかなく、確実な情報はない。戦争中に大量破壊兵器が全土に投下されて街は灰燼と化し、大地は汚染されているだとか、逆にほとんど戦争の影響を受けていない大きな都市があるとか、相反する情報が普通にある。電話もインターネットもない世の中では情報は人伝にしか伝わらないが、それでも信頼性の高い情報は欲しい。知らない内に汚染地帯やミュータントが大発生している場所に足を突っ込んでいた、なんて間抜けなマネはしたくないからだ。
「この町には本州から来てる商人さんも多いらしいから、まずそっちを当たってみる? 食堂とか」
「それよりどこか広い場所を探そう。掲示板が設置されているはずだ」
「掲示板?」
 このように大きく人がよく集まっているような町では、たいてい広場に掲示板が設置され、そこに様々な情報が掲載されている。旅人や商人が入手してきた情報を、他の人がわかるようにとの計らいからだ。どこそこに盗賊の集団がいるとか、激しい抗争が起きている町があるから近寄らない方がいいとか、そういった役に立ちそうな情報である。多くはガセネタや真偽不明の情報だが、その中からでも読みとれる事は多い。その情報が嘘ならば、なぜ嘘をつかなければならないのか。そこで何か起きているからではないか、等々と掲示板を見るだけで色々と推察出来る。
「じゃあまずはお昼ご飯、次に広場を探して情報集めね」
「さっきからお前、食事の事ばかり気にしていないか?」
「しょうがないじゃない、お腹減ったんだもん」
「普通の人間より少ない食事でも、普通の人間以上に動けるって言ってなかったか?」
「だってこの町にはおいしそうな食事がいっぱいありそうなんだから仕方ないじゃん」
 美月の言う通り、先ほどから食欲をそそる香ばしい香りがあちこちから漂ってくるのは確かだった。通りの近くでは露天が広げられ、串に刺さった鶏肉が金網で焼き上げられている。鳥の他にも魚や野菜など、多くの種類の料理が作られているようだ。
 香辛料や調味料が貴重となった今、料理と言えば具を焼くか煮てそれでおしまいである。味付けはせいぜい塩くらいだが、海岸から離れた内陸部では塩すら貴重だ。こうやって調味料を贅沢に使えているのは、この町が交易の要所で豊かだからかもしれない。
 それらの旨そうな食事を目にした事で、俺の腹の虫も鳴り始めた。この二週間は食料の節約のために食事の量や回数を減らしていたし、食べていた物も堅い干し肉などの味気ないものばかりだったので、こうやってまともな食事を見るのは久々だったのだ。
「ね、どっかで食事しようよ。きっと美味しいよ、ここの料理」
 確かに美味い料理を食べて気力の回復、というのもいいかもしれない。先生も「腹が減っては戦は出来ぬ」と言っていたし。俺はこの町で何かと戦うつもりはこれっぽっちもないけど。
「そうだな、何か食おう」
 俺の言葉に美月が満開の笑みを浮かべ、俺の手を取って走り出す。慌てて彼女について行こうと足を踏み出した俺の耳に、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴は今俺達がいる場所の前方から聞こえた。悲鳴は次々と連鎖していき、すぐに多くの人々がこちらへ向けて押し寄せてくる。その顔は必死の形相をしていて、彼らが何かから逃げてきたのは間違いなかった。
 美月は悲鳴を聞くなり繋いだばかりの俺の手を離し、悲鳴がした方向へと駆けだしていた。腰に下げた刀の柄に手を触れ、いつでも抜けるようにしているのが見える。美月を放っておくわけにもいかず、俺も人々の流れに逆らって彼女を追いかけた。
「おい美月、待てって!」
「何かいる! 放っておくわけにはいかないよ!」
「何かって、何だよ!?」
 悲鳴と無数の足音に負けないよう聞き返した途端、逃げる人々の波が過ぎ去り俺は軽くよろめいた。前を見ると、すぐに悲鳴が起きた原因がわかった。

 通りの中心に立っていたのは、一体のミュータントだった。形は普通の蟷螂(かまきり)に見えるが、そのサイズは人間の大人並みにデカい。よく森の中に生息している蟷螂型のミュータントだ。放射性物質か化学物質か何かはわからないが、戦争以降発生しているという事から戦争の影響を受けて発生したのは間違いないらしい。森の中を通っている時、俺も何度か襲われた経験がある。
 そいつが通りの中央で、その存在を誇示するかのように堂々と立っていた。足下には、数人の男女が倒れている。巨大蟷螂にやられたのだろうが、軽傷でまだ息はある。
 巨大蟷螂が元々の普通サイズの小さな蟷螂と違うところは、その一対の前脚だった。本来ギザギザの鎌の形状をしているはずの前脚は左腕しか普通の形をしておらず、右手はまるで剣のように鋭い刃となっていた。右手に剣、左手に鎌といった形だ。本来蟷螂は目の前の獲物を鎌で捕らえて食らうのだが、この巨大蟷螂はその右手の剣で獲物を突き刺したり切りつけて殺し、それから左手の鎌で挟んで食べる。右手の剣は凄まじい勢いで突き出され、時には防刃チョッキすら貫通するほどの威力だ。たまに普通の蟷螂のように右手の鎌で素早く動く獲物を一撃で拘束してから補食する事もある。
 とにかくその巨大蟷螂がこの町中で目の前にいる。それが今重要な事だった。どうやら巨大蟷螂は少女を襲ったが一撃で仕留め損ね、その悲鳴に気づいた人々が一斉に逃げたといったところか。こういった治安がいい場所に住む人々は戦いに慣れていないだろうから、逃げたのは賢明な判断だろう。
 問題はなぜこんな町中にミュータントがいるのか、という事だった。こういったミュータントは森に生息していて、人間のいる町などには住まない。当然外部から侵入してきたと考えるべきだが、巨大蟷螂に限らず昆虫型のミュータントは身体が重く、長距離を飛行できる種類は少ない。この巨大蟷螂は羽があるが、飛べてもせいぜい連続で一〇〇メートルが限界だ。壁を越えてこちら側に侵入してから飛び立ったと考えれば不意に現れたのにも説明がつくが、あれだけ見張りがいたのに人間サイズのミュータントの侵入を見逃すなんて事があるのだろうか……?

 ミュータントの逆三角形の顔がこちらを向き、俺の思考は中断した。とっさに肩に掛けていた八九式小銃に徹甲弾を装填した弾倉を叩き込み、ボルトハンドルを引いてストックを展開する。なぜ逃げずに巨大蟷螂を倒そうと思ったのか、自分でも不思議だった。
「皆頭下げろ!」
 気絶したままだったのかもしれないが、巨大蟷螂の足下に横たわる人々に一応そう叫び、俺は一発発砲した。頭を狙っての射撃で、堅い徹甲弾が命中し巨大蟷螂の左目が吹き飛ぶ。逆三角形から歪な五角形に頭の形が変わったが、巨大蟷螂が倒れる事はなかった。逆に俺を獲物だと認識したのか姿勢を低くして、両手の剣と鎌を構えてこちらを向く。
「マズいな……」
 とっさの事とは言え、一撃で仕留められなかったのは問題だった。もっとも昆虫という物は脳が発達していない分、頭を失っても数十分は動いていられる。しかも元々チキン質の外骨格を持つ昆虫は、ミュータント化する事によりさらに頑丈な身体を持っているのだ。その頑丈は外骨格は、角度が浅ければ小銃弾ですら弾く事があり、巨大蟷螂を確実に仕留めるには正面から貫通力に優れた徹甲弾を撃ち込むか、柔らかい下腹部を狙う必要があった。
 しかし巨大蟷螂が姿勢を低くしてしまったため、不用意に撃つ事は出来ない。まだ足下には気を失った人々が倒れているため、姿勢の低い巨大蟷螂を狙うと下手をすれば彼らを撃ってしまう恐れがある。外骨格に弾かれた跳弾が命中するかもしれない。
「お前ら撃つな! 誤射するかもしれん!」
 遅れて駆け付けた警備隊の隊長らしい男が、銃を構えかけた部下を制する声が聞こえた。巨大蟷螂はゆっくりと気絶したり傷つけた人々を食すつもりだったらしいが、攻撃を仕掛けてきた俺に狙いを変更したようだ。片方しかない目が俺を見据え、大きく前脚を広げる。
 突如蟷螂が四本の後ろ足を素早く動かし突進してきた。そして目の前で右手の剣を大きく振り、俺はどうにか上体を反らしてそれをかわす。空気を切る鋭い音が、俺の耳に届く。昆虫の身体の一部とは言え、ナイフにも匹敵する切れ味をこの右腕の剣は持っているのだ。その勢いとリーチを利用すれば、人間の首を刎ねる事も難しくはない。というか、実際そうやって殺された人間を俺は見た事がある。
 蟷螂は一歩前へ踏み込み、俺を捕らえようと左手の鎌を振る。俺は後ろに跳んでその一撃を避け―――、

着地に失敗し思い切りコケた。

 荷物を背負った背中から地面に叩きつけられ、一瞬視界に火花が散る。足下を見ると、ブーツの滑り止めの跡がついた、潰れたバナナの皮が落ちていた。こんなところにゴミを捨てていった奴は誰だ! そのせいでコケたじゃないか!
 基本的に飛び道具を持たないミュータントと戦う時には、まず距離を取る事が重要だと先生は言っていた。距離を取ればミュータントはこちらを攻撃できないし、逆にこっちは銃で一方的に仕留める事が出来る。何十回も教わった基礎中の基礎、それなのに俺は着地に失敗してミュータントに接近されるという状態に陥っていた。
 警備隊の隊員達も、俺と蟷螂の距離が近いせいで誤射を恐れているのか、銃を構えたまま動けないようだった。その間にも蟷螂は四本の脚をかちかち鳴らしながら、俺に近づいてくる。無事な左目に俺の顔が大きく映っているのが見える距離まであっという間に近づかれ、俺は慌てて小銃を構えようとした。だがそれよりも蟷螂が右手の剣を振り上げるのが、一瞬だけ早かった。
「誠、伏せて!」
 そう美月の声が聞こえたと思った瞬間、左側から何かが突っ込んでくる。それは刀を抜いた美月の姿だった。
 目の前で白刃が輝き、振り下ろされた蟷螂の剣を下から受け止める。そのまま美月が刀を振り上げると、剣を弾かれた蟷螂に一瞬だけ隙が出来た。
「離れて!」
 そんな事を言われなくてもそうするつもりだ。美月が蟷螂と鍔迫り合いを繰り広げている間に小銃を掴み、中腰でその場を離れる。右目を撃ち抜かれて頭に来ているのか(その頭も半分近く欠けているが)、俺を狙って闇雲に蟷螂が剣を振る。物凄い勢いで突き出される蟷螂の剣を美月が刀で受け止め、火花が散るかと思うほどの剣戟だ。
 一方美月の刀を右手の剣で受け止めたままの蟷螂は、もどかしいのか左手の鎌を振り上げた。数メートルの距離を取って小銃を構えた俺だが、至近距離で蟷螂と戦っている美月が邪魔で撃てない。
 次の瞬間ギザギザの刃が付いた鎌が一気に振り下ろされ、美月が捕まる―――と俺は思った。血塗れの姿で拘束された彼女に、一気に剣を突き刺して補食を始める。一瞬でそんな未来が予想できた。その凄惨であろう光景に、思わず目を閉じてしまう。

 しかし俺が恐る恐る目を開くと、今の今まで蟷螂と鍔迫り合いをしていた美月の姿が消えていた。当の蟷螂も何が起きたか理解できないとばかりに、鎌を振り下ろした姿勢のまま固まっている。
「上だ!」
 警備隊の隊員が叫ぶ声で上を向くと、そこにはあり得ない光景が広がっていた。空中高く、建物の二階まで届きそうな高さにまで美月が舞い上がっていたのだ。
「はぁ?」
 普通の人間が、そんな何メートルも跳躍出来るか? 普通は出来ないだろう。いくら運動能力が高い奴だって、身体を地上から一メートルばかり浮き上がらせるのがやっとだろう。
 が、美月は普通の人間ではない事を今思い出し、ようやく彼女が俺のような普通の人間とは文字通りの意味で違う事を実感した。一七歳から身体の成長が止まり、鋭敏な感覚を持ち、高い運動能力を有する。その能力の一端を、俺は今まさに目の当たりにしていた。
 

 後は美月がわずか数秒で終わらせてしまった。空中で刀を構えるなり、落下の勢いを利用して左腕を一気に肩から切断。着地するなり美月の挙動についていけないらしく動きが鈍かった蟷螂の右腕も、同じく肩から切断。そして武器である両腕を失い立ち尽くす蟷螂の首を刎ね、蟷螂は呆気なく倒された。
 身体を動かせるよう、外骨格に覆われた身体にも関節部分には隙間がある。そこを利用して、一気に美月は両腕と肩を落としたのだ。頭を最後に落としたのは、頭が潰されてもしばらくは動き続ける身体を警戒して、先に脅威となる腕を落としたから。文字通り目にも留まらぬ速さで、彼女は俺が手こずっていた巨大蟷螂を倒してしまった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、ああ……」
「もう、無茶しちゃ駄目だよ。バナナの皮で滑って転ぶなんて、昔のギャグマンガじゃないんだから」
 あれほどの戦いを繰り広げたのにも関わらず、美月は全く疲れた様子を見せていなかった。俺なんかドジを踏んで死ぬかもしれないと思ったのに、彼女は涼しい顔だ。
 本当に何なんだ、この北条美月という女は。俺はそう思わざるを得なかった。感心したのではない、どことなく不気味な、そんな気がしたのだ。見た目は少女なのに本当は俺よりもずっと年上で、人間離れした能力を持つ。俺はそんな奴と一緒にいるのだ。今までの彼女の態度からまるで同じ普通の人間の少女みたいに思っていたのに、一気にその見え方が変わったかのようだった。
 やがて一部始終を目撃していた人々が手を叩き、口笛を吹いて拍手喝采で巨大蟷螂に勝利した美月を誉め称える。歓声が道路に溢れ、多くの人々が美月に駆け寄って肩を叩く。いつものようにおどけて手を振り返す彼女の横で、俺は改めて北条美月という女について考えずにはいられなかった。

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