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「養生訓の世界」:その5=人生最高の楽しみは読書

2018年12月28日 | 本・文芸
 前回の養生訓その4では、益軒の自然についての考えと、自然を楽しむことの素晴らしさを縷々書いていることを紹介しました。天然自然の「四時の行われ、百物のなれるありさま」を真に心のうちに感じとるというのでした。自然をより詳しく知ることが必要という時にも、知ればさらに自然を深く愛することができるというように、自然を心から楽しむということが中心になっていました。

 「楽訓」では、この自然の楽しみの次には「読書」の楽しみを挙げています。「およそ読書の楽しみは、色を好まずしてよろこび深く、山林に入らずして心のどかに、富貴ならずして心ゆたけし。これゆえに人間の楽しみこれにかわるものなし。」と、読書が人生最高の楽しみであることを説いています。その読書は、昼よりも静かな夜の方がよく、時間を惜しんで読むべしといい、富貴な人より貧しい人の方が読書の楽しみを得やすいとも言います。

 富貴な人は余計なことに時間や気をつかって読書の楽しさを知らないので、かえって不幸な場合がある。
こんな読書への思いは、さまざまな情報源があるという今日とは違うという面と学者としての面があるにしても、凡人の私にとっても大いに共感できるところです。私は大学時代等では専門的な本を多く読んだと思います。その頃の本もまだ本棚にあるほどです。

 しかし益軒の言葉のように、退職後の10数年間は、さらに多くの分野の本を手にしています。身の回りを読まぬ本を積んでいる身にしてみれば、これがなかったらと思うとぞっとします。この際、その本のうち何冊読んだのなどと言う野暮な質問はしないでおいてほしいところです。一時は、残りの人生を考えて、それこそ何冊読めるかなどと考え、本を買うのを控えてしまったこともありました。これはさまざまな理由で間違いだったと思います。

 さて、益軒は自然と読書を最大の楽しみにしていたのですが、実はもう一つ楽しんでいたことがありました。それは旅です。あの時代に仕事とはいえ京都へ20数回、江戸へも10数回などが記録されています。福岡から京都まで夫婦でも旅しています。旅をして、異郷の自然や風土を調べたり見たりすることが大いなる楽しみであると説いています。

 以上みてきたように、自然、読書、旅は、老年の大いなる楽しみであり、更に人と交わる楽しみ、詩歌を作る楽しみなども何度も説いています。
そして、これらの楽しみを味わうことができてこそ、生きてきた甲斐があるであるといい、過ぎたことはくよくよしないで前向きに生きる大切さを述べています。
 江戸時代のすぐれた学者の言葉とはいえ、だれにも当てはまる人生訓であるなあと得心したのでした。

 江戸時代の、この益軒の自然観は実は普遍的な価値であることを最近特に感じています。それは、一つには、レイチェル・カーソンの「センスオブワンダー」に言われている自然に接する時の感性の問題であり、私が関わっているシェアリングネイチャーを楽しむ時や教える時の姿勢、環境問題です。また、過日読んだ本の「日日是好日」の考えと、普段の生き方へのヒントとしても。映画も見てしまいましたが、淡々とした描き方の中にいろいろ発見がありました。

 
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文化
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