『黒幕と言われた男』の著者の戯言

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樹々希林さんご逝去

2018-09-17 12:24:34 | 日記
 樹々希林さんが亡くなった。どの新聞もTVも大きく取り上げている。

彼女の女優としての功績は皆さんご承知の通り。内田裕也との結婚生活も大半が別居という

変則的な形だが最期には彼の声をスマホの音声をスピーカーにして聞かせたという娘婿・元木

の機転の利いた計らいに静かに息を引き取ったという。幸せな最期、終わりよければ・・だ。

 彼女は全身癌に侵されていたそうだが、ぎりぎりまで現役で仕事をしていたし、

ニューヨークにも飛んでいる。生活の質を保つことに焦点を当てた治療をしていたらしい。

最初の乳癌手術から後の転移を対処療法で過ごしながら5年も生きたのだ。


 私も癌に限らず大きな病気になっても基本的には手術をしない治療法を選びたい。

80歳を過ぎれば 手術に耐える体力はなさそうだし、病院のベッドに縛り付けられたままで

生きていても楽しくない。孫の成長が楽しみでもあり気がかりでもあるけれど、客観的に

見れば私が手助けすることは何もない。むしろお節介が邪魔するだけだろう。

なかなか達観できないが・・・

 それにしても元木君も大した男だ。俳優としていい仕事をしているうえに義母に親切に

尽くしている。結婚するとき義父と義母が内田裕也と樹々希林だということに尻込み

しなかったのか。勇気もあるし人間関係を結ぶ上で知恵も配慮もできる男だった。


 自分の哲学をもって理想どうりに生きて死んだ樹々希林に乾杯!そしてご冥福を祈る。
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映画三昧 京都シネマ

2018-09-16 11:33:07 | 日記
 暑さボケでぐずぐずしているうちに永らく更新が遅れました。

急に涼しくなって慌てたりまた暑くなったりで混乱しています。

 読みたい本やお稽古ごとのおさらいなどするべきことが沢山あるのですが

相変わらず性根が入らず、映画館へ逃避しました。

 京都シネマと言う小さな映画館があります。3スクリーンありますが収容人数は

100名 88名 64名なのでどこも満席に近い入りです。ここの支配人は設立当時

弱冠20歳代の女性ですが、レベルの高い名画ばかり上映しています。

(必ずしも興行的に話題作や人気俳優が出ているわけではありませんが)

最近の情報によると経営的に苦しくなってどこかに吸収されるような噂もありますが

彼女はとことんやれるところまで自分のポリシーを貫きたいそうです。

その彼女を応援する意味でもここの映画館へよく行きます。

 9月になって①ゲッベルズと私 ②ヒトラーを欺いた黄色い星 ③ハンナ・アーレント

を観ました。どれもナチのユダヤ人排斥にかかわる話です。ヨーロッパの歴史や

第2次世界大戦の実情など詳しく知っているわけではないので理解が浅いかもしれませんが

ドキュメンタリー的な映画で知るべきことが提示されていると思いました。

 ①はヒットラーの右腕として宣伝相であったゲッペルスの秘書であった女性(現在102歳)

が初めて告白するという形で彼女の歴史を刻んだ皺だらけの顔とその唇から発せられる

言葉には説得力がある。彼は普段はおしゃれでスマートな紳士であるが いったん演壇に

立つと別人のように変身してアジ演説の名手となって人民を扇動した。ある意味、見事な

役者であって、彼の本当の人間性ではなくてヒトラーの化身であったと。

 ②はユダヤ人を拘束してガス室へ送った政策の中で厳しい監視の目を逃れ知人に

匿われたりして生き残った人たちの証言である。ある青年はパスポートを偽造し

その腕が買われて何枚ものパスポートを偽造して生活費を得、若い女性は長髪を切って

ブロンドに染めて別人となりウェイトレスやメイドになって街に溶け込んで生きた。

 あるときヒットラーがユダヤ人を完全に撲滅したと宣言したのでロシア兵が侵攻した時

ドイツ人として連行しようとするのをユダヤ人だと主張してユダヤの聖典を暗唱して

難を逃れた。収容所から殺された人々をトラックに積んで埋めに行くシーンは壊れた人形を

扱うように放り投げたり引きずったりで惨たらしいことこの上ない。また、瀕死の人々が

解放されたシーンも骨と皮になった人々が丸裸で局所を覆うものもない状態でまとに歩けない

姿には目を背けた。③は哲学の教授ですぐれたジャーナリストとでもあったハンナが

アイヒマン(ナチの政権下ヒットラ-の親衛隊幹部でユダヤ人を収容所へ送ることを指揮

した責任者・戦後永らく逃亡していた)の裁判を傍聴してその膨大な記録を出版社が連載

するのだが、彼女はアイヒマンを評して「平凡な人間」と断じた。それは裁判において

アイヒマンが徹底して組織人の立場を主張して「命令に従ったまでだ。あの時代は

命令であれば親兄弟でも殺さねばならない時代だった」と一切私的な感情や判断の

入り込む余地のない立場だったことや自分自身は反ユダヤ主義者ではないと冷静に

主張してたからであるが、それがアイヒマンを擁護する主張だとして世間の批判を浴びて

苦境に立たされる。大学からも教授職を辞任するよう勧告されるが、学生の支持を力として

それを拒否する。彼女もまたアイヒマンと同様に自分の信念を曲げない強い人である。

 それにしてもそんな国と同盟を結んで戦った日本とはどういう国か。軍隊が強権を

持ちすぎた独裁国家だから国民も盲目的に従わざるを得なかった。轍は踏みたくない。
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