梅雨だからたくさん走った







 6月28日。ブリヂストン号で夕ポタ。の~んびり。ロードだから速くという気持ちはすでに僕にはまったくないようだ。

 6月の走行距離220km。自転車ではなくランの。梅雨だからこそ、走れそうなときはしっかり走っておかないとという気持ちにいつもよりなっていた。確認してみたらランをはじめてからの5年間で、200kmを越えたのは今回で4回目。夏休みの宿題なんかは、ギリギリまでやらない、あるいは結局出さないというタイプだったのに、なんでこんなにしっかり義務感にかられながらせっせと距離を稼いでしまったのだろう。われながらとても不思議だ。

 結果的にたくさん走れたけれど、怪しい空模様の日も多かったし、余裕も少しずつなくなっていったのだろう、月の後半は写真を撮ることはほとんどなくなった。

 今月はちょっと走り過ぎだったけれど、日常的に体を動かし続ける理由は一応はっきりしている。たまに大きな自然のなかで遊びたいときに、体力的な不安で足が重くなるのが嫌なのだ。体をほとんど動かしていなかった時期は、久し振りに自転車で信州の峠とか行きたいなぁと思っても、全然自転車乗っていないしと諦めてしまうことが結構あったのだ。そんなにガッツのあるタイプではないので、日常的に体動かしていても不安や面倒臭さは感じてしまうのだから、やめたらもっと心理的なハードルは高くなるだろう。山とか沢とか山スキーとか、それから自転車の峠越えツーリングとか、久し振りに楽しんで来たいぞ、と思ったそのときのために、今月のようにたくさんではなくてもいいけれど、日々運動はしておきたいなと思うのである。
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はじめてだったのかもしれない







 早朝の壁。出来は今ひとつ。走るのは早朝でも問題ないようだけど、壁のほうは早過ぎる時間はあまり良くないのかもしれない。ここ数回の経験から推測するに。



 頂きものの梅ジュース。4~5倍に薄めてとのことだったので、慎重にコップに注ぎながらまずそのトロリとした滑らかできれいな液体に感動。さらに飲んでみて、上品ですっきりとした酸味と甘みにほんとうに心から感動した。どんよりとした蒸した日だった。だからかもしれないけれど、この時期、こういうものを体は求めるのだとしみじみ思った。

 考えてみると手づくりの梅のジュースを飲んだのははじめてのことだったのかもしれない。美味しいのは間違いないとは思っていたけれど、こういうものとは想像していなかった。

 ちなみに我が家の梅の収穫は、去年に比べてだいぶ少なかった。余ったらお裾分けなんて思っていたのだけど、自家用の梅酒ひと瓶分がやっとだった。剪定とかまったく考えなかったのが良くなかったのか?来春までにそのあたり少し勉強しておきたい。
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6月の青空



 雨は大丈夫そうだけれど、天気どうかな?と思っていたら、嬉しいことに気持ちの良い青空。

 小中の同級生kouheiくんと前回と同じコースを歩き、走った。kouheiくんは今日のために、予定していた週1のハーフを前回同様前日に済ませたらしい。僕だったら、きっと週1のハーフはスルーだと思うのだけど。そもそも、ハーフの距離なんて2年以上走ってないのだけど。



 富士山も薄っすらと姿を見せていた。前回はどんよりとした曇り空だったので、期待以上の晴天に心が弾む。





 日常的には通らない場所からの展望。三方を山に囲まれ、という地形がよくわかる。



 ぐるりと取り囲む山の尾根を走り、江の島まで走った。途中のアジサイで有名なお寺近くの混雑・行列には驚かされた。まだ10時前だったのだけど、踏切近くまで人の列が続いていた。



 前回と同じお店でエネルギーと塩分の補給をするつもりだったのだけど、臨時休業ということで別のお店へ。混雑が予想される魚系のお店は平日またの機会にということで、はじめてのらなお店。美味しかったのだけど、なかなかお上品な量で、トッピングや替え玉で結構なお値段になってしまった。おかげで腹いっぱいになりましたが。



 食後、のんびり歩いて江の島で汗を流した。ゆっくりお湯に浸かったあとは、目の前に広がる海と山と空を眺めながらプールでのんびり。1日、ときどき大笑いしながら、あれこれ話をして穏やかな時間を過ごせた。

 帰りはやはりアルコールを飲みながら、結構な混雑の江ノ電で和田塚まで。この流れは素晴らし過ぎる!とお互い強く納得しながら「また」とそれぞれの家路についた。
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増量上等



 麺はこの丼のなかには入っていない。つけ麺の季節がやってきたのだ。ずいぶん久し振りな気がするのは、去年はほとんど、あるいはまったく食べていないからか。



 普段は麺の量を少なめにしているけれど、つけ麺のときはそのままでお願いしている。僕はこの冷たい麺がかなり好きなのだ。そんなわけで最初しばらくは麺だけで食べ、途中からつけ汁と一緒に頂いている。

 豚増しにしているのでかなりの量なのだけど、しっかりお腹におさまった。期間中何度通ってしまうのだろうか。そのあいだ、ちょっとした増量は致し方ない。気にしないようにしよう。



 食後、久し振りに通った懐かしい道。



 江の島まででて、ゆっくり浸かって帰宅。満足。
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アル中予備軍

 酒量は多くないほうである。家で飲むのは月に350缶2本程度(最近微増しつつあるが)。外で人と呑むときは気兼ねなくと思っているけれど、せいぜいジョッキ1~3杯。さらに人と呑む機会じたいがかなり少ないので、アルコールの摂取量は相当少ないほうではないかと思う。元々酒好きではないし、体質的にも強くない。少ない許容量をオーバーすると、頭が痛くなったり、気持ち悪くなったり、睡眠の質が顕著に悪くなったりするので、そんなにアルコールを飲みたいとも思わないのである。

 ただこの日は違った。なんとなく買った缶酎ハイ。度数9%の白葡萄サワー。いい感じで酔っぱらった。坂元裕二のドラマ“woman”でその存在を知り、いい俳優さんだと記憶に刻まれた高橋一生が出る“鶴瓶の家族に乾杯”を、笑うところでもないような気がするのに、気づけばケラケラ笑いながら観ていた。妙に気持ちはハイで、とっても楽しい。頭が痛くなることもない。気持ち悪くもない。そしてそのあととてもよく眠れた。ふわふわした感覚に包まれたとても愉快なひとりの夜だった。

 と、それはそれで素晴らしいアルコール体験だったのだけど、人はこのような経験を経て依存していくのではないかと心配になった。パチンコやスロットがなかなかやめられなかった時期あるし、他にも自分のなかに依存の気は確実に存在しているように思われる。さらに、伊坂幸太郎の“マリアビートル”というかなり面白かった小説の巻末にあげられている依存症に関する参考文献を2冊読んで、依存したらよろしくないものには極力近づかないにこしたことがないと強く思うようになった。繰り返される行為と安易にもたらされる快感によって脳の神経回路が変容し、結局のところ自分の意志ではどうにもならなくなってしまうというのがほんとうに恐ろしかった。

 そんなわけで、楽しい気持ちになれたのはいいのだけど、飲酒量を増やすということは絶対に避けねばと思うのである。ランニングとか自転車とかボルダリングなんかに関しては依存してもそんなに害はない気もするけど、こちらは義務や拘束を感じながらだったりするので、それはそれで純粋に楽しめているわけではない気がするのが残念である。二郎に関してはかなり依存気味ではあるけれど、幸いそこまでタフな胃袋を持っていないようなので助かっている。 
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