ゆうゆうの教会便り

私の教会のこと、教会生活をボチボチと・・・・

「負うべき責任」

2017-04-07 16:02:17 | 説教
4月2日(受難節第5主日礼拝)の説教
テキストは「マタイによる福音書」27章15章~26節
タイトルは「負うべき責任」でした。




「正しい人」「罪のない人」何の悪事も見いだせないイエスキリストに対して、
まっとうな裁判が行われたならば、ローマの法が正しく執行されたならば、
時の責任者がその責任を全うしたならば、十字架はありえなかった。
十字架をシンボルとするキリスト教はなかった。

ピラトという人のことは決して他人事ではないことにも気づかされるのです。

私たちの心のうちに、輝く光を与えて、光に怯えるものではなく、土の器に
輝きを携え、破れからもれ出づる光をもって世の光とされたのです。
ピラトが負いきれなかった責任も、祭司長や律法学者の闇も、群衆の恐怖と
怒りと鬱憤に駆られた暴走も、ことごとくタガが外れるようにして引き渡された
十字架も、「正しい人」「罪なき方」何の咎もない、キリストにしか担うことの
できない贖いと救いの必然であったことを知るものとされるのです。


すべてが必然であった、本当に! 
だからこそ今ここに、弱く傲慢でねたみ深い私たちのために神の救い、神の福音、
キリスト教があるのです・・・・ね!
神のみ旨は計り知れません。 計り得ません。


公園ではそろそろ終わりを迎えた<椿>です。

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